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12月29日「冬のドーム」
年の暮れに広島の原爆ドームへ行ったことがある。8月の平和祈念式典の頃にも行ったことがある。夏の広島は暑く、式典に参加する「平和組織」の人たちのなりふりかまわない態度に更に蒸し暑さを感じた覚えがある。また、原爆ドーム近くの市民野球場の歓声に大量なアブラゼミの襲来を感じた。夏の広島は充血し切っていた。それに対して、冬の広島は寒く、空虚だった。しかも、なにか少しばかり違うのだ。あの日、夕方近く、原爆ドームへ向かう緩やかな坂道を登って行った。暗く静まりかえった球場が右手に見えてきた。市電が通り過ぎ、そして、正面にあのドームが見えてくる。太田川をわたってくる風が寒い。公園の入り口に立ち、英文の案内看板を読んだ。「ここは6万人を瞬間にして殺傷した人類のテクノロジーの輝く勝利の象徴の場なのだ」と書いてある。さらに「ヨーロッパにおける1日5000の死を量産したアウシュビッツ工場のテクノロジーと比肩しうる世界に誇るべき記念碑なのだ」とつづく。見上げると骨が絡むような建物が無表情に佇んでいる。「テクノロジーかぁ」とため息をつくと、ライトアップする照明が一斉に点いた。太田川の橋を轟音をたてて市電が通った。夏のドームの看板には違うことが書いてあったはずだ。冬のドームにはこんな案内が書いてあるのだ。凍えそうな死の風景にテクノロジーを称揚する文言。身体の芯から寒気が走った。そのときケータイにメールが入った。「やったね。電子商取引システム落札おめでとう。」ケータイの青白い液晶画面が美しかった。


12月23日「三葉虫」
私が最初に自覚して読んだ本はジュール・ベルヌの「地底探検」だ。小学2年の夏だった。今もその時のわくわくした感覚は忘れられない。ストーリーは単純であるし、最後に火山の爆発とともに地底から脱出できるなんて荒唐無稽も甚だしい。が、そんなことなんぞ大した問題じゃない。さて、今つくづく思うのだが、ベルヌの小説的仕掛けにまんまとはめられたと。それは、ちょっとした、しかし充分磁場をもった小道具、つまり、地底の海が目の前に広がるひとつ手前の場面で出現する「三葉虫」と言う仕掛けだ。三葉虫はこれから地底探検の「小説的世界」へ導く仕掛けであり、私を「小説的世界」へ導く仕掛けだったのだ。ここで思い出すのは三島由紀夫が「小説読本」で、小説(物語)には「小説的な仕掛け」があり、それがないものは作品ではないと言っているくだりである。たとえば「遠野物語」で、死んだ婆様の幽霊が出る前になんとなく炭桶がくるくる回る場面があるが、それが「小説的仕掛け」だと言うのだ。作品内部と読者の双方で、ちょっとした表現を通して位相転換がなされると言うのだ。こうした位相転換のない小説は「小説」ではないのだ。そこで「地底探検」だが、地底にもぐってしばらくして岩肌に這う三葉虫を見つける場面がある。ここではただ登場人物たちは頭をかしげるだけだが、それは異空間へ導く仕掛けだったのだ。この後、彼らは地底の海に出て、とてつもない冒険を体験することになる。この生き物の出現はその予兆であり、その後すべての象徴だったのだ。これは小説内の登場人物にとってそうであるとともに、読者(私)にとっても位相転換がなされるイベントだったのである。余談だが、この本を読んで以来、三葉虫に対して私は特別の感覚をもつようになり、フェティッシュな異常さも伴いつつ、三葉虫の化石を収集するようになった。今でもこれらを手にすると世界が変わるのではないかとさえ心から思ってしまう。まさにベルヌの「言葉の力と技」が今も私を支配しているからなのだろう。そして、また、それ以来、私は小説的世界にどっぷりと浸ることになってしまった。


12月15日「こわれた行方」
今日はとても寒い。数日前降った雪が残っているし、風も強い。アメリカは隣国との戦争をやめようとしないし、日本は特需のせいか、景気がいいが、人々は浮かぬ顔をしている。学生は大きな声で叫んで道路で暴れているし、成人老人は黙々と自分の欲望を満たそうと急な階段を静かにのぼっている。なんか世界中が不幸に染まりきっているようだ。昨日飲んだ青酸カリは苦かった。身体はしびれているが、意識ははっきりしている。先週観た実相寺昭雄の「曼陀羅」と言う映画のくだらないシーンを思い出している。日の丸を挟んで2人の男が議論している。「そして、最後は!時よ止まれ!お前は美しい!」なんて叫び、時計がはじける。くだらない演出だ。耳にねじのようなものがつきささって、痛い。それにしても青酸カリはすぐ効かなかった。嘘つきめ。そのまま私は何十年もしびれている。山梨の山の中の暗い祠で、ずーっとしびれている。ああ、戦争は終わっただろうか。ああ、もうひとつ気になることがある。プラトンは無事に、シシリーを出たろうか


12月8日「中国記1」
更新しないまま、一ヶ月以上経つ。その間、実は中国へ行っていた。上海である。現地に住んでいる知人がどうしても来いと言うので、行っていたのだ。10年ぶりの彼は完全に現地の人の顔になっていた。すぐに彼が経営するバーへ行った。代参黒鍵と言う裏通り沿いにある地下の「キャメロン拝」と言う名の店であった。暗い階段を降りるとカウンタ−だけのバーであった。壁にはかつての見せ物小屋の写真(蛇女、ろくろ首等)が大きく張られていた。客はすべて中国人だった。カウンターの中には14インチくらいのテレビがついていた。カウンタに座ると「ここの店は5軒目なんだ。」と彼。ケンの発音がひきつっていた。「怪しい雰囲気だな。」私。「ああ、中国人には人気があるんだ。」「なんでなんだろう。かつて日本でも寺山とか・・」と言うと客の全員が私の方を向いた。テラヤマの音に反応したようだ。「なんか俺まずいこと言ったか?」「いや、別に・・日本人が珍しいんだよ。」彼は口ごもった。ふとカウンタの中のテレビ画面を見やると原爆か水爆のキノコ雲が映っていた。じっと見てると、次々にキノコ雲が映し出され、明らかに広島、長崎の映像もあった。彼らはその画面を見つめていた。「これ見ながら酒呑んでるのか。彼らは。」小さな声で彼に囁いた。「そうなんだ。一晩中見ている客もいるよ。」私は気分が悪くなった。すすめられたカクテルがまずかったせいもあるが、なにも語らず、カクテルを舐めながらキノコ雲を見つめている異国の人々の横顔が映像の明かりに揺れながら、鼻から煙草の煙を吐く姿に吐き気がこみ上げてきたのだ。「テラヤマさん、久しぶりです」誰か私の肩を叩き、女の声が聞こえた。振り返ると誰もいなかった。「今、女がいなかったかい」彼に訊く。「いたよ、横に座っているじゃないか」反対の隣り席に振り返ると、口から赤く長く先が割れた舌を出した女が私を見つめていた。


