私の支離滅裂車遍歴
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2002.03.12 プロローグ:18才で普通免許取得その後30才で自動二輪、印象に残った車やバイクを紹介します。
挿入写真は位置がばらばらになってます。写真が見つかり次第追加します。
記念すべき最初のマイカー ダットサンブルーバード1300SS
410と言われるピニンファリーナデザインの大衆車。昭和42年(1967)確かサファリラリーでクラス優勝かなにかした車です。SSSモデルは1600で初代シルビア、フェアレディー1600と同じユニットで高性能車でした。SSはOHVのSUキャブ、ポルシェタイプ4速ギア、フロントディスクブレーキとまずまずのスペックでした。タコメーターはなく矢崎の外付けをステアリングポストの上につけていました。後に盗難にあいました。このころタイヤは純正は勿論クラスプライ、やっとダンロップSP3,BS-SP10.SP11 が発表になった頃です。ホワイトのリボンタイヤ全盛の頃で裏返して装着、ごまかしのテクでした。車高を落としてジムカーナに出場したのがモータースポーツの第一歩です。横浜港祭りの日に初めての事故、箱根乙女峠でスピンして事故などにもめげず約2年30000kmの付き合いでした。黒部ダムや大阪など楽しい旅も楽しむことが出来ました。エアコンなんか夢の又夢。
今の自分を決定つけたSR2000- DATSUN FAIRLADY2000
昭和44年4月1日黄色の新車が納車された。ハードトップ、ロールバー、4.111デフ、LSDと純正オプションが組まれていました。センターコンソールには4ヶのエアーファンネルが置いてありました。免許取って3年目の大学生に買ってくれた両親に今は感謝しています。伏線として近くにいた白井育夫さんという方が当時ジムカーナ使用のS600を持って競技に参加していたのです。その車を売ってくれるというので父親に見せたら小さくて危ないと買ってくれない。それならSRならと変な理屈でなんとOK。有り難い話です。その白井さんはその後ジムカーナ、レースで大活躍長い間トップクラスを維持していました。縁がなくてS600.S800に乗れなかった反動が30年後のS800の購入、タスマニアへの参戦とつながります。SRは早かった。楽しかった。145PSのOHC4気筒エンジンはラフだが力強く殆ど手をかけることがなかった。SUキャブは気むずかしかったがSOLEXは快調そのもので第3京浜、東名が開通、横浜本牧あたりが埋め立て造成中で結構自由に走れた。
バイクはHondaCB750.KawasakiMach。のハイパワー車がフロントをリフトさせ、渦巻きの白い排気を見せつけ闊歩していました。殆ど常勝のSRでしたが東名高速でポルシェ911Sと競争した時ははっきり言って負けた。200km/hまでは変わらなくともその先は徐々に引き離されていきます。感嘆と悔しさで後ろ姿を眺めていました。当時600万以上のポルシェはクラウン100万。GT-R150万。Toyota2000GT238万?の時の600万オーバーですから。時代がすぎポルシェのオーナーになれたのもこんな原体験がさせたことかも知れません。偉いことに事故もなく鳥取や京都の旅、日頃のバンドの練習と毎日一緒の本当に頼れるくるまでした。たまたま納車の日にS20を搭載したGT-Rが新聞一面に発表されました。150万というとんでもない価格で。
フェアレディーは競技には使用せず、このころはナビゲーターとして国内公認ラリーに参加していました。成績は中程より上位程度でしたが完走率は高かった。このころの計算はパイロットの計算機で小さい数字の窓で見にくかった。詳しいことはcompetitionのページで触れようと思います。
初めての外車Alfa Romeo 1750GTV
グリーンに内装ベージュの中古車、伊藤忠自動車の中古車展示場で購入。4輪ディスクのしっとりとした効き味、しなやかな足周り、ZFのしっかりしたシフトフェール全てが感動の車でした。結婚式会場の横浜グランドホテルからカンカラならして羽田へ向かったのでした。(数百m先ではずしました)最終的にはガスケットが抜けたりしましたが、細かいトラブルもなく気に入ってました。まだエアコンはありませんでした。
