秦の始皇帝と兵馬傭:西安
2004.1.26 2003年11月29日読売新聞一面にびっくりニュースが飛び込んできた。西安にある始皇帝陵を考古学者が調査、地下30mに170mx145mの巨大宮殿が存在することを確認発表しました。その中央には15mの墓部屋がありその周囲を厚さ16-22mの強固な塀が張り巡らされており、盗掘はされていないとのことである。物理的探査の結果多量の水銀が含まれていることも確認しました。史記にある陵の記述は本当かもしれない。残念ながらすぐに発掘されるかは未定になっています。なんとか私の元気なうちに開始してほしいと思います。
西安を訪れてから早9年。今の中国の経済成長を見ていると以外に早く発掘が始まる予感はします。兵馬傭と並び世界の宝となることでしょう。
昨年末よりインターネットで関連書籍を購入10冊を超える本を読みました。
始皇帝のひととなりは推測をでないが、少年期の環境、秦王になる課程、統一をすすめる孤独、そして秦帝国を作り上げ政治を行うプレッシャー。始皇帝の評価はその時代の政治などにも利用され正当な評価は定まらない。
個人的には素晴らしい指導者であり、その時代の要求した怪物だったのであり、後に言われる暴挙もその功績を無視するものではない。
ミーハーな話ですが最近のDVD英雄ーhiro-は面白かった。
始皇帝暗殺の話ですが、有名な荊茄(間違ってたらごめん)や張良の話、は史記にもあります。始皇帝暗殺というビデオがありますね。
hiroは暗殺可能な状況まで行きながら天下の為に暗殺を中止あまんじて殺されるというお話。特撮はともかく、時代考証は勉強になります。秦の軍隊の様子や弩を射る様子は感激しました。ここでの始皇帝は統一を果たす数年前の大王様で単なる暴君ではなく
ただ者ではない推察力と洞察力を発揮しています。この段階で文字の統一は意識していたようです。始皇帝は暗殺から身を守るため武道をたしなんでいたようです。ですが一流ではなかったようです。晩年神仙思想に傾き不老不死を求めたとありますが、決して当時の背景を考えればアホくさい事ではなかったと思います。現に水銀や金を飲んで死んだ皇帝はかなりいるようです。そんな神仙思想をうまく利用したのが徐福かも知れません。徐福が計画的に不老不死の話をし、百工や子供たち数千人で日本に向かったとしたら。。まことに想像するに楽しい秦脱出ではないかと思います。数年前徐福の村も発見され研究が加速されています。後は日本に上陸した確かな証拠の発見が待たれます。今年は友人と日本の徐福ゆかりの地を訪れる計画を進めています。なんとも壮大でロマンに満ちた航海であったと想像します(危険でそれどころでなかったかも)
2000.03.22
19995年6月急に誘われて中国西安に観光に出かけた。15名の小団体で以前より顔見知りの方が半数以上なので最初から楽しい旅となった。1970年に船旅で上海に行ってから25年、今の中国はとても興味があった。行く前は二眼レフのカメラがあったら御土産にとか考えていたのですが?結構捜したのですが見つかりませんでした。
中国は広くとても一言で話せるものではありません。近代化した北京は東京と変わらぬ顔をしているし、大都市は経済政策で再開発が進みMM21のようである。そんな都市に興味はない。今回のハイライトは西安昔の長安、シルクロードのスタートになります。そんな中で最も興味深いのは秦の時代、秦の始皇帝です。その遺跡としての始皇帝陵そしてその一部とみられる兵馬傭です。世界遺産の中で人工の工作物として最高の奇跡として位置する兵馬桶は正に圧巻。人間のはかなさ、おろかさ、権力の強さを感じます。私の好き嫌いで言うと嫌いな権力というパワーは狂気であり正に人間そのものを写し出す鏡のようである。ピラッミド、万里の長城などなど権力者は己の不死と国を守る事(自分を)に全精力を傾ける。その事が民衆や国を衰退させる事を考えもせず。私はお墓を作る事が仕事である。大きい墓や人一倍お金をかけるのはあまり良い気持ちにならない。商売上はその方が良いのですが。歴史を振り返れば世界どこでも同じであり人間の悪い面の本質なのでしょう。
西安市内F2とNikonの双眼鏡で日本人丸出し
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博物館は完全に撮影禁止。軍隊に守られカメラを少しでも向けると!
最近の話しでは写真撮影が許可されているようだ。
兵馬傭と対峙すると始皇帝の生への執着をひしひしと感じる。恐ろしい程の迫力で金縛りになる。約2200年の眠りから醒め今まさに出陣の生気を感じる。こんななまなましい遺跡は始めて体験した。それほど精巧であり作者の命をかけた人間がいて、馬がいる。陵は盗掘の記録もありはっきりしないようですが、私が元気でいきている間に調査して頂きたいものです。ドイツや日本が費用など出して調査するプロジェクトは中国政府が許可しないそうです。その時期がくるまで。それが孫の時代やそれ以後でも少しの問題ではないそうです。4000年の歴史を持つ国ですから。文献には宝石をちりばめて星座を模し、水銀の海を作り、入り口には自動で発射する矢などの侵入者を防ぐカラクリがあるそうです。事実最近の調査で地下に水銀反応があるのは確認できたそうです。少しミーハーですがインディージョーンズの世界なのです。世界中の考古学者が期待している事でしょう。そのあかつきには絶対いきたい所です。それと行きたいのはエジプト、狂気の王に合って見たいからです。この西安訪問後慶州、大連、青島と中国を訪れましたがお気に入りは西安です。機会があったら是非おとずれ希代の狂気に触れてみて下さい。秦の始皇帝は陵の建設で数十万の工夫を生き埋めにしたり、儒教の学者を谷から突き落とし貴重な本を焼却したりと評判悪い残虐な性格のようでしたが、道路、水路の整備、貨幣、車両のトレッド、度量などを統一した偉大な指導者であった事も事実です。最後に不死の薬を求め3000人の少年少女と船出した徐福はいかに?とっぽいいかさま師か?日本にやってきたのだ。次回お楽しみに。

天安門広場-たしかに広いことは広い ?名前?忘れた。
西安(昔の長安)の主要道路。朝晩は自転車天国! トロリーバスも元気に走ってます。
まんま中国って感じでしょ! お世辞ぬきで綺麗な人が多い 大雁塔-上まで登りました
6月で暑くて炉端は将棋?や酒宴があちこちで。 市内にはこんな看板もあります

中国大好きで色々歩きましたが総合で西安が1位と推薦できます。30年前に船で上海に。船から見る揚子江、上海の町は素晴らしいの一言でした。開発前の上海は英国色が強く残り歴史の時が止まったようでした。桂林、青島、大連、北京などもそれぞれ素晴らしい所ではあります。なんといっても歴史的にも西安の今はとても興味深くまさに中国が見えるような気がします。
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