Leica IIf/ ライカIIf Body Nr.788xxx

 ライツ社の方針なのでしょうか、バルナックライカIIc型の発売以来、売り出されたライカにはそれぞれ廉価版が存在しました。これ、考え方によっては、A型から順に進化し、DII型をへてDIIIaで一応完成をみたバルナックライカの歴史を逆にたどるようなものです。

 M型ライカではM3→M2→M1となる系列を除くと簡略型はどれがどうなのか、なれないとすぐにはわからないものですが、バルナックライカの頃は型番から簡単に見分けがつき、IIIc、IIIfなどの「III」型は連動距離計+ファインダーにスローシャッターのついたいわゆるフル装備モデル。これからスローシャッターを取ったモデルがIIcIIfなどのII型で、発売当時はフル装備のIII型と比べ3割ほど値段が安く設定されていたようです。

 さらにII型から連動距離計とヴューファインダーを取り去ったものがI型です。これは学術用など特殊な機種でしたが、スナップショットにこれらの機種を好む方も多いようです。
 (もっとも、IIIgシリーズはセルフタイマーが無いのがIIg、ファインダーはないがスローシャッターがあるのがIgとややこしくなっている上、IIgは正式に発売されたものではないようで珍品に数えられています。とかくライカはややこしいのです。)
 
 さて、IIf。IIIf(のセルフタイマーなしモデル)からスローシャッターをはずした機種です。さらに最高シャッター速度も1/1000から1/500に変更されるなどIIIfに比べ随分簡素化されています。

 他方で、シンクロ接点はIIIfと同じものが備えられているので、仮にスローシャッターがなくともフラッシュ一発で撮影できるので、暗い場所でも撮影が可能となるので、そのあたりはすっぱり割り切った機種である、とも考えられます。いずれにせよセルフタイマーやスローシャッターなどあまり使わない機能が省略されているともいえるので、故障個所も減ることになり実際の使い勝手はなかなかのものです。

 ちなみにIIfはIIIf同様、シンクロダイアルの色でブラック・シンクロ、レッド・シンクロの2種類に分けられ、レッドシンクロ後期には1/1000シャッターが搭載されています。
 それぞれの生産台数は
   ブラックシンクロ 8400台
   レッドシンクロ  12100台
   1/1000付     15499台
   合計        35999台
 が作られました。ブラックシンクロは生産年月が1951年と短く、If同様、台数が少なくなっています。
 
 ところで、ひょんなことで入手したIIfは78万台の1/1000付き、1955年製です。これを分解してみるとスローガバナーがすでに搭載されており、スローシャッターダイアルさえ組み込めばいつでもIIIfにアップグレード出来る構造になっていることがわかります。おそらく改造自体は15分もあれば出来てしまう簡単なものですが、スローなしでそのまま愛用したオーナーはどれくらいいたのでしょうか。IIfとして完結した機能を持つカメラだけにちょっと気になるところです。
 
 

2秒で決断!ライカIIfの買い方。


 随分以前から相互リンクしていただいている「ライカ広場」。そのライカ広場のコンテンツに「2秒でゲット!ライカIIIg」というのがあります。管理人のくどうさんが銀座はL社で格安でライカIIIgをゲットされたときのお話です。当時IIIgは安くても20万円近くしていたので、このとき8万円弱でお求めになったIIIgは多分最低記録だったと思われます。ライカなら何でも欲しいと思っていた、あの頃、なかなか綺麗なボディではあるけれど結構な値段を出してIIIgを買った身にとってみればなんともうらやましい話でした。

 さて、ブログをご覧の方はご存知の通り、ブリュッセルに転勤になってからというもの、カメラへの熱はさめつつある一方で、SPレコードを漁りに毎週末ガラクタ市に出かける習慣がすっかり身についてしまいました。なにしろ仕事に出かけるより早く出かけるぐらいですから、まあ、かつて毎日のように銀座のカメラ屋めぐりをしていたのとよく似ているわけです。

 ある日曜日の朝、ちょっと体調が悪かったりして久しぶりに出かけたガラクタ市、まだ朝8時過ぎというのに夏時間になってから出足が早いのか、ほとんど露店も出揃い、そろそろ人出が増え始めていました。

 いつものように、あっちのレコード、こっちのレコードをひっくり返していると、すぐ隣で地面に青いビニールシートを広げてようやく開店準備のおじさんが一人。地べたに敷くものは洋の東西を問わず工事現場の青いビニールシートと言うのがちょっと笑えますが、おじさんが並べ始めたのがカメラでした。