11月8日「出口と入り口」
ドアを開けると、ソファに座った若い女がいた。「やっと来ましたね。」女は無表情に言った。「私を待っていたのですか?」「そうです。」「私はただ出口と書いてあったからそのドアを開けただけです。」女は立ち上がると私に近づき、私の手をつかみ部屋の中に引き込んだ。そしてドアはしっかりと閉められた。「強引だね。私は出て行きます。」「でも、ここは出口から出たところですよ。ここからどこへ出るのですか?」「ではこのドアを開けて入ります。」「それも無理です。そこは入り口でなく、出口なのですから。開けちゃいけません。」かまわず私はドアを開けた。そこは真っ暗闇だった。振り返るとそこも真っ暗闇だった。「開けちゃいけないと言ったでしょ。ばかな人ですね。やっと会えたのに。さようなら。」女の声だけが響いた。勝手な女だ。では、今度はあの入り口のドアを開けよう。ドアを開けたらもうもうと煙が流れこんできた・・。


10月27日「病院と学校」
 久しぶりに更新する。最近、病院と学校によく行く。つくりが非常に似ている。「近代日本」の教育に対する考えが如実に現れているのだろうか。要するに子どもは「患者」なのだ。治療し、監視しなくてはならないのだ。医療と教育って確かに合わせ鏡のように互いを写し合っているのかもしれない。






10月14日「眠れる幸せ」
 眠い。気候もよく、眠い。真っ青な空に溶けてしまうような睡魔に襲われている。自分がどこから来て、どこへ行くかもさして興味がなく。ひたすら眠い。この瞬間、眠れたら、どんな至福にもかえがたい。レビナスがどこかで言っていたような、眠れること。アウシュビッシュでは眠れない。事物と溶けあうように眠ること。至福である。





10月3日「モンスターズINC」
 モンスターズインクを観た。面白かった。なぜなんだろう。お金をかけてるから?いや、作り手が「一貫して作ろう」としているから。映像へのこだわりはあたりまえだ。、そんなのはどうでもいい。作り手がなにかを信じてちゃんと作ろうとしているからいいのだ。「千と千尋」も悪くはないと思っている。よくできていると思う。最高だと思う。でも、時代を背負ってはいないと思う。今の村上春樹みたいなもんかも。もっと余裕をもって「今の空気」に遊んでもいいと思う。モンスターズインクはある意味で前衛なのかもしれない。展開に無理もあるけど、「なにかを作ろうとしている人」には学ぶところが多いような気がする。



9月23日「しらーっと」
 金木犀の花の香りが漂いだした。暑い夏は踵を返すようにさーっと立ち去り、秋雨を残していった。こんなとき読みたい本、聞きたい音楽、観たい映画は?と訊かれたら、本はニーチェ「ツァラストラ」、音楽はエリック・アンダーソン「ブルーリバー」、映画はベルイマン「叫びとささやき」と答える。大衆性からほど遠い趣味である。なぜこれらかというと、最初出会ったのがこの季節だからだ。金木犀の香りとひんやりした空気に触れると、それらがひとつのイメージとなって体中を満たすのだ。ところで、「ツァラストラ」「叫びとささやき」には共通点がある。それは信仰を失った者が失ったものの後に残る空虚と戦う姿である。神を殺害し、喪失し、そして、荒野を彷徨う姿である。さて、失った信仰、神の喪失。これに向き合うとき気をつけなければならないことがある。それは、激烈に向き合ってはならない、ということだ。そうしないと、かえって、かつて自分が抱懐していた神が姿を変えて覆いかかり、やがて、姿を変えた神が、その者を独善的な狂信者にしたててしまうのだ。あらたな狂信の対象は、組織であり、イデオロギーであり、妄想である。「ツァラストラ」「叫びとささやき」はそのギリギリのところで戦っている。さて、私とはいえば、ニーチェらに近い空虚感につねに襲われているが、その空虚感とは結構暢気につきあっている。いい加減とでもいうのだろうか。「ツァラストラ」を読み、「叫びとささやき」を語り、そして「ジーザス、つぎの曲がり角をうまく曲がりきれるようお願いします」こんな詩がある「ブルーリバー」を聞く。神の殺害を語りつつ、しらっとこんなのを聞く。「しらーっと」。


9月16日「鎮守様」
お祭りや縁日では老人や子供たちで賑わう小さな村の鎮守様、人々の日常の片隅で、人々の日常を見守り、人々の心を支える鎮守様。これが大きな国家の政治のうねりの中で、若者を戦地に送り出す基地に豹変してしまう。なぜなんだろう。変わるときは一気に変わってしまう。人を殺したくないし、殺されたくもない。でも、自分の意志はもみくちゃにされ、巨大な意志に従わざるをえなくなってしまう。その意志の出先に、あの縁日に賑わった鎮守様がなってしまう。吉本隆明の幻想論の出発点はここにある。彼は、ヘーゲルの雑ぱくな解釈をもとに、自己幻想−対幻想−共同幻想という図式を描き、個が全体に呑み込まれる仕組みを問い続けている。最近、そこここの神社でお祭りをやっているが、屋台のたこ焼き屋の向こうに拝殿の奥の丸鏡や「天照大神」の文字を見ると、いつもこの吉本の思想の原点を思い出してしまう。そして、同時にこう思うのだ。国家はなくなっても、たこ焼き屋、金魚すくい屋はなくならないと。