今も好きな水平対抗エンジンSubaru 1300G & レオーネRX1400.レオーネ4WD
アルファと一緒に持っていた車で、1300Gそしてレオーネに乗り換え。何といっても音が良い。パラパラと不思議な音がする。今のインプレッサ、レガシーの音の原点です。日産のチェリーなどと同じで強いタックインの特性を持ち男らしい車でした。多分このころからセリカのようなスペシャリティーカーが登場したと記憶しています。まだこの2台エアコンすらなかった様に記憶してます。1300Gは東北に旅行の際裏日光のアイスバーンで川に転落するところを途中の木で助かるという事故を起こしてしまった。自走可で良かったけどハンドルは曲がり同乗の奥さんはひざにあざをつくってしまった。あの木がなかったら、、、。レオーネRXは4輪ディスクを装備パワーもあり結構良い車でしたがメジャーにはなりませんでしたね。4WDワゴンは今の主流のコンセプトを持ち実用には最適でした。その後妹が乗り10年以上活躍してくれました。ちなみに現在トレーラーヒッチを付け、大活躍のレガシーワゴンは新車から10年10万kmと大満足。
同じFFでも元祖、本家、家元Austin mini cooper1300S Mk3
今は大企業になったケーユーが246一店舗の時に購入。中古でしたが記憶では150万でした。コスミックのホィール、セブリングのマフラーと定番パーツでドレスアップ、きびきびと楽しい車でした。赤で郵便局の車と良く言われました。町中は良いのですが高速などはやはりつらく1年位で155万で売ったという珍しく損しない車でした。最悪だったのは走行中ブレーキが抜けたこと。低速だったのでギリギリセーフ、売る決心を早めた故障でした。ミニミニ大作戦と言う映画もこの頃かな?miniはその後1997年にインジェクション1300をしばらく乗りました。エアコン付きで。そろそろ生産中止ときくと寂しい想いです。パワーステアリングがあれば女性も楽に乗れるのに残念です。
バンケルエンジンのすばらしさ サバンナRX7 & 二代目かみそりコスモ
12Aと13BのNAエンジン。フロントミッドシップとよばれ美しいデザインは画期的で、買いやすい価格もあって大爆発。初期のRX7はトリッキーで中央高速の相模湖インターでスピンしました。13Bのコスモはドライブ系にダンパーを持つ珍しい車で結構売れました。この車を持っている頃、アマチュア無線にはっまていて、故人になってしまいましたが藤村有広(ちろりん村のドンガバチョ、変な中国人役などで超有名だった。今で言うと所ジョージかタモリさん)さんの別荘に向かう途中でクラッシュ。自走は可能でしたがかなり危ない状況でした。上り坂の直線でバスを抜きにかかったら右側から車が飛び出し正面衝突。抜いた私が悪いのでしょうが飛び出しの方がもっと悪くない?勿論パトカー到着まで下田警察自分の事故の無線は聞いていました。当時144メガ帯のFMで警察無線が使用されていたので結構マニアは聞いていた。今はしません。藤村さんはバンサと呼ばれ大のハム(食べるハムではない)好きで南伊豆の海岸際に別荘を持っていてドレークやコリンズが置いてありました。JH1BANとJA2BANのコールサインで親しまれていました。気が合い、と言っても当時私は20台バンサは40台後半位かな。何度かお邪魔して得意の料理をごちそうになりました。ご冥福を祈ります。バンサはジャガーMK2のオーナーでした。
あこがれのポルシェ911SCS/1978.-1973カレラ-1992ターボ
白でリヤスポイラー、P7とSCS仕様はかっこよかった。中古で買った車ですが2年間一度ファンベルトが切れただけで全く問題ない実用車でした。3リッターでヨークのエアコンと私には贅沢装備で快適でした。感心したのはブレーキで当時の車では最高と言えると確信します。その後73カレラ、92ターボと乗りましたがブレーキはどれも最高でした。3台のポルシェはいずれも全く快調でドイツ車のしっかりした作りを英国車もまねて欲しいと考えていました。最近は英国車も少し良くなったようです。ターボは320PSだったと記憶していますが正直あまり必要ないパワーでワインディングはNAのポルシェのほうが良いのかも知れません。でも不思議な車で無いと結構きになる車で可能なら89あたりのターボが欲しい。パワーより精悍でかっこいいじゃん。
