4月1日、全国的にエイプリール・フールである。この日だけは嘘をついても許される、 燃える人はめちゃくちゃに燃え上がり、騙される人はメチャメチャに騙されるという理不尽な日。 そんな事とも知らず、今日も龍麻はいつものように如月骨董品店の居間でおやつを頂いていた。 「あー、今日も翡翠のとこのお菓子は美味い! いっつもゴメンな。食べてばっかりでさ」 「いや、君たちにはいつも買い物してもらってるからね。それに、龍麻が幸せそうにしてるのを 見ると、僕も嬉しいよ」 にっこりと、営業スマイルではない極上の笑顔を向けて、如月は龍麻の傍らに座った。 実際の所、龍麻にベタ惚れの如月はお菓子で釣ってでも龍麻にここに居て欲しいというのが 正直な気持ちなのであった。 如月の心露知らず、龍麻は美味しそうに饅頭を頬張っていた。 濃茶を飲んで、もう一つに手を出そうとした時、店の方から戸の開く音がした。 「お客さんかな……」 如月は名残惜しげに龍麻の横を立つと、店の方に向かっていった。 それを見送って、縁側から庭を眺めていると、突然龍麻の前に人影が降り立った。 「ほえ…? 芙蓉……どうしたの、突然」 「御主人様……」 その言葉にかくっと肩を落とした龍麻である。溜息と共に、芙蓉に歩み寄る。 「その御主人様はお願いだからやめようよっ! 龍麻でいいって。んで、どうかしたの? 何か慌ててるみたいだけど……」 「はい、龍麻様。今すぐ私と一緒においで下さいませ。晴明様の御身に災いが……」 芙蓉は眉を顰めて口篭もる。明らかに様子がおかしい芙蓉に、龍麻の表情も自然に強ばる。 「晴明の? 分かった、行くよ。今翡翠にも……」 龍麻が店の方に呼び掛けようとすると、芙蓉が慌ててその手を取って止めた。 「何卒、他の皆様には御内密に……龍麻様だけに来て頂きたいのです」 妖艶な眼差しに影が射すのを見て、龍麻はただ事ならない気配に頷く。 「分かった。案内して」 「御意」 こうして、龍麻は如月に一言も告げる事が出来ないまま、如月家を後にした。 「ただの冷やかしだったよ………龍麻?」 居間に戻って来た如月は、龍麻の姿が無い事に首を傾げた。手洗いにでも行っているのかと 思ったが、その場に微かに残る造られし者の《氣》を感じ取り俄かに何かが起こった事を知る。 「全く……油断も隙も無い……やけに変な客だと思ったら……」 如月は溜息と共に、呟いた。 「でっ!? どこをどう見たら災いが降りかかってるんだよっ! 晴明っっ」 所変わって御門邸。芙蓉まで使って呼び付けておきながら、いつもと変わらぬ尊大な態度の 御門に龍麻の怒りのゲージが上がり始める。 「おや? 芙蓉はそんな事を言いましたか……。私はただ、龍麻をこの屋敷に招待して来なさいと 言い付けただけなのですがね」 「芙蓉のせいにするなっ!! この鬼主人がっ!!」 「心外ですね。それに今日は何の日かご存知ですか?」 「……4月1日だろ? …………っっのやろぉ……」 御門の言葉に、龍麻は初めて芙蓉が口篭もっていた理由に気付いた。 そう、今日はエイプリール・フール。嘘をついても許される日。だが、芙蓉は龍麻を騙して連れて 来る事に戸惑いを感じ、苦悩していたのである。 「今日ばかりは騙される方が悪いのですよ。龍麻」 「うう……。で、何の用なんだよっ!!」 「別に」 「………はっ?」 端的な御門の返答に、龍麻は一瞬固まった。 「別に用など無いと言っているのですよ。あなたの耳は節穴ですか? 龍麻」 「〜〜〜〜〜あーのーなーっ!! 