 それはそうと、石井聰互の「エレクトリックドラゴン8000ボルト」観たけど、田原総一朗の「あらかじめ失われた恋人たちよ」を観た後の感覚に襲われた。大監督原将人が(原真人なんかじゃない)観た後、ゲロを吐いたと言うあの「あらかじめ・・・」である。ことわっておくけれど、「あらかじめ・・」は忘れられない映画なのだ。



9月7日「百日紅」
 福永武彦の「草の花」という小説がある。肺結核になった男が自殺をするかのように最後の治療方法として肺の手術を選択し、死んでゆく話である。影のある投げやりな文学青年(いまじゃ死語だ)と、彼のならぬ恋の話やらで、結核文学のお定まりの展開であるが、妙に忘れられない作品である。数十年前は青春期(これも死語か)の通過儀礼的必読書として「人間失格」「異邦人」「罪と罰」そして「草の花」があげられていた。みんな読んでいたのだ。では、ある意味では凡庸なこの作品がどうして忘れられないかというと、結核療養所の庭に生えている百日紅の木を下駄を履いた足で蹴り上げて「この野郎!死んだ真似しやがって!」という場面がなぜだか鮮烈に映像として頭に焼き付いているからだ。この本を読んでから百日紅は私にとって特別な象徴をもった植物となった。鎌倉の極楽寺のあの大きな百日紅も、僧忍性の施しを求めて境内に集まるレプラを患った病人や、貧民たちの頭上に真っ赤な血を降り注いでいる人骨の柱に思えてしまうのだ。やめておけばいいのに、過去に百日紅を題材に小説もどきを書いたことがあった。大失敗であった。百日紅については2度と書くまいと思った。あまりにも強い象徴力、イメージをもったものを直接語ろうとすると、どんな表現もツルッと滑ってしまうのだ。百日紅に登る猿のように。


9月1日「海の胎内」
 私はたくさんの海を見てきたが、忘れがたい海は小松から金沢へ向かう海岸の海、そして、鎌倉の海である。理由はわからないが、その海を思い出すだけで、強いイマジネーションを授けてくれるのだ。もちろんその海に直接触れたら強い生命力までも授けてくれる。そんな海なのだ。海、巨大な液体の塊。つねに蠢いて、つねに形を変えている。生きているもの、死んでいるもの、すべてを呑み込み、その胎内で死と再生が繰り広げられている。私にとって、この2つの海は、強大な胎内の深みを垣間見ることができる窓なのかもしれない。そういえば、中上健次が「夢の力」で似たようなことを書いていたな。





8月25日「直球かカーブか」
 人の思考展開のパターンは結局ほんの数パターンに絞りこまれるといわれている。思考というと論理となり、この話は「論理学」に繋がってしまい、面倒くさいので、思考についてはこれ以上やめておくが、思考展開のパターンといっても「お話」の骨格、「物語」の構造という点で考えてみると、やはりこれもまた4つか、5つくらいのパターンでおさまってしまうといわれている。−ほんとかね?確かに昔話などを分析すれば、そうかもしれない。水戸黄門や、ウルトラマンも、シンプルな物語パターンなので皆さん安心して観続けることができる。それは、観る側の奥深くに、安心させる「物語の仕組み」がすでに据えつけられているからだ。マスメディアが報じる様々な事件の顛末も必ず「既成の物語の仕組み」の中に回収されてから、流出される。そうじゃないとみんな安心できないし、「理解」できない。その通りだと思う。まわりを見回せば、仕事場での会議、巷の噂、いたるところでこの「物語」は活躍し、皆さんを安心させている。−ということは、安心できない、理解が及ばないことが常に起きているということだ。−待てよ、その「物語」って、「安心できない、理解が及ばないこと」を隠蔽しているんじゃないのか。−そんなことを高校の時に気づいてから、私は脱「物語」を信条としてきた。脱「物語」ってなにするんだというと、それは常に判断、行動の姿勢として相対化を心がけるという安易なものではなく、もっと安易な「遊び」を心がけるということなのだ。「無責任な遊び」なのだ。常に「直球」か「大きなカーブ」だけで「遊び」続けるのだ。たとえば・・・は次回にしておく。ミンミン蝉の声を聞きながら、ふと、そんなことを思った。


8月18日「旧友」
 友人2人が交互にうちに遊びに来た。二人とも20年以上のつきあいだ。ひとりは京都で陶芸をやっており、もうひとりは富山でギリシャ語の教師をしている。長いつきあいとなると数日一緒にいても、娑婆の話などほとんどしないものだ。さて、2人とも突然来ると言うので、同じ質問をした。「この前、山にいったら崖から落ちた。落ちたところは苔だらけだったから助かったんだ。でも、全身打撲でしばらく意識を失っていた。気がついたときはあたりは真っ暗で、しかも、体は動かない。目だけ動かしてまわりの様子を見ていた。死んだと思った。すると悲しくなってな。涙が出て止まらなくなった。しばらく声を出して泣いていて、途中でなにかの気配を感じた。そちらの方を見るとお前が立っていたんだ。」「その日大学の講義で朝早く家を出たんだ。混んだ電車に乗って駅をおり、一息ついたとき、突然豪雨が降り出したんだ。連日のハードな授業ともあってほとんど寝ていなかった。そんなとき無理するんだな。大雨の中を駆け出し始めたんだ。カバンを胸に抱えてな。学校は駅から5分程度だから、そんな無理でもなかった。ちょうど門をくぐったときだ。バシッキーンと言う音と同時にあたりが真っ白になった。そして、気がつくとベッドの上だった。雷が俺を直撃したらしいんだ。うまく電流が抜けて感電死は免れたけど、3日間は虚脱状態だった。それでな、目の前が真っ白になったとき人影が見えたんだ。お前だったんだよ。」2人とも死に瀕したとき、私の姿を見たと言う。それで急に会いたくなったらしい。2人とも嘘つきだから言ってることまるまる本気にはしないが、友人とはこう言うもんだろうな。私も以前塹壕で機銃掃射を受けたとき彼らが空を気持ち良さそうに飛んでいる姿を見た。無性に会いたくなって、次の日、それぞれにメール送った。


