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鈴鹿山の女盗賊として恐れられていた鬼女が、田村三代記や田村の草子(鈴鹿草子)などの中で、大日本を滅ぼそうとして天竺の大魔王・第六天の娘へと成長して発展する。 |
鈴鹿の田村神社 鈴鹿の山に住む鬼女は、『今昔物語』や『古今著聞集』などでは”女盗賊”にすぎなかった。 いくつかその例があるが、その一つ『田村三代記・青野勇治本』を紹介する。 「仁明天皇の御代、大同二年八月下旬、都に不思議なことが起こった。玉のような光り物が昼夜となく飛び渡り、人が死んだり、馬に積んだ荷物や腰につけた金銀などが雪が消えるように失せてしまった。 「玉ような光り物」は、星になぞらえられて田村麻呂誕生の吉祥ともされるのだが、ここでは悪魔の前兆として描かれている。さらに、注目したいのは「帝より位が上だ」という主張である。 『田村三代記・松崎本』もほぼ同じような筋書きだが、そこでは立烏帽子は「天竺第四天魔王の娘」となっている。第四天は梵天が司る所とされるので、武家における梵天信仰が背景にあるのだろうか。 また、宮城県栗原町に伝わる『栗原神楽』の演目に「田村将軍征討記」があり、「天竺大六魔王・珠嶋国の一人娘」として登場する。しかし、珠嶋国については不詳である。 このように、田村三代記には異本が多く、田村麻呂を中心とすれば、ようやく「田村三代記群(一代記・二代記を含め」としてまとめられるのだが、立烏帽子はそれぞれに全く違った姿で描かれていて、題材は似てはいるものの、別の物語としたほうがよさそうである。 例えば、立烏帽子を悪魔そのものとして描く物と、田村麻呂に協力して逆賊・大嶽丸や悪事の高丸を討った功績を称える物との区分である。 これを、悪魔あるいは鬼神が怨霊を持つものとされ、その魂鎮めとも関連する両義性といってしまえば、それまでなのだが、どちらの立場でこれらの物語を読むのかで、その意味付けは変わってくる。
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