東北を旅すると、坂上田村麻呂がいかに偉大な武将であったか、それを顕彰する伝説や史跡に数多く巡り逢えます。
奈良時代、大和朝廷は、陸奥・出羽に領土を広げる戦略に奔走しました。その大任を果たしたのが坂上田村麻呂といわれてきたのです。

 現地には、当然それに対抗する勢力があったわけで、それらが蝦夷(えみし)といわれ、「まつろわぬ民(大和朝廷のいいなりにならない民)」として、坂上田村麻呂が征服すべき相手とされたのです。
「征夷」すなわち「蝦夷を征伐する」こと、これが桓武天皇の至上課題であり、坂上田村麻呂はそれを成し遂げた偉大な武将とされてきたのです。

 征服される側の首領は「悪路王」という反逆者の呼び方で伝承されてきました。

 写真は岩手県"水沢市埋蔵文化財センター"に飾られた悪路王像(伝承)。

 ただし、水沢市埋蔵文化財センター開設を記念して、茨城県鹿島神社に江戸時代奉納された像をレプリカしたもの。

 蝦夷(えみし)の激しい抵抗の様子は、『続日本紀』に記載されていますが、今では忘れられたようになっています。
田村麻呂と戦った「アテルイとモレ」は、「悪路王伝説」の中に残され、昭和初期頃まで講談として語り継がれてきました。

  坂上田村麻呂の伝説が色濃く残る中で、「悪路王」は抹殺すべき「悪そのもの」とされてきたのですが、一方現地では蝦夷(えみし)の首領として、前九年の乱で亡びた「安陪貞任伝説」や神武天皇に敗れた「長髄彦・安日伝説」などに習合しながら、その反逆精神をひそかに賞賛し、その末裔であることの誇りを伝えてきたのです。

 ここは、おもての歴史には残らない、民衆の間で語り継がれてきた古代・中世の伝説を中心にして、それら不思議な伝承を残している土地を訪ねるページです。


1.旅立ち 2.宮城県 3.岩手県 4.福島県 5.まとめ 6.略伝
蝦夷の王・朝廷の反逆者として封印された伝説をたづねます。
鳥海山に伝わる貞任の後裔。羽黒祭文を読む。

桜の花(普賢象)