かって、「芦屋エスペラント会」があった...


Kion mi skribis? (8)


La Movado  (2015) 10月号 7頁
エスペラントの本の森に、素敵なお話を求めて(六)

津田 昌夫(愛知)


(先輩)「あなたは本は嫌いではないのでしょう?」
(後輩)「まあね。先輩は、つまり、アンソロジーの 'Vojagxo en Esperanto-lando' を、まず読めと」
「ええ。これはその第2版ですが、これも講習会卒業祝いとしてあなたにプレゼントします。今は、第3版が出ていますが。実は、著者のコルケルさんから、しつこく第2版を日本のエスペランティストに薦めてくれ、世界大会に参加したら Libroservo へお前の仲間を連れて行って、この本を薦めてくれ、そうすれば、世界エスペラント連盟(UEA)に在庫がなくなり、UEAから第3版を発行できる、といった主旨のメールを何度も受け取った時期があり、関西エスペラント連盟から第2版を5冊まとめて買ったことがあるのです。それがまだ手元に3冊残っていました。どうか受け取ってください」
「ありがとうございます。わたしは先輩と違って、白土漫画も、黒澤映画もよく知りません。それでも、この本でひょっとしたらわたし好みの作品やエスペラントの書き手を見つけられるかも知れませんね。先ほど、初心者がエスペラントを独習する場合、エスペラントの図書カタログで本を探すとして、二つの方法があるとおっしゃいました」
「ええ。これまでにお話したアンソロージを読むのが一つ目の方法で、もう一つの方法は、長編小説を読むことです。これで、こんな分厚い本を読み通した、という達成感や満足感も得られます」
「たとえば、どんなものがありますか?」
「わたしのお薦めは、というのは、どれもお話しが素敵で、しかも初学者にも読み易い本ということですが、まず、翻訳物で、ダニエル・モアランドさんが訳した、アレクサンドル・デュマの "La grafo de Monte-Kristo(モンテ・クリスト伯)" と、ノーベル文学賞をとった、セルマ・ラーゲルレーヴの "La mirinda vojagxo de Nils Holgersson(ニルスの不思議な旅)" の二作品です。『ニルス』は、スウェーデンでのエスペラント世界大会に合わせて、ステン・ヨハンソンさんが訳したもの。そして、エスペラント・オリジナルの長編小説では "Kredu min, sinjorino!" は別格として、"La shtona urbo" と、 "Sur sanga tero" の二冊です」
「『モンテ・クリスト伯』は『岩窟王』のことですよね」「そうです。わたしは、小学生の頃だったか、子供向けのダイジェスト版で、船乗りのエドモン・ダンテスが、ファリア司祭に入れ替わって死体袋に潜み脱獄し、リベンジするという話だとは知っていました。でも、嫉妬や欲望にかられる人間の醜さ、弱さがデュマの見事な筆さばきと心理描写の巧みさで生々しく描かれ、ダンテスと一緒に、怒ったり、絶望したり、後悔したり、あるときは、感動したりと、激しく心を揺さぶられました。船主で恩人のモレルさんを自殺寸前で救う場面では、熱い涙があふれました。もうあと残り数頁となったときには、読み終えるのが惜しい気がしました」
「でも、長編って、どれくらいの?」
「(一)、(二)と合わせ、1200頁を越えます。いざ、部厚い、ま新しい二冊の本を目の前に置いて、さあ読むぞ、と取りかかったときは、エヴェレストにでも挑戦するような気持ちだったのですよ。岩波文庫ではそれぞれが400頁以上ある文庫本で、7冊に分かれているのですから。"Murdo en esperantujo" と題するエスペラント・オリジナルの推理小説もあるモアランドさんの訳だから、読み
易さは当然だったのですが、何より、岩波文庫にはない全頁大の、発表当時に付けられた銅版画が一章に一葉ぐらいの割合で入っていますので、それらがさらに臨場感を高めてくれました」
「原本の挿絵があるというのはいいですね」
「そう。2013年に出た "La aventuroj de Sxerloko Holmso(シャーロック・ホームズの冒険)"では、表と裏の表紙に何枚かの初版に使われた挿絵が使われています。このごろ盛んな、文庫本による新訳のコナン・ドイル全集は、どれも初版の挿絵をつけているようです。ところで、『モンテ・クリスト伯』は、それぞれの章が30頁ほどあり、各章ごとに、たとえば、『アレキサンダー大王伝』を読みふける義賊ルイジ・バンパの話などと、挿話がそれぞれまとまっていて、それも読み易さにつながっているのだと思います。わたしは、このときは、辞書を引く手間が惜しくて、藤本達生さんが『エスペラント語の入門書』のあとがきで勧めている、「日本語とエスペラントを並べて読む」を、実践しました」
「翻訳ものはそれができるのですね」
(つづく)