あまり人前で乗りたく無いけど車としては最高の品質メルセデス
父親の車も含めてですがメルセデスは230E.300E.230エボ.500E.560SELの台と付き合いました。確かにどの車も操作が同じで全く違和感がない。現在の560SELはでかくて人目を憚るけど快適さではピカ一。長く乗りそうな感じがあります。ビックリしたのは500Eでバブル崩壊直前新車で納車されました。本当はキャンセルしたかったのですが無理して購入。高い買い物で後でひいひいしてました。早い車です。信じられない程あっけなく早い、問題は早すぎて同乗者があまり気分良くない。スポーツカーでないので気持ちが移入しにくいのでドライブがイージー気分になって緊張しにくい。などおじさんのグランドツアラーでしょう。ポルシェ社が製造していました。ワゴンは残念ながら経験なし。路面の情報をしっかり伝えてくれるサスペンション、優秀はブレーキとメルセデスはやっぱサルーンとしては総合点NO.1でしょう。
話は戻って4輪駆動車の話三菱ジープ、トヨタランクル
今では4駆は当たり前、必要無いのに乗っている、でも関東地方でもたまに雪降るからまあ良いか。元々軍事用、農林、土木などで働く自動車として活躍してた訳ですが一般的に乗るようになったのはアウディクワトロのスポーツ4駆が活躍する頃でした。国産では乗用車ではレオーネのワゴンが販売で成功、スキーチームや自転車のチームが使い徐々に一般化してきました。たまたま25年位前に会社で三菱のジープ(ガソリン)に機械式のウインチを付け現場で使用していたのですが最初の4駆のブームになり、すっかりはまってしまいました。当時の4駆は機械式のデフで必要なときに前輪を駆動するパートタイムでフリーホィールハブなどの装着が効果的でした。それでも切り替える時は停止して前輪のハブを回転させるという原始的なものでした。富士山の自衛隊演習場などが遊び場で冬は最高でした。この頃の主流は三菱ジープ、トヨタのランクルBJ?、360ccのジムニー、ハイラックスだったかな。あこがれはCJ5.CJ7.チェロキーなどのV8輸入車でラダニーバというロシア製の車もありました。イスズのユニキャブというジープみたいな2駆の車も紛らわしくありました。私の4駆2代目はトヨタランドクルーザーFJ.営林署御用達の4.2リッターガソリンどでかい車。パワステなし。太いデザートタイヤ組むと腕が太くなるほど重い。今ならとても買う人いないくらいな重さ。それでも幸い腕は太いのでなんとか山道を走らせる事ができた。家族4人でスノーボードを積んで良くいきました。お父さんらしい事を一番したときです。5-10台位でコンボイを組み、深雪をかき分けウインチとスコップ、チェーンソウで進軍するのは結構たのしいものでした。戦車に砲塔を向けられたり楽しい思い出を沢山つくった車でした。それでも川を無意味に渡ったり、調査もせずに強行したりはしません、必ず複数の車で安全を確保しながら走っていました。急斜面のUターンで転倒は日常的、氷上のスピンも当たり前、バンパーで押すのは常識そんな時代でした。ゴミ拾いのイベントをしたり環境の保持にも努めました。ところが4駆の普及とともに事故が増え、入山禁止、海で流されるなどと無謀行為が多くなって自ら首を絞めるように自分たちの楽しいフィールドを失って行きました。そして今アーバン4駆とか言って廃車まで4駆でなくてよかったのにと思える状況、4駆を過信して事故を起こす若者と残念な事になっています。出来ることなら車高の高いごつい車を市内だけで乗らないで欲しい。カンガルーバンパーなんて人に危ないだけで意味ないじゃん。補助灯も町では迷惑になるだけ、ましてはピカピカの車に新品スコップ、ロープ意味ないじゃん。4駆は人に優しく陰で安全を支えるメカニズムなのです。
息抜きにさらっと父親、女房や子供の乗った車を紹介しましょう。
年取っているので悪しからず。ホンダZツーリング 俗に言うN360のツインキャブ車。フロンテクーペは550ccだったかな。ゴルフ2台。プジョーカブリオレ。BMW325X。ユーノス2台。1台はターボ付き。ポルシェ911/1974(現役)。ジャガーXJ6-2台。BMW735。プリンスグロリア(日産になる前)。オペルレコード。ポンテァック400ファイヤーバード。カマロ。シェルビー350GT。ダッチバン。古いのは分かりません。順番不明。家が何軒か建ったかな。
