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1996年ローバーMGFのワンメイクがスタート!ブレインズの橋本さんにお世話になり参戦!
素晴らしい企画で多いに楽しませて頂きました。 |
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| 1996.1997と2年間エントリー。その間1997年には4台のカップカーがタルガタスマニアに参戦、楽しい想い出が出来ました。カップカーは英国ジャンスピード(正式にはヤンスピード)が開発、ラッシュアジャスターをソリッドにスポーツマフラー、ECUはノーマル、10点式ロールケージ、消化器、ハードトップを装備します。イモビライザーまで標準でスターティンググリッドでときどきパアパアとなってました。 | ||
| 1996年開幕、ナラシの終わらず練習会に参加。思ったよりタイムが伸びない。パワーが無い、タイヤがコントロールされていて公道用のダンロップフォーミュラーこれがくせ者で数周でブロックが破損。一言で言うと丁寧に走ることが要求されるのですがなかなかジレッタクテ出来ない。予選もそんな訳で中段グループに埋もれていまいました。思ったより悪い結果に私達おじさんは自分の腕のことは棚にあげ、ああだこうだと楽しんでいました。そんな訳で1年間スポンサーしていただいたオーディオテクニカさんには足を向けて寝ることが出来ない1年でした。1997年は4月後半からオーストラリアタスマニアにMGFを送りレースは少なかったのですが雨のレースでやっと3位でお立ち台に乗ることが出来ました。タスマニアでクラス優勝しての最初のレースでした。雨のレースは嫌いじゃないのとタスマニアでの2000kmでエンジンも調子が上がってきたのかもしれません。 そんな2年間でしたが一寸したことがキッカケで車両を手放してしまいました。 総括:比較的安くケータリングサービスや関連グッズの配布など素晴らしい企画と感謝しています。 タイヤを加工、触媒を外すなどレギュレーション違反もあったようです。エンジンに関しても不信感はあります。自分はそうでないから気にはしていませんが、寂しい気はします。車重も実際計ると結構違うんですね。スピンしたり、コースアウトしたり、ぶつけられたりしましたが今では良い思い出です。目の前でスピンされてぶつかった事もありました。でも一言ゴメンって言って欲しいものです。関係者の皆様に改めて感謝いたします。ありがとう!皆さん。 |
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三菱ミラージュカップに参戦 さすがに若い将来をかけたカテゴリーだけにレースは激しくレベルは高くなっています。デビューした長男も苦労の連続。クラッシュやリタイヤが続きました。後半やっと戦闘力が出きるといった状況で良い勉強になったと思います。確かにこのレースを境にどの車に乗っても早くなったようです。修理代が減ればリーズナブルでコンペティティブな良いレースだと思います。筑波、富士のシリーズ戦です。筑波でのトップのタイムは1分6秒だと記憶してます。早い。 |
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残念ながらロータスのF1の中では勝利のなかったEssexです。ポルトガルGPの3位が最高位でした。 DFV、メカニカルインジェクション搭載、エフェクトカーの当時のスタンダードマシン。マンセルのデビューマシンそのものです。写真は筑波サーキット第1コーナー立ち上がり2速全開加速中。 レブリミットは10,000rpm.Laptimeは流して1分フラット。全開だと?私には無理。ちなみに公式戦の無いF3000でプロドライバーがMarchDFVに乗って49秒でした。 |
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| 筑波サーキットでのショット | ||
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| 1コーナーからヘアピンへ | ヘアピン手前多分3速にシフトダウン状況 | |
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| 2速でヘアピン立ち上がり | ヘアピン直前2速と思います | |
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ネコの企画での走行。なにしろ筑波はF3000すら走らないコース。最終コーナー手前からのピットロードは狭い狭い!たまたま全体にギア比が低めのセットなので苦労なく気持ちよく走れます。ものすごく暑い日で左リアにブリスターが出てしまいました。現在のセットはAVONで私たちアマには選択肢はあまりないようです。最近は少し楽になったようですが。でも思いの他価格は安く、ポルシェなどのロードタイヤよりはかなり安めです。まあ、気分はマンセル。楽しく走るというアマチュアの原点の楽しい一日でした。サラブレッドシリーズで全開で走っているアマチュアの方のその経済力、度胸に敬意を表します。 | |
| 第1ヘアピン進入直前ブレーキング中か? | ||
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March86 Indycar STP アメリカで大人気のCARTのSTPマシーン本来メタノールなのですが、日本でのドライブを考えてビウィックV6に換装。500PS程度の出力です。個体差かもしれませんが乗り味は正にアメリカン、大味でF1とは違うフィールを持ちます。この車も私には乗りこなすのは無理、流して走る程度です。それでも100R出口でスピン、Bコーナーでもスピン手に負えないマシンです。でも音と良いスタイルといい、お気に入りです。スターターは外付け電動モーターで回すトルクは強烈でメカは体力が必要です。 |