8月11日「怪談」
 夏と言えば怪談ですが、ここで少々私ごとを。−私は昼夜、季節問わず、何かを感じ、何かを見てしまいます。その何かとは人が言う幽霊とかお化けなのですが、幸せなことに「プロ」とは違ってそんなにしょっちゅう目の前に現れませんし、見てはいけない、触れてはいけない霊は自然に避けて通ります。なぜだかわかりません。とは言っても、少し強烈で、少しばかり危険度が高いのが接近してくる場合もあり、どんなに暑い日でも全身に鳥肌が立ち、寒気に襲われます。そんな時は、サンスクリット語でお経を唱えます。自分の心の態勢を取り直すわけです。鳥肌はすぐに引きませんが、その強烈な何かはふーっと力を抜いてくれます。その瞬間を見計らってその場を速やかに立ち去ります。さて、何かが現れる一番多いパターンは「白い影」です。つぎは「気配」です。たまに「人の形」と言うのもあります。どれが好ましいかと言えば、「白い影」「人の形」です。見えた方が気持ちがいいです。「気配」だけは困ったもので、ずーっと後に引きます。−そこで夏と言えばなぜ怪談か?ですが、いつも感じることですが、強い熱気と日差しに照らされた物象からはこの「気配」に似たものが強烈に立ちのぼっています。熾烈な太陽の力を前に、死と張り合っている生命の痙攣なのでしょうか、真夏の物象には異常なほどこの瘴気のようなものが立ちのぼっています。だから、奇妙なお話がたくさん生まれない方がおかしいのでしょう。今年の夏何か見たか?ですか。昨晩も自宅で「白い」のを見ました。ひと月前から現れるのですが、だんだん正体がわかってきました。


8月4日「ガロ」
 「千と千尋の神隠し」を観た。ずっと観る気がしなかった。観客動員数がどうのこうのバカ騒ぎに嫌気がさしたせいもあるが、あの「め」の看板や、風呂屋の唐紙の模様が気にくわなかった。予告CMを観ていて「つげの『ねじ式』じゃねーか。それとなんだ!清順の『陽炎座』じゃねーか。臆面もなく、他人のイメージをよく使うよ。」と思ったからだ。そして、実際観た。すると、私の頭の中を、白土三平、つげ義春、淀川さんぽ、永島慎二、つげ忠男、水木しげる、林静一、佐々木守・・などの名前が過ぎり、そして、目の前にはあの「ガロ」に掲載されていた彼らの絵が舞った。なぜなんだろう。月刊漫画「ガロ」と「宮崎駿」、ほとんど接点がない。宮崎は当然、勉強として「ガロ」を読んでいたであろうが、アニメーターとしての彼の歴史にガロ編集長、かつ青林堂社長の故「長井勝一」の名前は出てこない。たぶん交流はなかったのだろう。でも、つげ義春風「め」の看板場面があるから言うのではないが、かつて「アンダーグラウンド漫画」「文化の闇の部分」と称された「ガロ」が表現し、体現してきた、ある種の「戦後日本人の精神性と霊性」のようなものを、「千と千尋の神隠し」は、(多分)期せずして、表出してしまっているような気がする。このあたりのこと、もっと語りたい。多分、いずれどこかでまとめることになるだろう。できたら面倒だから誰かやってくれないかなぁ。「宮崎駿と白土三平」というテーマもいいなぁ。


7月27日「Dancing allnight」
 駅前で酒をひっかけ、ふらふらと家に向かって歩いていると、盆踊りの囃子の音が聞こえてきた。風にのって音がやってくるので、風の向きが変わると音の方向も変わる。でもそんなことは気にしない。さっきまで東に向かって歩いていても、次は南に向かって歩いてる。ふらふら、よたよた気持ちいい。背中は汗でぐっしょりである。片手に持ったカバンの把手はじっとりしている。音がどんどん大きくなってくる。「いよいよ近くなってきたな。たこ焼きにビールでも飲もうか」遠く夜闇にほのかに明るい場所が見えてきた。「どどんどん、どどんどん」太鼓の音が大きく聞こえる。近づくにつれそこが学校の校庭だということがわかってきた。ジャングルジムや、鉄棒のシルエットが見える。「おーい、先生、遅いよ、なにやってんるんだ。」門のところで手を振る人影が、ひとつ、ふたつ、みっつ。男の人、女の人。5、6人だろうか。私は先生ではない。人違いなのだろう。私の姿がはっきり見えれば気がつくだろう。少し足早に門に向かった。女の人が2人、男の人が5人いた。みんな浴衣を着ていた。「さあさ、先生、待ってましたよ。」「人違いでしょ。私はジョン間島ですよ。」「ジョン先生、なにいってるんです。私はマリーですよ。」「俺はマック。」「私はジョージじゃないか。」みんな初対面だ。「さ、これを着て、踊ろう。」差し出された浴衣は真っ赤だった。「おーい、ジョン先生がやっと来たぞ。」櫓に向かってマック先生が大きな声を張り上げた。「消防団の人たち、照明お願いしまーす。」マリー先生が言った。さーと校庭が明るくなった。「ジョン先生がそこで踊るんですよ。これでやっと盛り上がるぞ。」「さー、ジョージ先生、教室の生徒をみんな呼んできてください。」「だって、もう夜ですよ。生徒って、え?そんな。」暗い校舎の廊下を大勢の子供が走る足音が聞こえ、校舎の闇から歓声が押し寄せてきた。−その晩、私は一晩中、校庭で踊り続けた。空が白んでくるころ、マリーも、ジョージも先生たちはいなかった。でも、生徒たちは校舎の窓からじっと私が踊るのを見つめていた。


