2−5.小迫観音


    (小迫観音)

 『小迫(おばさま)観音』は、宮城県栗原郡金成町津久毛小迫にある。

 その境内の小高い丘に白山神社が祀られており、境内の中ほどに「観音堂」が鎮座している。この神仏は分離されず今も一体である。白山社の社伝には、神亀元年(724)創建で、田村麻呂東征のとき、ここに営所を作り、戦勝祈願のため観音堂を建立したとある。

 「営所」すなわち営岡(たむらがおか)として、田村麻呂あるいは源頼義・義家が陣を構えたという伝承を持つ地名は、この近くに数多くある。

 「白山神社」の境内のほぼ中央にある「観音堂」は、閉ざされたままで中を見ることができない。ここも箟嶽牧山と同じく、神仏が習合し、伝説が幾重にも塗り込められた複合体である。

 この神社には社務所がない。山門を少しくだったところに、「楽峰山勝大寺」があり、この寺が今も別当を務めている。明治の神仏分離令で、一旦分離されたものが、再びその前の姿に戻っているのである。

 そして、この寺の檀徒を中心とする保存会の人たちによって「白山神社」の祭りが行われる。その祭りは小迫祭りと呼ばれ、その時に奉納される「延年の舞」は、国の重要無形民俗文化財に指定されている。

 かつては、七日間に及ぶ祭礼行事であったが、現在は毎年四月第一日曜日に行われる。簡略化されているとはいえ、主要な行事は受け継がれ、前日の土曜日の夜から始まる祭りは、五穀豊穣を祈る神事と、「白山神社」の前庭で神前に奉納する芸能「延年の舞」は、祭りの核として残されている。

 佐藤信要は封内名蹟志で、この様子を詳しく説明している。現在演じられる「延年の舞」は、これと同じ内容である。

 「延年の舞」は六段で構成されていて、その三段目にある「入振舞」は、「田村舞」ともいわれている長刀の舞である。田村麻呂伝説の名残ではあるが、ここでは長刀を持ち、笛の曲に合わせて優雅に演じられる。

 神社の鳥居をくぐると、無骨で大きな山門があり、仁王像があるべきところは部屋らしく設えられていた。かつては「延年の舞」を上演する際の楽屋として使われていたといわれる。今は、「勝大寺」の境内に新しい楽屋が建てられている。


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