よき時代のGT達ベレットGT-R
1960年後半から70年は工業製品が一気に花開き確立させた時代、国内海外問わず、優れた製品が製作された、そして今でも立派に愛され続けられている。そんな頃日本でも日本GPが開催されスポーツカーが売り出された。私の新車で発表になった車で覚えているのはダットサンスポーツ.SP.SRフェアレディー、初代シルビアを始めとして、HonaS600.S800.ダイハツコンパーノスパイダー、Toyota2000GT、800.などの純スポーツカーとGTcar。元祖日産スカイラインGTB.GTA.GT-R.ダットサンブルーバードSSS、マツダファミリアクーペ、ロータリークーペ、いすず117クーペ、ベレットGT.GT-R、三菱ギャランMRなどDOHC.ディスクブレーキ.タコメーターなど三種の神器が用意され、正に百花繚乱の楽しい時代でした。後期にはToyota1600GT,セリカGTV、レビン、トレノ、サバンナGTなどが発表されました。性能的には最近の乗用車よりも劣りますが若者の心を捉えたのです。最高速度は160-200km/h.0-400m17秒前後で標準では鉄ホィール、クロスプライタイヤが装着されていました。ブレーキはフロントは殆どディスク、リアは半分位がまだドラムブレーキです。キャブはウエバー、ソレックスが主流で電磁制御はまだ市販レベルではありませんでした。どうです懐かしいでしょう。そんな中で新車あるいはそれに近い車で運転して覚えているのは意外に少なく数台です。2000GTは別格だったし、S20のGT-Rも150万したし、初代のシルビア、117クーペも縁がなかった。悪そうで格好良かったのはベレットGT.GT-Rでネガティブキャンバーのステージ2辺りのサスペンションをくみこんであるともう完璧で、OHVとSUのGTは結構売れたのではないでしょうか。GT-RはDOHCいすずエンジンで重たく見た目はロータスツインカムに似ている。相当海外の車はサンプルにされたようで、S600.S800はロータスエリートをToyota2000GTはジャガーEタイプを彷彿させる。サーキットは別とするとほぼ同じ性能なので第3京浜などのストレートは最高速160-180km/hで丁度良かった。今の車は速すぎる。実際に早かったのはSRとロータリーエンジン搭載車だと思う。ロータリーの早さは半端でなく200km/hは出てたのではないかな。でもノーマルのサスペンッションはふわふわで雲の上を飛んでいくというのが本当でした。考えれば危ないランクNO.1でバイクのカワサキマッハ。と同格。ところでその後乗ったベレットGT-Rは特別に印象に残った訳でもなかった。あの頃の感動を今味わうのは結構難しいです。
ミッドシップはかっこいいけど難しいフェラーリ、ルノーサンク、MGF、NSX。
最初のミッドシップはルノーサンクターボ。この頃から1987年車も仕事の一部になっているので自分の車というか会社の車というか線引きはあやふや。適当にそんなもんかと見て下さい。
最初のミッドシップはルノーサンクターボ。ブルーの数少ない最高コンディションのデーラー車当時700万くらいで新車販売されていた。1400ドッカンターボでツインプレートのクラッチとで大事にのるには大変神経使う車です。とにかく3000rpmまでは軽自動車程度の加速しかない。その後ワープ状態。市街地走行はしたくない。エアコンなし。それでも春先メロン街道、伊勢湾フェリーと伊勢志摩を一週ドライブ快適な旅でした。多少のオーバースピードでは何も起こらず、リアの太いタイヤは舗装路では磁石のように路面を捉える。結局この車を振り回すことはなく。開き直って大切に乗っていました。今でも知り合いのガレージで静かに佇んでいます。おそらく現存のなかで最高のコンディションと推測されます。まだ30000km位の走行距離では。ラニョティーのドライブは最高でプロフェッショナルの中でも抜群、車を選べればワールドチャンピオンも獲れたのではないでしょうか。えっ、誰それ知らない?