7月20日「ダンディズム」
 佐野史郎、三上博史、永瀬正敏、麿赤児、唐十朗、鰐淵晴子・・そして、塚本晋也、なんて聞いたら、誰の名が浮かぶだろうか。「林海象」である。この個性的な人たちは彼の映画出演等の常連なのだ。さて、林海象の映画作品を観て思うのは、「ダンディズム」だ。この言葉は詩人のボードレールから発するとどこかで読んだが、私は好意的にこの言葉を使っており、この言葉を「虚勢」と解している。「虚と知りつつ勢を張る」だ。人が生きてることの本質だと思ってる。林海象の作品のそれぞれの映像がどうのこうのについては正直言ってあまり興味がない。ダメだと言っているのではなく、彼の作品を語るときは「映画全体」しか語れないのだ。ではどうなのかと言うと「かっこいい」のだ。金も、人も、自分も、映画も、なにもかも「虚」なのだが、だからこそなのか、すっごく「張って」いる。むちゃくちゃ「張っている」。佐野史郎が映画デビューした(はずの)「夢見るように眠りたい」は映画至上主義の極致であるし、「二〇世紀少年読本」はフェリーニと宮沢賢治を一緒にしたみたいなファンタジーだった。スターウォーズは一回で十分だが、「ZIPANG」は何遍でも観たいスペクタクルだ。どれも「ダンディズム」が漲っている。そうそう最後に言っておかなきゃ。「人生最悪の時」のマイク濱は林海象が少しばかり諧謔的に自分のダンディズムを体現した主人公なんだ。



7月14日「人間の宿痾」
 この廃墟は、「ヌエの部屋」でも触れられているタルコフスキーの作品「ノスタルジア」に登場するサン・ガルガノ教会である。典型的なゴシック建築である。
 ゴシック建築の特徴は、建築の至るところに「森林を実現すること」にある。森林はゲルマンの人々の生活の場であり、その奥深くに神々や妖精が住む聖なる場でもあった。しかし、様々な要因(勤勉なキリスト教修道僧の運動等)で森林伐採は進み、彼らはそこに住むことができなくなり、新たな生活の場として、経済の中心と化した町に居を構えることになる。
 一方、故郷を喪失しつつも、町に住むゲルマンの人々の心から「森林信仰」が薄れることはなく、当時、勢力を伸ばしていたキリスト者たちは彼らの教化に手こずっていた。そこで思いついたのが「ゴシック教会」である。町の真ん中に彼らの郷愁をそそる「森林教会」を建築したのだ。そして、豊饒の母神を信仰していた彼らの前に、威厳ある神ではなく、「マリア」を置き、見事にゲルマン人をキリスト教化したのだ。やがてキリスト教の教えが体系化され、思想として精緻になるにつれ、暗い教会内の至るところに忍んでいるあの異形の化け物たちは追い払われ、ゴシック建築は衰退していく。
 ところで、ゲルマンの人々は、果たして、「森の生活」に、かつては充足していたのであろうか。恐らくは「町において」、はじめて、「かつての森の生活を思った」のであろう。そして、「森もどき」(=ゴシック教会)に浸り、ますます「失われた森」を思い、かくして「異教」(=キリスト教)に染まっていったのだ。「人間」を熟知したキリスト教の見事な戦略である。
 「ノスタルジア」の最後のシーン、羽毛(種?)が静かに降り落ちる、廃墟となったサン・ガルガノ教会のシーンを観て、「ノイローゼは自然から遊離した人間の宿痾(しゅくあ)だ」と言ったユングのことを思い出していた。「すでにつねにSomethingを失ってしまっている」人間は、そうだからこそ「人間」であり、そうだからこそSomethingをどこにも見つけだし、Nothingとなる。宿痾(しゅくあ)である。



7月6日「斉藤教授」
彼は小脇に風呂敷包みを挟んで、油の染みた木の床をゆっくり歩き、教壇の前に立った。ちらっと前方を見やると、黙々と風呂敷包みをほどき、なかから大学ノートを取りだした。ノートを教壇の上に開き、パイプ椅子を後ろ手に引き寄せ、静かに座った。そして、上着のポケットから煙草を取り出し、火をつけて、深ーく吸い、大きく煙を吐いた。煙は、蒸し暑い大教室の天井に膨らむように広がっていった。「ニーチェは言う『おーソクラテス、ソクラテス。これがお前の秘密だったのではないか?これが、お前のアイロニーだったのではないか?』」白髪の老哲学教授の歌うような講義がはじまった。教室の学生は静まりかえる。「悲劇はデカダンの兆候ではない。むしろ哲学がデカダンの兆候なのだ。」言葉のひとつひとつが古びた教室の空間を漂う。窓のひずんだガラス越しに外のポプラの木が揺れていた。このショーペンハウアーの風貌の老教授の一挙手一投足すべては様式化され、まるで歌舞伎を見る思いだった。多分、これがプロと言うものなのだろう。一瞬にして人々を他の世界へ連れ去ってしまう。「至芸」としか言いようがない。この教授は私がはじめて講義を聴いたその翌年亡くなった。講義録ノートは一冊も残っていなかったと聞く。授業の時に開いて読み上げていたノートにはなにも書かれていなかったのだ。煙草の煙と朗々と歌うような声、これだけを準備して彼は大勢の学生の前に立ち、彼らを酔わせたのだ。


6月29日「タルコフスキーフリーク」
タルコフスキーフリークと言われる人々がいる。同じ映画作家が好きなのに、互いにコミュニケーションが成り立たない、変わった人種である。「横溢する感覚」に「ネガ反転した信仰心」が練り込まれた彼の世界を前に、一定の感受性をもった者は呆然と立ちつくし、「ああ、いい」としか言えない。孤独な心の痙攣に襲われるとでも言うのだろうか。だから共通して「好き」なのだが、互いにコミュニケーションなんか困難なのだ。この人種の典型に亡き淀川長治と前東大学長蓮見重彦がいる。ふたりの対談を読んでアホとしか思えない。「あれはいいですね」「いい、とってもいい。でも、あれもいい。」「いい、いい。」対話が成り立ってないのだ。−−「映画の生理」を知り尽くした淀川と、「ジョン・フォードの「駅馬車」はフィルムの立ての流れに逆らった試みだ。」とか奇妙な切り口で映画論を語る当代きっての映画批評家である蓮見のふたりを、まるでほろ酔いのボケたジジイにしてしまうタルコフスキー。ひるがえって見れば、彼そのものについて誰も語れないのだ。彼に至り着けないのだ。あの秀逸の作品「ストーカー」のゾーンの向こうのように。−因みに私もタルコフスキーフリークである。


