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02 「好」の字のあつかいについて


 現代語訳・読み下しでの 「」 の字の取りあつかいについて、かねがね気になっています。

1. 「」 の字の 意味 

 「」 は中国語では日本で言う Like ではなく Good とか Nice のニュアンスが強いのです。 現代日本野球でも 「好捕=ナイスキャッチ」 だし、 「好球=いいたま」 でしょう? 「好打者=スキな打者」 ではなく ナイスなバッター のことですよね。ですから・・・

 三國志 魏書 卷三十 東夷伝 倭人

 倭水人好沈沒捕魚蛤

  を  「倭の水人、好んで 沈没して魚蛤を捕らえ・・・」  と読み下しているのをよく見かけますが、これは変。 倭人は海に潜るのが 「好き」 だったのでしょうか? 「好き」 で潜水していたのでしょうか? そうではなくて、ここの意味は  「倭人は 上手に 海に潜って、魚や貝を捕らえる」 だと思います。
 少し他の資料をみてください。「翰苑」巻三十の『魏略』逸文 を見ると・・・

 魏略(逸文3) 翰苑 卷三十

 人善捕魚 能浮没水取之

とあります。 つまり 「魏略」 では 「魏志」 の 「好」 にあたるところに 「善」、「能」 という文字を使っています。 中国語で 「善」 は 文字通り Good 、 「能」 は 「〜することができる」 という Can の意味を持つ文字です。 これを漢文として読み下すと 「人よく魚をとらえ、よく水に浮没してこれを取る」 とするしかなく、いずれも 「よく」 となってしまい 「 善 = Good 」、「 能 = Can 」 だというニュアンスは薄れてしまいます。 漢文の読み下しというのは、中国語という外国語をなんとか日本語として読もうとした昔の人の知恵ですが、こんな欠点もあるということは注意すべきでしょう。 さて、 「魏志」 が 「魏略」 を参考に作成されたという定説に従えば、中国人である 陳寿 が 「魏略」 の 「善」 ・ 「能」 の文字を Like だと解釈したうえで 「好」 の字に置き換えたなどありえないことです。

 ---以下、2006年 7月 23日 追記。

 三國志 魏書 卷三十 東夷伝 倭人

 好捕魚鰒水無深淺皆沈沒取之

 ここにもまた 「好」 が使われています。 「好んで魚鰒を捕え、水深淺と無く、皆な沈沒してこれを取る」 でしょうか? 中国語を母国語とするある方にこれをおたずねしたところ、もしこれを 「好んで(=スキで)」 とするなら、この部分は次のような意味になると笑って教えてくださいました。

 「倭人は魚鰒を捕えるのがスキ。(どれほどスキかというと、)それはもう水の深い所だろうが・淺い所だろうがおかまいなしに、みな沈沒してこれを取るほど大スキ。」

 まさに噴飯ものの珍訳ですね。

---2006年 7月 23日 追記 ここまで。

  また、 

 三國志 魏書 卷三十 東夷伝 倭人

 賜汝好物也

  を  「汝の 好物 を賜うなり」  と読み下しているのも見かけますが、これは 「好物」 を日本語の 「好物 (=好きなもの)」 と混同してしまっている 誤訳 であると思います。 ここの意味は 「君に ナイスなモノ (=いいもの) をあげるよ」 と言っているのであって、 「君の 好きなモノ をあげるよ」 といっているのではありません。 原文はあくまでも中国人が書いた 「中国語」 なのですから、こんな 「日本語読み」 してはいけないのです。

 「『三角縁神獣鏡』 は卑弥呼が魏からもらった鏡か否か」 という議論がさかんですが、 「三角縁神獣鏡 = 卑弥呼の鏡 説」 の根拠の一つとして 「『魏志倭人伝』 に 『魏の皇帝は卑弥呼の 好きな物 をくれた』 と書いてあるから」 ということを言う人もいるのですが、それは今言ったように 「誤訳」 なのです。 本文をよく読んでみましょう。 魏の皇帝は卑弥呼が 「鏡好き」 だと知っていて、銅鏡百枚をくれたのでしょうか? 答えは NO です。 たくさんいろいろなものを下賜していて、その中のひとつが 「銅鏡百枚」 だったのですね。 ここで 「好物」といっているのはその前に出てくる・・・

