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史記 卷四十一 越王句踐世家 第十一 (抜粋)


(原文)

 越王句踐 其先禹之苗裔 而夏后帝少康之庶子也 封於會稽 以奉守禹之祀 文身斷髮 披草而邑焉 後二十餘世 至於允常 允常之時 與呉王闔廬戰而相怨伐 允常卒 子句踐立 是爲越王


(読み下し)

 越王句踐(こうせん)。 其の先は禹の苗裔にして夏后帝少康の庶子也。 會稽に封ぜられ、以て禹の祀を奉守す。 文身斷髮し、草(そうらい)を披(ひら)きて邑す。 後二十餘世、允常(いんじょう)に至る。 允常の時、呉王闔廬(こうりょ)と戰いて相い怨み伐つ。 允常卒し、子の句踐立つ。 是を越王と爲す。