お待たせご存じフェラーリの番です。古い順に行きます。ディーノは別に扱いますので、328から赤/黒の最高程度の中古車でした。最終の328でタルガトップでまず音が良いですね。パワーも必要十分。タイヤやサスペンションの設定も今の扁平と違い人に優しく心地よい。ピュアーなスポーツカーというよりツーリングカーのフィールでしょう。日常の使用も問題なく手放して後悔している。おしむらくはこのあたりからコストダウンの影響でスイッチなど安物がつかわれ初めている。
次は348確か2000km走行の新車同然のベルリネッタボディー赤/黒でした。328に比べればはるかにスポーツカーそのもの。シャープなハンドリングは結構気持ちよくスライド走行も比較的楽に可能で山では楽しい車です。電動ファンの安っぽい音や個体差かもしれませんが渋滞するとギアが入りにくくなる。ボディサイズが328に比べるとかなり大きいのも日本の道路で左ハンドルと不利に作用します。
最後に355ベルリネッタ。これは良い。今の新車はしりませんが355は歴代(328以降)でも総合的に最高の車と思います。価格や性能申し分なし。エンジンは精度良く組み上げられた硬質のサウンドとともにどこからでもパワーが溢れてきます。ブレーキも文句なし。6速ギアボックスはデフのギア比と合わせ最高の組み合わせでパワーをフルに生かせるセットになっています。サスペンッションは市内では少しハードに感じるはずです。扁平タイヤとの組み合わせで高速でも結構ショックが来ます。車体の剛性は高いので嫌な感じはないのですが個人的にはもう少しソフトで良いかなと思います。せっか車内で切り替え出来るのですから。実用上困るのはトランクスペースが無いに等しいこと。事実新潟まで夫婦で出かけたのですがシートの後ろにお土産満載状態で醜い景色になってました。アイドリング時でも音が結構するので疲労がたまることも気になります。幅が広いのでワインディングも気を使う。355はスポーツカーであり日本での実用は多少難有りかな。その後F1というクラッチなしが出たり名車の仲間入り間違い無いでしょう。それでも実用に使うのは大変だ。328までです。

すっかり話は変わってMGF。同じミッドシップでも価格はフェラーリの2割、5色揃えてもお釣りがくる。何なんでしょう。物の値段は難しいですね。エアコンついて約300万国産車とも十分対抗出来る価格で発表当時からり売れたようです。たまたまMGFのワンメークにエントリーしたので興味はありました。シリーズ優勝すると一台もらえたのですが、ブーでした。Kシリーズエンジンはパワーこそ無いですがしかっりしたエンジンでタフで素直です。比較的日本人はパワーをいいますが、あえて言えば使い切れる人はそう多くは無いです。100%使えば公道では十分です。十分すぎるかも。車高が高いので少し調整してあげるとノーマルでもずっと良くなります。一台欲しいですね。年輩者が乗ると絵になります。子供は駄目です。精神の田舎者には似合いません。見栄張ってフェラーリをやっと走らせるよりずっと格好良い。日本のミッドシップ中でもNSXはさすがホンダの一言です。バブリーなイメージとフェラーリの名前しか理解できない殆どの人には悪評ですが歴史に残る日本の代表的スポーツカーです。もともと今の日本でスポーツカーは何台売られています?NSX.MR2今はMRS?.ユーノスロードスター.RX7.こんなものかな。世界で2番目に自動車つくってる国とは思えないほどの寂しさです。所詮日本の自動車会社なんて売れれば良いわけで儲け以外は眼中に無いので文化や大人のスポーツカーをつくろうなど考えた事もないのでしょう。ぶつぶつ言っても意味ないか。まあそんな中赤字で生産しているというNSXは世界のホンダの意地と執念かもしれません。黒のNSXは中古車でしたが程度は良くドライブを堪能させて貰いました。タイヤまでフルノーマルのNSXはリミッターが利いてしまうのですが富士スピードウェイで簡単に1分54秒をマークします。5週ほど走るとさすがにブレーキは厳しくなります。アルミを多用したサスペンション、VテックV6エンジンは世界最高峰のV6ユニットです。NSXはイメージより遙かに男性的で線の太い車で少々のスピードではへこたれません。それが面白くないなどとふざけた評論家が多いのですがNSXのすごさはその上にあるのです。そこからの底力はドライバーに最高の楽しみを与えてくれます。洗練度では355と良い勝負、348には勝っています。どちらが面白いかは個人の受け取り方でしょう。サーキットでもエアコン利かせCD聞きながらです。ヘルメットかぶるので音を大きくしましたが。でも実際全開になると聞こえません。ピットの入って来ると聞こえます。あのときは都はるみの千年の古都が好きだったのです。はずかしいなあ。そうだ大事なエスプリターボもミッドシップなのだ。エスプリは商売の専門なので次回にします。