 三國志 魏書 卷三十 東夷伝 倭人

 今、絳地交龍錦五匹・絳地十張・絳五十匹・紺青五十匹を以て、汝が献ずる所の貢直に答う。また特に汝に紺地句文錦三匹・細班華五張・白絹五十匹・金八両・五尺刀二ロ・銅鏡百枚・真珠・鉛丹各ヽ五十斤を賜い、皆装封して難升米・牛利に付す・・・云々

を受けた表現であり、「好物」 を 「好きなもの」 と解釈するなら、「銅鏡」 はおろか 「絳地交龍錦五匹」 以下 「真珠・鉛丹各々五十斤」 まで全部が全部 卑弥呼の 「好きなもの」 であって、そうなると 「卑弥呼というのはずいぶん強欲な婆さんだったんだなあ!」 ということになります。 このなかから特に 「銅鏡百枚」 だけを取り出して 「卑弥呼は鏡が好きだった」 だから 三角縁神獣鏡=卑弥呼が魏からもらった鏡 というのは、センセーショナルで小気味よい意見だとは思いますがどうも無理矢理すぎる気がします。 そうそう快刀乱麻を断つような解答が出るわけはなく、いまのところ 「そうかも知れないし・違うかもしれない」 程度のことだと思います。

---以下、2002年 8月 24日 追記。

 もう一つ気になるものを見つけました。 それは 「旧唐書」 の以下の部分です。

 旧唐書  卷一九九上 東夷伝 倭國 日本

 眞人好讀經史 觧屬文

 これは、「続日本紀」 にでてくる 粟田真人 のことを記したものとされていて、

 「真人、好んで経史を読み、文を屬するを解し・・・」

 と読み下されます。
 その意味は、 「真人は好んで経書・史書を読み、(中国語の)文章をつづることを理解して・・・」 ということになります。 もっとくだけた書き方をすると、 @ 「真人は経書・史書を読むことがスキであって、(中国語の)文章をつづるに堪能であった・・・」 といいたいのだと思われます。 つまり 「好きこそものの上手なれ」 という コトワザ が、これを訳した人の頭の中にあって、 「真人は経書・史書を読むことがスキだった」 だから 「(中国語の)文章をつづることが堪能であった・・・」 という意識で訳されているのでしょう。 でも、ちょっと待ってください、本当にそれでいいのでしょうか? そんな現代日本語の コトワザ を前提にした訳しかたでいいのでしょうか?

 たしかに 「好」 の字は Like の意味がまったくないというわけではありません。 しかし中国語で スキ という場合、一般的には 「愛」 の文字が使われます。 すくなくとも現代中国語ではそうです。 「好」 の文字が Like の意味で使われるのはこの 「愛」 とセットになって 「愛好」 という熟語になった場合くらいです。 したがってやはり、ここは Nice と解して、

 「真人、好く経史を読み、文を屬するを解し・・・」

 として、 A 「真人は上手に経書・史書を読み、(中国語の)文章をつづることにも堪能であった・・・」 としたほうが、素直な文章だと思うのですが。 「東夷のくせに、なかなかやるじゃないか!」 という当時の中国側の感情もこのほうがよく伝わってきます。

 さて、あなたには @ と A のどちらの訳文のほうがすんなり読めますか?

---2002年 8月 24日 追記 ここまで。

2. 「」 の字の 発音

    「」 は現代中国語では 「hao」 、 韓国語では 「ho」 の発音です。いずれも 「h」 の音であり、日本読みの 「こう(kou)」 のような 「k」 の音はありません。 ですから ・・・ 

 三國志 魏書 卷三十 東夷伝 倭人

 好古都國

  に、 「こう・こ・と・こく」 などという 日本語読みの ルビ をふるのはいかがなものでしょう?
 「好古都」 の読みは、あえてカタカナで表記すると 「ハオ・ク・ト」 もしくは 「ホ・コ・ト」 であって、作家の井沢元彦氏は 「逆説日本の歴史」 の中で 「はかた=博多」 ではないかと指摘されています。 文字の発音については、これに限らず 魏の時代の中国での発音 がどうだったか、研究者のご意見をうかがいたいところです。


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