6月23日「高木の黒鳥
6月18日
高い木を見つめていると黒い大きな鳥が枝にとまっていた。烏のようだがどうも違う。くちばしの形がアヒルのようなのだ。私は足下の大きな丸太で木を叩いた。奇妙な黒鳥は微動だにしなかった。更に、私は足下の石を拾い、鳥になげつけた。命中した。急所に当たったのか、あっけなく鳥は落ちてきた。ゆっくり落下しているうちに、周りは暗くなり、夜になってしまった。
6月19日
朝になると、私は高い木の上にとまっていた。体は黒く、くちばしがついていた。その夜、私は内田百閧フ「冥途」を読んだ。そして、タルコフスキーの「鏡」を観た。森の中で家が燃えていて、火の赤と森の緑が決して溶けあわず、そして、雨の雫がスクリーンいっぱいに溢れ、心地よかった。
6月20日
昼頃、木にとまっていたら。石をぶつけられた。私の後頭部に直撃だった。私はそのまま死んだ。みんな真っ暗になってしまった。
6月21日
夜が明けた。今日は朝から吉本隆明のことが頭から離れない。「関係の絶対性」ってなんだったっけ。








6月15日「ユメノ銀河」
石井聰互の「ユメノ銀河」を観て「映像の生理」のようなものを感じた。この作品では、映像が生きており、脈打っている。鼓動さえ聞こえる。そうした「生体」としての映像を見事に白と黒の光の息づかいのうちに実現している。ちゃぶ台を挟んでなにも語らず向き合う男女のシーン、動物と化したバスが雨のなかじっと汽車に飛び込む瞬間をねらっているシーンなど、ひとつひとつのシーンで映像全体が脈打ち、血流が流れる音が聞こえるかのようだった。第一級の映画と言えよう。ちなみに「映像の生理」を知り尽くした作家でまず頭に浮かぶのは「小津安二郎」である。それにしても私が最近観る映画のほとんどに「浅野忠信」が出演している。手塚眞「白痴」、石井輝男「ねじ式」、塚本晋也「双生児」、相米慎二「風花」・・。「映像」にこだわりのある作家が彼を重宝がると言えるのかもしれない。たぶん彼を使う作家たちは彼のもつ雰囲気を求めているのだろう。私はあまり好きな役者ではないけれど。さて、この作品の原作は夢野久作である。松本俊夫が映画化した「ドグラマグラ」を思い出す。そう言えば今は亡き桂枝雀が主演だったなぁ


6月9日「運動会」
運動会に白人の人が何人か来ていた。別に驚くべきことでもないし、奇異なことでもない。彼ら(若い女性2名、男性2名)は来賓席で楽しそうに観ていた。総合学習とかの英語講師なのかもしれない。賑やかな彼らの隣に背中をまるくしたおばあさんが無表情に砂煙が舞う運動場をじっと見つめていた。白人の人たちは騎馬戦に興奮し大騒ぎである。おばあさんは体を微動だにせず、じっと見つめている。私はカメラのファインダー越しに騎馬戦を観ていた。うおーと言う声が高まる。いや待て、この声は騎馬戦の声ではない。ファインダーから目をはずし、運動場を見ると石灰と砂が騎馬戦のこどもたちを包み込み、竜巻になっているではないか。突風に観客たちがどよめいているのだ。しかし、こどもたちはおかまいなしに騎馬戦に熱中している。竜巻が来賓席に向かってきた。白人たちは大慌てで席を蹴って逃げ出した。他の来賓たちも逃げ出した。テントはバタバタ揺れだし、私の目の前は真っ白になった。・・やがて、嵐がおさまった。テーブルにしがみついていた私はゆっくりと視線を起こした。なんとあのおばあさんはまったく同じ姿勢のまま、騎馬戦を見ていた。こどもたちも騎馬戦をし続けていた。周りを見ると観客席にも、教室にも、どこにも人影が見あたらない。遠くに「ゴッド」とかなんとか言う声が聞こえているが、騎馬戦のこどもとおばあさん以外、人が消え去っていた。空は抜けるような青空だった。


6月3日「チューリップ」
上の写真は血の色をしたチューリップである。これは東京の立川昭和記念公園に咲いていた。不思議なことに3月に撮影したときより色が濃くなっている。もちろんなんら加工を施していない。ディスプレーの明るさの問題ではなく、色自体が変化しているのだ。そんなことより、そろそろこのサイトの模様替えをしよう。ああ、「草枕」について書かねば・・・。






5月25日「阿寒岳」
北海道へ行ってきたのだが、いつ見ても阿寒岳連峰はいい。雪が舞い、凍えた足で雪を踏みしめ、歩んでいると、いつの間に雪はやみ、あっと言う間に空が明るくなる。すると遠く、天に横たえるかのようなこの連峰が姿を現す。初めて見たときは、本当に圧倒された。今もその感動は忘れられない。これが「神秘」を感じると言うことなのかもしれない。でも、待てよ。深夜、新宿で酒を呑んでいるとき、夜に蠢く無数の人々の気配に身震いをしたときがある。ある種の恐怖感とともに、自分のちっぽけさを身に染みて感じる。これもまた言葉にしえない「神秘」を感じることなのだろう。



5月18日「カンディンスキー」
雨の中、カンディンスキー展に行った。初期からモスクワ時代の作品が展示されていた。バウハウス期、晩年の作品はなかった。ずいぶん昔、カンディンスキー展が西武美術館かどこかに来て観に行ったが、その時は比較的冷静に鑑賞した覚えがある。今回は少しちがった。2枚の巨大なコンポジションを前に、衒うことなく「絶句」してしまったのだ。単にそのボリュームに圧倒されたと言うわけではない。この作品に近づき見つめると彼の一筆一筆の「力」が一瞬の間に私を通過し、そして作品から後ずさりして遠のいて行くと、その「力」が眼前に見事に整えられた色の世界として出現し、私を包み込むのだ。そして、ただただ立ちすくむしかなかった。−彼はなにを描いたのだろうか?「外」の風景?「内」の風景?−多分、「今ここで起きていること」を描いているのだ。−帰り、雨に煙る北の丸公園の新緑を前に、つくづくそう思った