ミッドシップは性格上フロントの回頭性能が良いのでスムースに頭が綺麗に入ります。勿論加重をフロントにかけます。加速中はどうしてもアンダーステアーが続きます。この最中に不用意スロットルを戻すとフロントに加重が移動リアがぬけスピンに入ります。スピンに入ってしまうと相当の腕前でもコントロールは難しくなりますので競技中は絶対に避けるようにしています。タスマニアのように路面のミューの低いところでは100km/h以下でも顕著にこの傾向が現れます。雨のレースで入賞出来るのはタスマニアの厳しいコースで自然とトレーニングが出来ているからです。4駆と違い駆動をロスさせることなく伝える事が大切なのです。丁寧に流れるような操作こそ基本で車に対しても優しく、カウンターやタイヤの空転は避けましょう。安全で早く車を壊さないことが理想ですから。

究極のBcar Ford RS200
箱根にて3台のRS200が席を同じくするのは非常にめずらしい もう1台のRS
WRCチャンプをめざしたFordの力作。残念ながらGr.Bの廃止により勝利を掴むことは無かった悲運のマシン
そのRSが2003年の情報で10-12台国内に生存大切にされています。上記の写真はそのうちの4台。他にも確認されているので全車の写真を揃える予定です。近い将来一同に会す機会が出来そうです。
200台製作され実践に投入又その後の競技活動で廃車されたRSも多い事と思いますが、国内のRSは皆さんの努力でかなり良い状態にあります。市販では250PS.300PS.350PSが用意され内装やトランスファーなどに差が有るようです。コスワースBDT1800は貴重なユニットなので神経は使います。前後計8本のショックとロールバーが組み込まれたボディの剛性は高くギャップ越えでの動きはまさに巌のごとくどっしりとしています。今でも長男の愛車として活躍中です。
これからのオーナー達とのお付き合いも楽しみです。
男心をくすぐるバイク達
Bimota YB8 Yamaha FZR1000- 2002年3月現在の愛車1982年製ですが走行200KM未満のバリバリ新車です。

私は昭和23年生まれ、この頃の世代は16才で軽自動車の免許を取ることが出来ました。そして昭和40年位までに免許を取得していた人は自動二輪の免許がおまけでついてきたのです。要するに古い人はバイクの試験なしで大型バイクの運転資格がもらえたのです。貴方のお母さんでも。ですから同年代の軽免許取った人はラッキーでした。そんな中原付しか乗れない私はホンダダックスで我慢してたのです。確か30才目前にして、急に大きいバイクに乗りたくて免許取得の道を歩き出します。そんな大げさではないのですが、中型の350ccのバイクが試験車でした。なかなか試験場で一発で合格するのは難しいと言われる頃でした。そこで自動車教習所に行くことに決め、町田から調布にあった教習所に通いました。スポーツカーで行き教習、若者はバイクで行き普通車の教習、お互い無い免許目指して頑張っていました。幸い合格晴れて大型バイクの免許を取得しました。それから25年経ったけど一度もバイクの検問にかからず免許を見せたことがありません。数年後限定制度が出来て400cc以上が更に難しくなったのでした。
YAMAHA-DT250.YAMAHA650.HondaCB550F.SuzukiGT750.HondaVF750.Traial125.ビモータYB7.BMWR100と乗ってきました。どれも距離は伸びず町乗りだけです。どうしても遠距離は四輪車になってしまいました。自慢は事故は一切なし。バイクは運転に自信が無いので慎重に走らせているからです。こけたり当たると痛そうだし恥ずかしいし。残念ながらここ5年位バイクから離れてしまいました。もしかするともう乗ることはないのかも知れません。バイク雑誌をみると乗ってみたいバイクがごろごろあります。乗って見たいのはYAMAHA-Vmax.レーサーレプリカは下手だから似合わない。チョッパーは体が大きくないので是又、似合わない。

