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* 古代史獺祭 「卑弥呼 謀殺」 *


  魏志倭人伝は 「卑弥呼以って死す」 と書いています。 この卑弥呼の死の原因については種々説があります。 もっとも穏健な見解は、 「年すでに長大」 であったための 「自然死(老衰)」 とするものです。 実は私もこの説に賛成です。
  そのほかには、敵対していた狗奴国との戦闘で死んだとする 「戦死説」、有名な松本清張氏の 「王殺し説」 などがあります。
  さて、(株)ディアゴスティーニジャパンから 2001年9月18日 に発行された 「週間ビジュアル日本の歴史 NO,82 大和政権の成立A」 のなかに 『大胆見解!2つの「卑弥呼暗殺説」 倭国女王の命を奪った「敗戦」と「親魏倭王」印』 と題する記事があり、ここで今言った松本清張氏の 「王殺し説」 とともに、明治学院大學の武光誠氏の 「司馬懿(仲達)による暗殺説」 が紹介されていました。 以下、正確を期すために記事のなかから部分をそのまま引用します。 


 以下 (株)ディアゴスティーニジャパン 2001年9月18日 発行/「週間ビジュアル日本の歴史 NO,82 大和政権の成立A」 より

 この時期、魏の中枢では激しい権力争いが行われていた。 その一方の旗頭が策士・司馬仲達だ。 「三国志」 にも登場する冷徹な謀略家である。 暗殺の発端は、仲達が卑弥呼に 「親魏倭王」 という破格の称号を与えたことにあると武光はいう。
 仲達は 「東夷」 と呼ばれる東方地域に強い関心を持ち、魏の勢力を伸ばそうと腐心していた。 そんなとき、海を隔てた東方に邪馬台国という国が存在することを知り、仲達は小躍りする。 「ここを従属させれば、政争を有利に戦える」 と考えたのだ。 直ちに朝鮮半島に大軍を送り、ここの軍閥であった公孫氏を滅ぼす。 思惑どおり卑弥呼から通交を求める使者の難升米が送られてきた。
 さっそく彼に託して、卑弥呼へ 「親魏倭王」 の称号を届けさせる。 卑弥呼も喜んだに違いない。 このとき、これが自分の命取りになるとは予想だにしなかっただろう。
 だが、仲達は愕然とする。 邪馬台国があまりにも小国だったからだ。 「こんな国に破格の称号を与えたと知れたら政敵の思うつぼ」 と恐れた仲達は、密かに卑弥呼を消そうと画策する。 自らの外交政策の失態を、卑弥呼を殺すことで回復しようというのだ。 以上が武光の 「卑弥呼暗殺説」 の論旨である。
 殺害がどういう形で行われたのかは不明だ。 ただ張政は 「卑弥呼を殺せ」 との命令を受けていた。 「張政等を遣し・・・卑弥呼、以って死す」 の一節は、その間の事情を伝えていると武光はみる。
 魏の威勢を前にして、すでに老齢の卑弥呼自身、自らの呪力の衰えを自覚し、甘んじて死を受け入れざるを得なかったのだろう。 それにしても自分の権威を誇示するために得た 「親魏倭王」 の金印が、結果的に死を招く役割を果たしたのならば、なんとも皮肉な話しである。 


 さて、ここでむらむらと疑念が湧いてきました。 卑弥呼を殺すことで、司馬仲達はどれほど得るものがあったのか? ということです。 一応、氏の説ではその動機が語られていますが、やや動機としては弱いように思えます。 「被害者(卑弥呼)が死んで得をするのは誰か?」という犯罪推理の基本からいうと、武光氏のいう「犯人=司馬懿」より、むしろその政敵であった 「魏の大将軍 曹爽」 にこそ強い動機があったと考えたほうが、つじつまがあい説得力がありそうな気がしますが、いかがなものでしょうか? そこで、「魏の大将軍・曹爽による卑弥呼謀殺」というこんなストーリーをひねり出してみました。  なお、このお話はわたしの妄想による産物ですので、いかなる「つっこみ」にも応じられるものではないことをあらかじめお断りしておきます。 いろいろ資料をつぎはぎしてでっちあげた 「まあ、こんなお話があったら面白いな」 程度のものとお考えください。 


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 ● 卑弥呼謀殺 ● by 獺祭主人

目次

§1 明帝暗殺 §2 曹爽と司馬懿 §3 曹爽 の謀略 §4 張政顧問団
§5 卑弥呼以って死す §6 正始の政変 §7 十三歳の倭王
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