用も無いのにわざわざ芙蓉に嘘までつかせて人を呼び付けんなっ!!」 怒り爆発の龍麻を御門は面白そうに眺めながら、扇を口に当てた。 「ま、強いて理由を挙げるとすれば……あなたに逢いたくなったからですよ」 「っっ……!?」 「あなたが他の男の家にばかり通っているのは正直面白くありませんよ。お菓子くらいなら極上の 物を用意させます。だからこれからは私の屋敷に来なさい」 「は・晴明っっ?」 突然の告白めいた言葉に、龍麻は思わずうろたえて頬を染める。御門が龍麻の頬を手の平で触れると、 びくりと身体を震わせた。 「ふ……くっくっくっくっ……ははは……」 堪えきれないとばかりに、御門が突然笑い出した。世にも珍しい御門の笑顔に龍麻は呆然となる。 「本当に、騙し甲斐のある人ですね。あなたと居ると退屈しませんよ」 そこまで言われてようやく自分がからかわれていた事に気付いた龍麻は、 今度こそ怒り大爆発で御門に猛然と詰め寄った。 「晴明ーーーーっっ!!」 だが龍麻がいくら怒鳴っても、かまってもらえるのが嬉しいのか、からかえるのが楽しいのか、 御門には全然効いた様子が無い。 正に暖簾に腕押し、糠に釘である。 「まあ、龍麻。今日はゆっくりしていきなさい」 「あほーーーっ!! 人の話を聞けっつーのっ!!」 二人の言い合いは部屋の外まで筒抜けで、それを聞きつけたのか、不意に部屋の扉が開いた。 「おいおい、随分と珍しい組み合わせじゃねーか」 皮肉めいた言葉が低く響く。声の主を振り返ると、村雨が壁に凭れ掛かりながら笑う。 「祇孔っ!!」 「……村雨、無粋ですよ。睦言の邪魔をするとは……」 「これのどこが睦言だっ!! 晴明っ!!」 龍麻の声を遮るように、村雨が口を開いた。そうして、御門に向かって端的に用件を告げる。 「マサキからお前宛てに連絡が入ってるぜ。 行った方がいいんじゃねーか? 御門」 「マサキさんが……?」 「ああ。上の方の話は俺にゃあ分からねぇからな。行ってやってくれ」 村雨の言葉に御門は扇を鳴らしつつも頷くと、部屋から出ていった。 「マサキ君…何かあったの? 祇孔……」 心配そうに見上げる龍麻に、村雨はその頭を撫でてやると破顔してみせた。 「先生は心配性だな。大丈夫だって、マサキにゃあ俺も御門もついてるからな」 「そうだよね。芙蓉もいるし! あれ、芙蓉は?」 「御門に付いて行ったんじゃねぇか? じゃ、先生よォ俺達もさっさと退散しようぜ」 「ま、そうだな。今日は晴明にはまんまと騙されたし、もう帰るっ。翡翠に何も言わずに来ちゃったから 戻らないと……」 村雨に案内されて広大な御門邸を出ると、龍麻は北区の如月骨董品店に戻ろうと駅方向へ歩き出す。 その足を止めようと村雨が腕を引いた。 「何だ?」 「そう焦って帰らなくてもいいじゃねえか。ちったぁ俺に付き合えよ。折角御門を出し抜いてやったってのに」 「出し抜いてって………あーーーーっ!! お前、マサキ君から電話って嘘だったのか?」 驚いて叫ぶ龍麻に、村雨は可笑しそうに笑い、からかうように龍麻を見つめる。 「何だ、先生気付いてなかったのか? そんなんだから騙されるんだぜ?」 「うーーーー……皆して俺を馬鹿にしてぇっ!」 「馬鹿にしてる訳じゃねぇけどよ。大体エイプリールフールってのは、 『関心のある奴』しか騙そうとしないモンじゃねぇか?」 「そうかな?」 村雨の言葉を疑いの眼差しで聞いていた龍麻だったが、村雨の視線に揶揄がないことに気付いたのか頷いた。 だが、やはり何か腑に落ちない表情で再び歩道を歩き出した。