5月11日「パラジャーノフ」
このサイトの「読者」からの投稿写真である。パラジャーノフと言うロシアの映画作家の作品からである。この作家の「スラム砦の伝説」と言う作品を観たことがあるが、ストーリーがまったく思い出せない。ただ、ただ、色のようなものの洪水が押し寄せてきた記憶がある。そして、心地よかった感触も覚えている。私は、そもそも映画とはそれ自体「眼の快楽」だと考えている。これはゴダールからの剽窃表現だが、「映画−映像作品」の本質を言い尽くした表現だと思う。以前、韓国映画「JSA」について語ったとき、「達磨はなぜ東へ行ったか」と言う映画に触れたが、この映画も「眼の快楽」を実現している。ではストーリーはどうでもいいのだろうか?−そうかもしれない。「編集」さえ活きていれば。(ああ、しかし、疲労困憊したときこそ、こうした「映像」のシャワーを浴びたくなるんだなぁ。)

5月5日「エバンス」
実は、ビル・エバンスが好きだ。セシル・テーラーのようなピアニストが好きなんだけど、まったく同じ線上にエバンスがたっている。(あの山下洋輔が影響を受けたピアニストとして彼の名をあげているのも分かるような気がする。)エバンスが画期的なのは、ピアニストの左手、つまりベース音の部分を解放したところにある。解放された左手は自由に即興に走れるのだ。では、ベース音は? 彼はこれをあの天才ベーシスト、スコット・ラファロにすべて任せた。この男は飛んでもない天才だった。語るようなベースで歌い、エバンスは羽根を手に入れたかのように舞いながらピアノに没頭する。天才が天才を呼び、さらなる天才を作る典型だ。ちなみに、スコット・ラファロは別の天才とも驚異的な演奏をくり広げている。トランペッターのブッカー・リトルとだ。彼らの演奏を聴いていると、世の泥臭い凡庸さにうんざりしてくる。とにかく天才なるものは、透明で、理屈なく、人をひれ伏せさせる。

4月29日「ロード オブ ザ リング」
「ロード オブ ザ リング」という映画を観た。白人種のゲルマン回帰への希求が全面的に表に出た映画だ。「ハリーポッター」もしかりだ。ゴシック的な森林回帰は、なぜかユダヤ系の監督の「スターウォーズ」の2作目か、3作目にも見られたが(でもなんといっても砂漠がイメージの基調だ。)、反キリスト教色が強い、ゲルマン回帰はここのところの白人西洋人の意識の底流に流れているものなのだろうか。一見、今日、世界では「キリスト教圏VSイスラム教圏」の図を呈しているが、実はもっと手に負えない思考、情動の図式が根底に控えているのではないか。あえていうなら意識の深層における金髪のケルト信仰者「ヒトラー」が見え隠れするのだ。で、映画だが、ダメだ。絵がダメだ。下品だ。象徴性が貧困だ。ハードコアポルノ好みのような人にはズーンといいだろうが、私は御免だ。ルイド・フィネス以来のフランス映画の伝統ドタバタで、最近観たCG多用フランス映画「ヴィドック」の方が潔いばかばかしさで好ましい。

4月28日「アウシュビッツ」
とても疲れてしまったときに思い浮かぶのは、まずアウシュビッツの煙突である。1日、5000人の収容者を殺害し、焼却していたという、あのオートメーション化された大量殺戮工場の煙突、そしてそこから吹き出る煙である。もうひとつは、原子爆弾という大量殺戮ツールが炸裂し、爆心で揮発した人々の影だ。こんなことを本当に疲れ切ったとき思い出すのだ。そして、枯れきった「生きている自分」の風景を目の前に浮かべ、ひたすら死んでいない自分に大きくため息をつくのである。死んでいないとは・・・それは眠りを拒否されていることであり、眠れないことは、また死への傾斜を意味している。生きているとは・・・。どんなにドストエフスキーを読んでも、これに対する解答は見いだせない。でもアルチュール・ランボーの「イルミナシオン」にはその解答があるような気がする。

4月23日「日本映画」

映画の話題がつづくが、私は日本映画が好きだ。まぁお定まりのコースとして小津の「東京物語」、溝口の「西鶴一代女」は言うまでもない。黒沢はあまり好きではないが「七人の侍」は嫌いじゃない。なにがいいかと言うと黒沢の「黒」が生きているからだ。宮口精二がひとり暗い闇に切り込んでいく、あの「黒」がいい。で、今の作家では誰かと言うと、分かりやすいところで鈴木清順だ。特に「ツィゴイネルワイゼン」は秀逸だ。資金がないところ工夫して作くったのがよかったのだろう。彼は制限をかけた方がいい作品を作る。だいたいが放埒な人だから。もうひとり思いつくところで貧しい条件でいい作品を残したのは林海象だろう。「夢見るように眠りたい」これは彼の伝説の作品である。伝説ついでに言えば「あらかじめ失われた恋人」これは伝説の青春作品の駄作の最高峰である。かの田原総一朗先生の青春のモニュメントである。桃井かおりのデビュー作だ。



4月20日「余剰」
韓国映画の「JSA」を観て、非常に完成度の高い、計算尽くされた映画だなと思った。また、ある種の「禁欲的な作り」から、儒教の国の映画なんだとも思った。とにかくよくできた作品だ。映像の随所に過去の映像作家のオマージュのようなものもあり、「この監督、よく勉強しているんだ。」と感心もする。でも、なにかもうひとつ面白くない。なぜなのだろうか。それは、多分、どこにも収まらない「余剰」がないからだ。「余剰」!これはヘタすると作品を壊すものであり、また、作品を「作品以上」のものにするものだ。一般的に、私はこの「余剰の程度」(論理的に説明しきれるものではないが)で、表現作品の「でき、ふでき」を判断する。ビートルズの作品で言えば、この「JSA」は「サージェントペッパーハーツクラブバンド」なのだ。嫌いじゃないけど、「ふでき」なのだ。ちなみに私が最高度に「でき」の良いと評価し、しかも、好きな映像作品はパゾリーニの「アポロンの地獄」である。次回にもふれるつもりだが、韓国映画では「達磨は何故東へ行ったか」が「でき」の良い、好みの作品だ。ビートルズでは「ホワイトアルバム」だ。ジャズアルバムでは「ブリリアントコーナーズ」かな。

