娘の生涯(亡くなるまでの経緯)

日付
内容
備考
平成18年頃 姉妹間で関係が悪くなる。
(祖父母・母親が長女と次女の扱いに差をつけ
るため,姉妹間の関係が悪化する)
亡くなるまで続いた。
母親は些細なことでも、言葉で罵倒・叱責し、
亡くなるまで続きました。
娘が亡くなる時は、娘は、母
親・岩国の叔父叔母、妹とは、
全く言葉を交わさない状況であ
った。
平成23年12月頃か
ら1年間程
母親の言うことを聞かないため,テレビが一切
見れなくなり,テレビを母親の部屋へ移動しド
アに鍵付。
平成24年5月から 山口県での要保護児童として施設で保護 平成23年頃から亡くなるまで山
口県での要保護児童となる。
平成24年8月 岩国家庭裁判所にて,親権の変更を調停した
が,調停員に私が,母親は○○の病気や○
○に問題があるため,必ず生活に失敗すると
話したが,調停員は児童施設にいても全く問
題ない,
母親が親権を持つことは適切であ
る。と発言された。
調停員の発言は,裁判官と調整されているた
め,調停を進めて不調になっても,裁判しても
裁判官の審判は想像ができ,見込がないと判
断し,取り下げた。
施設で保護されているため、親
権の変更が調停で可能と私は
判断したが、岩国家庭裁判所
では受け入れられなかった。
調停員責任とって
平成26年4月1日 岩国の自宅に帰る。
平成26年5月27日 岩国児童相談所に娘が電話で連絡し、里親
がないことを確認した。
もう我慢できない,早く里親を探してほしい。
平成26年5月30日 娘は今回はどうなってもいいと思って遠くへ行
くために列車に乗った。
生きていなくてもよいと考えていた。
広島駅にいたが終電になり,駅のドアがすべ
て締り,いるところがなくなったので私にに電
話した。
岩国警察から夜に私に電話があった。
その後、娘から連絡があり、娘を確保し、その
後岩国警察に電話した。
岩国警察にそのまま娘をおいても良いかと聞
いたが、岩国署に連れてくるように指示され
た。
5月31日昼頃,岩国警察に連れて行くと回答
し,岩国警察が了解した。
昼頃岩国警察に到着,娘を岩国警察に引き
渡した。
今回が家出ははじめてでない、
これまでも何度も自転車で遠く
まで行ったが、暗くなり怖くなっ
たため、夜遅く自宅に戻ってい
くことがあった。

4月1日岩国の家に帰ってから5
月30日までの家出まで59日間
平成26年5月31日 里親決定(家出しないと里親は決定しないの
か。)
平成26年8月30日 里親終了
平成26年9月頃 広島市災害(安佐南区八木)にボランティアと
して参加した。(県営住宅の一階の床の土砂
を外へ私と一緒に運搬した。)
平成26年10月頃 娘が持っているipadを母親見つけ没収。
娘は返してほしいと強く望んでいた。
娘の唯一の精神的な生命線、
なぜ、母親は娘の気持ちがわ
からないのか
平成26年10月頃 服毒自殺未遂を図る。 葬式時に母親より聴取
なぜこの時に岩国児童相談所
に相談しなかったのか。残念
平成26年11月12日 岩国の自宅にて首つり自殺
・通夜の時、娘の祖父(岩国)が私に「こういう
事もある」と言われました。私には意味がわか
りません。あなた方と一緒にいなければこのよ
うなことはなかったと考えます。
・葬式の時娘の祖母(岩国)が妹に「お姉ちゃ
んが天国から見守っているからね」と言われて
いました。私には、なぜそのような発言をされ
るのか、娘がかわいそうでかわいそうでなりま
せん。
16才にして孤独死
8月30日岩国の自宅に帰って
から11月12日まで74日間
山口県の要保護児童のまま亡
くなったが、現在も原因究明さ
れないまま放置されている。




○娘の夢や発言

・平成25年 娘の夢はゆっくり長く生きたい。と言っていた。

・平成25年 娘が自宅から外に出ると、毎回、娘の部屋の中身をひっくり返し、物色し、母親の

        知らないものがないのか常に確認。

        ゲーム機や、お金等発見されたら没収。Ipadも没収され非常に悲しんでいた。亡
        くなるまで続いていた。

・平成26年5月 お母さん・祖父母が嫌いだ。岩国から出たい。

          (平成26年5月30日から亡くなるまで私に言っていた。)

          母親に親権があり、私には娘の希望をかなえることができなかった。

・平成26年4月から 海外留学(岩国の自宅から早く出るため)するための資金を稼ぐために,
             アルバイトを一生懸命がんばった。亡くなった日も午前中アルバイトをが

             んばっていた。

・平成26年10月頃  私に娘は、お母さんと話をしないで生活できないよね。こどもだからしょう
             がないようね。と言っていました。


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