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最終更新日:2008年10月13日

八王子〔はちおうじ〕横山十五宿

【特徴】 大久保長安が建設に尽力した街道中最大の宿である。甲州等で生産された絹の集積地として栄えた。 脇街道の陣馬街道、日光脇往還もここから分岐する。

【構成】 十王堂宿(新町)、横山宿、八日市宿、本宿、八幡宿、八木宿、子安宿、馬乗宿、小門宿、本郷宿、上野(上野原)宿、横町、寺町、久保宿、嶋坊(嶋野坊)宿の15の宿があったため八王子横山十五宿と呼ばれた。 「横山宿」(現=横山町)と「八日市宿」が中心で、両宿には2軒の本陣と4軒の脇本陣が置かれていた。宿内総家数が1548軒であった。

【歴史】 八日市・横山・八幡などの地名は北条氏照の八王子城の城下町、元八王子に由来する。1590年八王子城の落城とともに八王子の町は現在地に移され、横山宿では毎月四の付く日に、八日市宿では毎月八の付く日に市が開かれにぎわった。 八王子千人同心の本拠であった。 空襲(1945年)により歴史的な建築物をほとんど焼失した。

【今】 昔ながらのたたずまいの商店が多く残っているが、旧街道や宿場に関する表示は少ない。

【歩く】 「八王子駅入口東」交差点を右折して国道20号を進む。

横山宿

木戸

八王子宿の江戸側の入口にあたる。

子安〔こやす〕神社

759年、淳仁〔じゅんにん〕天皇の皇后の安産のために創建されたと伝わる。周辺は船森と呼ばれた森と湧水池で有名だった。

市守神社

市神として「倉稲魂命」を祀ったのがはじまりで横山市守稲荷と呼ばれた。

脇本陣(川口)

川口家が務めた。

【今】何の痕跡もない。

本宿

大義寺

江戸時代の女流俳人・松原庵(榎本)星布〔せいふう〕の墓がある。

八幡八雲神社

八幡宮と八雲神社(天王社)を合祀したもの。 八幡宮は924年に石清水八幡宮を勧請したのが起源という。八雲神社は916年に華厳菩薩妙行が深沢山(八王子城山の古称)に牛頭八王子権現を祀ったのが始まりという。八王子城落城の後ご神体はこの地の八幡宮と合祀されることとなり、八幡八雲神社になった。八王子の「東の鎮守」。

妙薬寺

このあたりが本宿であった。

寺町宿

長心寺

このあたりが寺町宿であった。 芭蕉句碑がある。

上野原宿

本立寺

このあたりが上野原宿であった。

八日市宿

禅東院

とうがらし地蔵

1671年に建立された。祈願の際に唐辛子をかけた。

脇本陣(山上)

山上家が務めた。

【今】何の痕跡もない。

本陣(新野)

新野家が務めた。

【今】何の痕跡もない。

大久保長安〔ながやす〕陣屋

八王子城落城後の新八王子宿建設に関わり、関東十八代官の頭として関東の統治を行った大久保長安が陣屋をおいた。

【今】

八王子〜

【歩く】 「追分」交差点ではわずかに左へ折れるようにして国道20号線を西へ進む。 「長房団地入口」交差点を右折し50m先を左折する。350mほど進むと国道20号線に合流する。「多摩御陵入口」交差点から150m先のY字路を右にはいり、700mほど進んで「町田街道入口」交差点で国道20号線に合流する。JR中央本線のガードをくぐり、「西浅川」交差点を右折して東京都道・神奈川県道516号線(浅川相模湖線)を進む。

追分

陣馬山へと通じる脇街道の陣馬街道が分かれる。昔は武州案下〔あんげ〕に通じる道ということで「案下道」と呼ばれ、甲州裏街道とも呼ばれていたという。

【今】「追分町」交差点になっている。 近くに八王子千人同心屋敷の碑がある。

道標

道標

1811年に江戸の足袋屋の職人・清八が高野山に銅製五重塔を奉納した記念にたてた3ヶ所の道標のうちのひとつ。 「左 甲州道中」「右 あんげ道」の文字が刻まれている。

八王子空襲(1945年)で4つに折れ一部は行方不明になり一部は郷土資料館の屋外に展示されていた。 2003年に復元された。2段目と4段目は当時のままのもので、それ以外は新しく石を補充した。
[写真]2008年9月撮影

八王子千人同心屋敷

千人同心屋敷

千人同心とは徳川家康が武田氏の遺臣を召抱えて組織したもので、10名の千人頭の下にそれぞれ100名の平同心を配した。 この町に千人住んでいたのではなく周辺の村々に散らばっており、その範囲は、三鷹市、川崎市登戸、相模原市、津久井郡 飯能市とかなり広域にる。身分は武士ながら村人と同じ百姓生活をしていた。大阪冬の陣、夏の陣と武士集団として 出兵したが、泰平の世になりその公務は「日光火の番」として東照宮の警備を行った。その後は北海道の開拓を行ったり、幕末には横浜を警護したりした。

【今】「八王子千人同心屋敷跡記念碑」と刻まれた碑がある。
[写真]2008年9月撮影

宗格院

庫裏の裏に石見堤〔いわみどて〕の一部が残っている。

真覚寺

蛙の生態および繁殖地として市の天然記念物に指定されている。 万葉歌碑がある。

高尾山道標

「右 高尾山道 麓マデ一里半」「左 真覺寺道 真覺寺マデ八丁」と刻まれている。

散田村新地一里塚

日本橋から12番目の一里塚。  甲州街道の一里塚

【今】痕跡は何もない。

熊野神社

恋が成就する木

熊野神社

大きな樫の木と欅の木が根元で合体した巨木がある。 今から400年前、八王子城主北条氏照の家臣の娘が狭間の郷士の息子がこの木の下で逢瀬を重ねていたという。いつしか「縁結びの木」と呼ばれるようになった。思いを寄せる人の名前を書いた小石を2つ置くと、願いが叶うと言われている。 
[写真]2008年9月撮影