ロータス軍団
今は仕事の一部なので書きにくい。ロータスって格好いいけどキャシャぽい。下取りが安い?などのイメージがどうしてもついて回る。ディーラーが実質不在のような状態が長かったことも影響しているのです。ロータスと一口にいって初代エリート、エラン、ヨーロッパ、エスプリが一般的で最近のラインはエリーゼ、エスプリ、340Rです。エリーゼが結構売れたので一息でしょう。セブンはケーターハムに引き継がれたので別の機会にしますのでここでは最近のエスプリ、エリーゼに焦点を当ててみます。エスプリはS1からV8まで1970年代から生産が続けられています。初代はNAの4気筒エンジン搭載ジュージアローデザインで007 の映画で有名になりました。私が自動車屋をやるきっかけになったのがS2のJPSカラーエスプリとの出会いでした。1980年始めの事で中古車でした。格好良かった。でも当時の価格で中古で程度は良くなく500万程で結局買えませんでした。それで安く買えるロータス?そうスーパーセブンが脳裏をかすめたのです。それから数年後スーパーセブンの専門店が自らの手でオープンする事になります。その経過は又別の機会に。そんなこんなでエスプリを手にしたのはエセックスターボ、S3ターボ、S4ターボ、エスプリ300、GT3でNAは数台売りましたが所有はしませんでした。910と呼ばれる世界最速になる4気筒エンジンは想いの他丈夫でターボのおかげで長命なエンジンになりました。どっかんターボで気持ちが良いのですが音はあまり感心しません。ギアボックスもリモートのせいか経年変化でだたしないフィーリングになります。特に初期のロッドはヨーロッパと同じで素早いシフトは不可能です。ミッド特有の回頭性はすぐれ太めのタイヤとの組み合わせで常識的なスピードではオンザレール感覚で路面をトレースします。予想するよりしなやかな脚はポルシェやフェラーリとは違い快適に日常の使用も可能です。アメリカなどリッチな人は結構エスプリが好きでプリティーウマンの白いエスプリも格好良かったですね。どちらかというと軟派のイメージですかね。下取りなど気にしない粋な人しか新車は売れないですね。日本人には少し難しい車です。だからこそエスプリのオーナーはプアマンズフェラーリでなく堂々と乗って欲しいものです。一方エリーゼは売れた車です。MGFと同じパワーユニットでエアコンもなく価格は倍近いのにも関わらずです。軽量なので確かにパワー感は充分ですが、品の無い路面からの突き上げは何とかならないのかとがっかりします。ハンドリングはシャープで乗り手を選びます。はっきり言うと難しい。日本車には出せない(事故がこわくて)味を持っています。だからスペックや気分で乗る人は鼻高いでしょう。実際乗れる人は少なくもっとパワーとか言われると妙に白々しく感じてしまう。なんで日本人てこうもパワーに拘るんでしょうね。先進国でも最悪の道路環境で法的にも道義的にもそして、ドライバーの技量的にも疑問だらけです。数年前ピレリーP7がポルシェのアウトバーン用に開発されたときも日本の重要が多く、ドイツの技術者は日本も当然制限速度なしの高速道路が沢山あると信じていて、そうでないとわかるとなんでP7が売れるのか理解出来なかったそうだ。なんかコギャルのビトンみたいな気がしませんか。それで景気がよくなるならそれでも良いか。話はそれましたが、エスプリは大人の気取った脚として定着して欲しい1台です。エリーゼは良く分からない気取りやさん向けかな。それもこれもロータス好きだから正当に乗って欲しいの裏返しで趣味の対象として評価し長く乗って欲しいものです。
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Lotu Seven Sr3 SS 11111111111111111111 Lotus Cortina Mrak1-Sr2
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Lotus 23B 1111111111111111111111111111111Lotus Seven Sr2
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