 このガラクタ市、ほとんどゴミ同然のものからそれなりの骨董も出ることは出るのですが、どちらかといえばほとんどが生活雑貨、というかその成れの果てです。たまにカメラを並べる露店はありますが大抵はコンパクトカメラかせいぜいが昔の安物カメラばかりです。

 このおじさんが並べているのも、革ケースに入ってはいるもののどうみてもガラクタばかり。と、なんとはなしにおじさんが手にしているカメラに目が行きました。革ケースに入っているので中身はわかりませんが、ケースの形から多分ライカコピーのロシアカメラでしょう。

 おじさんがカメラを地面に置いたとたん、ずいぶん痛んだケースの文字が目に飛び込んできました。なんと相当ぼろぼろになったケースの「鼻」にはうっすら「Leica」と読めます。まさか、と思いながらケースを手にとって開けて見ると紛れもなくライカです。軍艦部上面を見ただけでレッドシンクロ、後期のIIfとわかります。(上の記事では省略していますが、IIIfとIIfではアクセサリーシューもIfと同じ形態に簡略されており、IIfは2本のビスで固定されているので、スローダイアルの有無を見るまでも無くケースを開けた瞬間にIIfであるとわかります。)お、と思って今度はレンズを見ると・・・赤エルマーです。

 何食わぬ顔で、レンズをいじるとヘリコイドは油が固まってガチガチになっているものの、レンズ自体はなかなか綺麗な様子です。ついでに巻き上げてシャッターを切ろうとすると・・・落ちません。うーん、どうするかな、と一瞬考える間もなく、おじさんに「これ、いくら?」と尋ねていました。

   
 「60ユーロ。さっき別の人が150ユーロくらいの値打ちがあると言っていたけど、60でいいよ。」
    「これ、シャッター切れないし壊れているから、30ユーロでどう?」


 もちろんレンズ代だけ考えても60ユーロは破格です。が、どうも売り手のおじさんはカメラの価値を全く知らず、その辺のジャンクカメラにつけている値段の倍ぐらいを吹っかけているつもりのようです。もちろん、150ユーロ云々はウソに決まっています。だって、おじさんがかばんから出してシートの上におくのを見ていたのですから。

    
「だから150ユーロくらいの値打ちがあるから、60ユーロだって。とおじさんはなぜか60に固執します。まあ、その半額からスタートするこちらもこちらですが。

 財布をごそごそやりながら
「20ユーロ札2枚しかないから40ユーロでどう?」というと、だめだめ、50ユーロ!」とあっさり10ユーロ値引きしてきました。

 ふと気がつくと、後ろに別の客が寄ってきてこちらのやり取りを聞き始めました。おじさんに変な知恵をつけられないうちに撤退するのが賢そうです。
しぶしぶ別のポケットから10ユーロ札をとりだして、
「仕方がない、50ユーロ!」と言うことでめでたく売買が成立しました。

 戦場に長居は不要なので、ただちに離脱してカフェに入り、早速チェックを始めます。何しろ2秒で決断したのでレンズの着脱はおろか、ファインダー、距離計も覗いておらず、シャッターの調子も悪そうです。まあレンズがそこそこだったら、それで十分元はとれますし、ボディはあとからOHすれば多分大丈夫だろう、という読みもあったのですが。

 ファインダーはそれなりにクリア、というかうっすら曇っていますがこれはクリーニングで簡単に取れそうです。距離計もOKのようです。レンズのヘリコイドが固まっているのは簡単に治りますし、絞りも少し硬いのですがこれも大丈夫でしょう。肝心のガラスは・・・綺麗です。

 ちなみにシャッター速度ダイアルは開店するのにシャッターが落ちない訳は家にもどって底蓋をはずしてわかりました。何時入れたのか、パトローネが入ったまま、フィルムがわれてギアにかんでいたのでした。これをはずしてやり、ついでに巻き上げのギアにちょっと油を差したところ、ややテンションが高めで油切れのような音がしますが、すべての速度でシャッターは開き、動作することが確認できました。めでたし、めでたしです。

 ライカの神話の中に、東欧かどこかのガラクタ市でライカB型が発掘された、というのがありますが、実際にそんなことが起こるとはおもってもみませんでした。残念ながらB型などの希少価値はありませんが、何しろライカIIf、きれいな赤エルマー付がわずか50ユーロ(2006年4月のユーロ相場は1ユーロ約142円です)で手に入ったのです。これだからガラクタ市めぐりはやめられません。

 かくして毎週末、眠い目をこすりながら、あきれてベッドから出てこない家人をほったらかして、またもや出かけていくのでした(笑)。



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