| 1999.4.29
すこし昔の話で恐縮ですが良い体験をしたときの話を少々。数年前ですがF1を買ったのです。1980LotusT81EssexS/N003です。DFV搭載車で残念ながらその年ロータスは優勝出来ず不本意はシーズンを過ごしました。マリオアンドレティー、エリオデアンジェルスのコンビで年末にはあのマンセルが加入したのです。記録によるとS/N003はポルトガルGPで3位と活躍しています。アメリカのコレクターにより保存されたマシンは飛行機で日本にやって来ました。約束ではすぐに走行できる状態との事でしたが残念にもメカニカルポンプが不調でした。タイヤはAVONスリックでさすが英国入手は楽でした。ちなみに価格は市販ラジアルタイヤのやや高め程度でした。バッテリーを新品にといっても当時はコンピューターを使用していないので点火にのみ使用するのでオルタネーターも付いていません。エンジン始動は窒素を使います。始動はかなり難しくてドライバーがコックピットに乗り込み窒素ボンベのバルブの係り、外からスロットルを開けながらガソリンを霧吹きのようなもので噴霧する係りと3人は必要です。3000回転以下のアイドリングは禁物で最高回転は11500程度、私の場合はもったいないので10000回転をメドに走ります。そんなこんなで走り出す前の儀式が大変です。コックピットは以外に快適で必要な物以外は全くありません。あたりまえか?ブレーキの前後の配分、リアスタビライザーの調整、電動燃料ポンプと機械式燃料ポンプの切り替え等が普通の車と違うところでしょうか。ペダルは通常の車と全く一緒、シフトは右側で5speedレーシングパターンで重くて半クラッチの難しいこと、シンクロでなくドッグのため回転を正確に合わせるシフト操作以外はそれほど難しくないかな。レーシングカーの場合ギア比により速度、加速が変わるため正確まだギア比のチェックはしていませんのでには分かりませんが、富士スピードウェイでは若干低めのギア比になっています。本格的にタイムアタックするわけではないのでストレートエンドでエンジンを回しすぎないように注意するだけです。それではいよいよスタートします。 |
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スタートは勿論1速ギアで回転を保ちながらクラッチミート、イメージでは左足のストローク1-2cmのハーフクラッチになります。以外に多いのはつながって走り始めた瞬間のストールで初めてフォーミュラーに乗る人全般に言えます。むしろホィールスピンさせるぐらいがクラッチやエンジンのためには良いかも知れません。但しF3000.F1 クラスは下手するとピットロードでスピンする可能性があります。なにしろタイヤも暖まっていませんのでグリップはほとんどありません。タイヤウオーマーはもっていません。最初の2-3Lapはデフ、ギアボックスのオイル、タイヤの温度を上げなくてはいけません。それでもマシンを理解し器用な人、例えば友人でもあり尊敬するエンジニアの渋谷信一さんはF3をセーフティーローダーにスムースに乗せてしまいます。暖まっていないスリックタイヤは正直ラジアルタイヤの やまなし程度のグリップで初めて体験するとサスペンションがトラブっているか、エアーが全く揃っていないように錯覚します。信じられないほど低速でスピンする可能性があります。ところがドラマがおきるのです。スリックの本領発揮でステアリングの重さが徐々に増し強力に路面を捉えます。スリップも分かりやすく、スライドのコントロールも楽になります。(但し雨が降るとスリックカート状態で非常にスリリングになります) 勿論アマチュアの私が走る速度域の話ですから良く分かりませんが。後にDFV搭載のF3000.3ローターのGCカー、インディーカーに乗って感じたことはこのクラスは素人では乗りこなせないと言うことです。走らせる事は出来ます。レーススピードは無理です。自信もって言えます。危ないです。ブレーキは信じられないほど利きますし、横Gは想像以上で一度がんばってトライしたら富士で5Lapしたら首がいたくなり酸欠みたいにボヤーとなってあわてたことがあります。ストレートエンドでは300km弱になり何度挑戦してもブレーキポイントを奥にもっていけないのです。本能的に恐怖感からブレーキを踏んでしまうのです。F3/mugenなどで走ると現役の選手の最後尾位い?で走れるのに。それ以来プロの領域を聖域と思い尊敬しています。ボウリングもレースもラリーもプロはすごい。そのために努力する姿勢がすばらしい。敵うはずがない。私は天才ではなく偉大なる超平均的な凡人なのです。但し夢は叶った。 |
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11995-7年頃長男がミラージュカップに挑戦、そのころの筑波での練習での一休み。子供がサーキットを走るのを見るのはとても正直こわいの一言です。その後ミラージュで格闘したためか、どんどん上達!何でもやらないと上手になららいのは当たり前、特にサーキットは天才以外はいかに走り込むかが勝負。上位の人はよく走ってます。ある程度までは必ずいけるようです。例外も知ってますが? 近い将来クラシックの耐久に親子でエントリーしたいと思ってます。 耐久といえばミラージュの耐久で私がドジッテ申し訳ないことをしてしまいました。その話は続きで! |
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