村雨もその後に続き、隣りを一緒に歩く。 「でもさ、祇孔。俺はやっぱり誰かにわざわざ嘘をつく気持ちって分からないや」 「先生らしいな。でも俺は騙したくなる気持ちってのは分かる気がするぜ?」 「どんな気持ち?」 暫く歩いているうちに、小さな公園に着いた。龍麻はベンチに座ると村雨に問い掛ける。 屈託の無い瞳に、村雨は何だかバツ悪そうに頭を掻くとその横に腰掛けた。 「……例えばな……これから俺が先生に嘘をつくからな。ちゃんと聞いてろよ?」 「うん、嘘な。言ってからつく嘘ってのも変だけど分かった」 村雨は被っていた帽子を脱ぐと、龍麻の肩を抱き寄せた。それから自分の方に引き寄せると、 至近距離で視線を外さず、じっとその目を見つめる。 (嘘、嘘……嘘…これから言うことは嘘…なんだよな? っていうか…どうしてこんなに近づくんだ?) 「先生、今から先生にキスするぜ?」 「う? (嘘…なんだよな?)うん……」 村雨の言葉に一瞬驚いた龍麻だが、最初に今から嘘をつくと言われていたので思わずそのまま頷く。 だが、それが甘かった。次の瞬間には生温かい感触が唇を掠めていた。 「ーーーーーーーーっっ! しこおっ!! お前、嘘つくって……」 思い切り突き飛ばして、唇を拭いながら猛然と抗議する龍麻に、 村雨は涼しげな表情でさらりと言ってのける。 「だから、その『これから嘘をつくからな』ってのが嘘なんだよ。先生」 「こんのやろぉ………。で、今のどこが気持ちの説明なんだよっ!!」 「こうやって先生が俺に構ってくれるのが嬉しいってこった。いつもは人の顔見りゃ逃げるからな」 「こんなことばっかりするからだろーーーーっ! 祇孔のバカヤローーーっ!!」 叫んだか速いか、村雨の腹めがけて拳をお見舞いすると、龍麻は一目散に走っていってしまった。 毎度の事だが素早い逃げっぷりに村雨は苦笑しつつ、感触の残る唇に触れながらまた笑う。 「こっちも見て貰いたいから嘘をつくって気持ちは先生にゃあ分かんねぇだろうなぁ……」 そうして独りごちてその後ろ姿を見送る村雨だった。 バタバタバタと足音が響き始め、如月は待ちかねたように店の扉を開いた。 「うわーーんっっ! 翡翠ぃぃい」 開いた途端に飛び込んで来た龍麻を宥めつつもちゃっかり抱き寄せると如月はにっこり微笑んで、 龍麻が帰って来た事を喜んでいる。 「御門の所に連れていかれたのかい? 龍麻」 「うん、芙蓉が来て、晴明に騙されて、それで祇孔にも騙されたーーーーーっ!」 「騙す? どうして……?」 「エイプリールフールだからってーーーっ!!」 「エイプリールフール?」 不思議そうに首を傾げる如月に、龍麻はもしやと思い、恐る恐る問い掛ける。 「翡翠、エイプリールフールって知ってる?」 「いや……なんだい? それ……」 「にゃ…知らないならいいや……」 ようやくこの危険な日に戻って来れた安住の地をなくしたくないと、龍麻は如月の腕にしがみ付きつつ 溜め息を吐いた。 「エイプリールフールなんて嫌いだぁ……うにゃぁ……」 「良く分からないけど、お茶を煎れ直すから居間に行こうか、龍麻」 こうして如月の一声で、龍麻は日常に戻るのだった。 だがしかし、龍麻は気付いていなかった。如月が『エイプリールフールなんて知らない』と言った事すら 実は嘘なのだと。ついてもしょうがないというかしょうもない嘘をつきつつ、 如月はそれ以後も自分のついた嘘を実は嘘だと言えずにいるのだった。(笑) 意味不明のまま終る(おい) |