かって、「芦屋エスペラント会」があった...


Kion mi skribis? (7)


La Movado  (2015) 9月号 7頁
エスペラントの本の森に、素敵なお話を求めて(五)

津田 昌夫(愛知)


(先輩)「最近、断・捨・離とか、『モノを持たない生活』とか、あるいは、電子書籍とかといった話がメディアでよく取り上げられます。わたしは、そんな考え方や行動には賛成しません。「これらの本は絶対に手離せない」という生活もあり、と考えています。『無人島へ持ってゆく本』なんてことのほうに関心があります。わたしは、身のまわりに読みかけの本や雑誌、CDが積み上がっていたほうが落ちつきます。スマホ以外は、普段あまり文字を読まない連中が、断・捨・離などと、かっこよく漢語まがいのこの言葉を言い訳に使って本を捨てているのではないかと、わたしは勝手に考えています」

(後輩)「それは言いすぎです」

「そうかも知れません。でも、捨てるなんてもってのほか。本こそエスペラントを将来にわたって伝えてゆく重要な手段の一つです。エスペラントが分かる読者を相手にする作家たちは、読者人口が少ないので大変です。エスペラント文化を支え、強固なものにするために、エスペランティストはみんな、こぞって本を買わなくてはいけません。エスペラント文化を強固なものにすると言う意味で、余裕があったら、是非、日本エスペラント協会や関西エスペラント連盟に加入してください。もちろん世界エスペラント連盟にも」

「まだ、そんなにエスペラントに確信が持てません」

「そう。まだLa Unua Kursolibro を終わったばかりでは、無理ですね。先ほどの、エスペラントの普及ということで、ずっと昔、こんな妙手を聞いたことがあります。エスペラントで作品を発表する作家がノーベル文学賞を取る。そして、その作家は、自分の作品が各国語に翻訳されるのを断る。そうなると、みんなは彼の書いた本を読むためにエスペラントを競って学ぶ、とね」
「そういうのを荒唐無稽と言います」

「いや、実際、エスペラントによる沢山の詩が愛され、コナン・ドイルの『パスカービル家の犬』などの翻訳もある、ウイリアム・オールドさんは、ノーベル文学賞に3度もノミネートされています。2006年に亡くなられましたが」

「それは残念。ところで、先輩はお話が好きだから、と何度もおっしゃいます」

「作り話が好きだから、と言ったほうが良いかもしれません。わたしの書棚には、エスペラントの本の他に、白土三平の『カムイ伝』が、雑誌『ガロ』に連載されていたころのを含め、その後出された何種類もの愛蔵版と一緒に並んでおり、他の白土作品のほとんども揃えてあり、あるいは、黒澤映画に関する本や資料がたくさんあります。白土も黒澤も、お話がとても上手い、嘘がない、いや、嘘がないように思わせるのが上手い、と思っています。だからお話が面白い。エスペラント・オリジナルで作品を発表する作家にも、わたしはそういったものを求めます。だから、ネメレさんやモデストさんの本がわたしの愛読書なのです。新刊案内で彼らの新作を見たら、他人に取られないようその日のうちに注文します。何度も言いますが、わたしは、よく出来た話に弱いのです。その一番は映画、『ショーシャンクの空に』です。スティーヴン・キングの短編小説『刑務所のリタ・ヘイワース』が原作ですが、刑務官監視下で屋根のコールタール塗りをしていた囚人たちが思いもかけず、作業を中断して、ビールを飲めることになるシーンや、刑務所内の運動場で休んでいる囚人たちに、頭上にある拡声器から、突如、オペラで歌われる女声二重唱が高らかに流れるシーンでは涙があふれました。いま、思い出しても目が潤んできます。『バベットの晩餐会』で、貧しい漁民たちの前に出される豪華な料理の数々も、忘れられません。料理を楽しむということは、生きている幸せにつながる大切なことだと知りました。映画『愛と哀しみの果て』で、メリル・ストリープが演じたデンマークの作家、ディネーセンはどんな小説を書いていたのだろうとずっと思っていたのですが、アカデミー外国映画賞をとった『バベット』がその一つと知りました。本当によくできた作り話です。黒澤映画も同じように、『七人の侍』はもちろん、『用心棒』、『椿三十郎』、『赤ひげ』と、お話の面白さは抜群。そのいくつかは山本周五郎の小説で、彼の全集もわたしの本棚に... おっと、また独り善がりの自慢話になってしまった。わたしが言いたいのは、エスペラントの本でも、話が面白ければ、どんどん読めるということです。その筆頭はあの 'Kredu min, sinjorino!' でしょう」
                                                        (つづく)