4月16日「HANA−BI」
北野たけしのHANA−BIを観た。死を前にした人々が死と戯れることもなく、さりとて、向き合うこともなく死へと向かっていく世界に、「今この時代に生きているってことって、こんなもんなのかもなぁ」と思いつつ、役者たけしの演技から伝わるヒリヒリするような痛みに何か胸焼けするようないたたまれなさを感じた。
 さて、この映画を見終わって頭によぎったのはゴダールの「気ちがいピエロ」である。あの「犬死に」をテーマにした映画である。テーマも同じ、そして、ゴダールのシニカルさ、やぼったさもなんとなく全体的に香っている。さらに映画の最後のシーンである。「また見つけた/なにを 永遠を/海と溶けあう/太陽を」の朗読に終わる「気ちがいピエロ」のあのシーンそのものだった。(笑ってしまった)
 いずれにせよ、ただただ生きていることのやり切れなさが、ぎごちない映像演出から滲み出ていて、好ましく思えた。まぁ、比較的できのいい二流映画だった。


4月13日「薔薇十字」
薔薇十字の移動式館、精霊の館である。羽がついているから飛べるのかもしれない。ここは学院であり、薔薇十字の思想を研究する場所でもある。ところで、薔薇十字、つまりローゼンクロイツがヨーロッパ、アラブ圏、スペインを放浪し、身につけた思想(キリスト教思想をベースとしたものだが)は、結局、ヨーロッパでは受け入れられなかった。錬金術にも通じていたこの思想は医学(特に医療化学)、化学の知識、技術も積極的かつ周到に取り上げられている。にもかかわらず実はローゼンクロイツではないかといわれているパラケルスス同様、ヨーロッパのアカデミズムでは黙殺されてきた。(近年、注目はされているらしいが)だが、この黙殺されてきた思想は実は各時代の権威(権力、アカデミズム等)的思想を支配してきたとも言われている。フリーメイソンと言う結社の姿に継承されて。私は実は全然異なったチャンネルでこの思想は支配してきていると考えている。

4月9日「存在の透明性」
真っ青な空に白い飛行機雲。じっと見つめていると、すーっと吸い込まれて、自分が透明になって行く感覚に襲われる。その感覚にしばらく浸っていると、今の自分を演じているのがいよいよ嫌になってきた。人格を透明にしたい、そんな衝動にかられてくる。演じている仮面を剥いだら透明な自分がいるなんてさらさら思っていない。仮面を剥いでも結局、現れる「本物の顔」は新たな仮面なのだ。ではその仮面は自分で選択できるのかと言うと選択なんてできやしない。どこまでも「他者たちとの関係」が仮面を作りあげるのだ。だから、悔しいのだ。だから、一気に自分の全存在を透明にしたい。それは死を意味するのだろうか。必ずしもそうではないはずだ。


4月6日「深大寺温泉」
深大寺の近くに温泉がある。風水を考慮した温泉とのことだ。なんかすごくバカバカしい感じがする。ところが行ってみるとこれがなかなかいい。湯の色は濃い濃いヨードチンキのような色で、それにつかるだけで「治療」されるという感じだ。さらに風水がどうのこうのは興味はないが、確かに流れる空気の「淀み」と「抜け」がうまくコントロールされている。気持ちいい。ここの湯につかり、深大寺で祈祷を受けたら、もうとうぶんは「魔」から守られる、そんな気になってしまう。(ミヤT先生!気をつけて行ってきてください。)



4月4日「玉川上水」
家の近くに流れる玉川上水に散歩してきた。まるで渓谷のように深く川が流れ、土手を穿つ。なるほどこれでは太宰も死ねたなと思ってしまう。桜が乱れ咲き、花びらが舞う。うぐいすが鳴き、野鳥が飛び交う。ビールを呑みながらこの風景に浸っていると、遠くに見える吉祥寺の町も、なにもかも抱きしめたくなってしまう。たぶんカミュの「不貞」と言う作品が語るところはこう言うことなのだろう。



3月30日「どろの札幌」
札幌へ行って来た。夜は小雪がパラついた。大通り公園には雪が残っていた。汚い雪だ。北海道はどこに行くんだろう。大きな看板に「北海道は雪印のふるさと」とかいてある。その近くにこのように汚れた雪のかたまりが横たわっている。ところでこの風景を見て、ドストエフスキーの「悪霊」を思い出してしまった。たいした意味ない。





3月27日「寒かった」
雨、雨、雨、寒かったなぁ。なにもかも灰色で、くすんだ風景ばかり、だから、心地よいんだ。煙草を深く吸って、氷雨に向かってふーっと煙を吐く。煙はくすんだ風景に溶けていき、吐いた自分も溶けていく。心地いいんだ。これがね。






3月25日「春の死」
今日は、風もなく穏やかな天気だった。桜の花も満開で、心地よい1日だった。しかし、それに裏腹で体調はよくない。近くの養老院もここのところ救急車がよくくる。皆さん体調を壊しているのだろう。これだけ強烈な自然の自己発散があるのだから、生きていく力を失った者は「自然」に淘汰されるのだろう。死人がふえる春。でも、この大きな山を越えて、とりあえず生きながられるよりも、この花が満ちあふれるときに、自然に気持ちよく淘汰され、花とともに散ってしまうのもいいかもしれない。



3月24日「桜満開」
今年、桜が一気に咲いた。山桜も染井吉野も一緒に咲いた。寒い北海道などではまだまだなのであろうが、関東では一気に咲いた。ところで静かな山の中で、眼の前に突然満開の桜の花が広がると呆然とする。桜の木の下には死体が埋まっているとか、気が触れるとか文学では描かれるけど、昔私が福岡に住んでるいるときの話だが、小高い山の上に見事な紅色の桜の花を咲かす木があった。なんであの桜だけ色が違うのかと近所のおばあさんに訊いた。菊の節句(重陽の節句)に毎年、その木の根本に猫や、犬の死骸を埋めるからだと言うのだ。江戸時代は10代で死んだ人を埋めたとも言っていた。そう言えば今から思えばいつの間にか飼っている犬がいなくなることが近所でよくあったなぁ。