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[台、芝生]
最終更新日:2011年8月8日

神奈川〔かながわ〕宿

【特徴】 神奈川湊と一体であり、相模・多摩方面への海運と陸運の中継地として、また景勝地「袖ケ浦」を臨む行楽地としても栄えた。地名は宿場の中央部を横切って流れていた小川に由来する。

【構成】 長延寺跡から上台町(現=台町)に至る、海に面して旅籠が並ぶ長い宿場であった。 滝の川を挟んだ神奈川町と青木町のそれぞれに1軒の本陣があり、滝の橋のあたりが中心地であった。

【歴史】 湊町をもつ宿場として発展した。横浜開港(1859年)以後は諸外国の領事館が数多く置かれ、劇的に変貌した。  大火(1868年)

鶴見 神奈川あとにして ゆけば横浜ステーション(現=桜木町駅)
港を見れば百舟〔ももふね〕の 煙は空をこがすまで  鉄道唱歌 第1集 5

【今】 近代都市横浜市の一部として発展した。「神奈川」は県名、区名、町名、駅名などに残っている。 街道は「神奈川宿歴史の道」として整備されていて、史跡には説明板が設けられ、要所に案内の地図などがありわかり安い。

【歩く】 しばらく国道15号線(第一京浜)沿いに歩くが、幸ヶ谷小学校の先で分かれて宮前商店街となる。京浜急行神奈川駅のところで線路に遮断されているので青木橋を渡る。

神奈川土居

江戸方の入り口のあたる長延寺前に土居を互い違いに突き出した桝形があった。

長延寺

かつて宿場はこの辺りから始まっていた。横浜開港時にはオランダ領事館が置かれた。 国道拡幅に伴う区画整理のため1965年に緑区に移転した。

【今】神奈川通東公園になっていて、説明板がある。

良泉寺

小机付近の旧街道沿いに草創され、1648年に現在地に移転したと伝えられる。 開港当時、住職が本堂の屋根をはがし、修理中であることを口実に領事館を置くことを断ったという。

笠のぎ稲荷神社

天慶年間(938年〜947年)に稲荷山の中腹に創祀され、1689年に山麓に移った。社前を通行する者の笠が自然に脱げ落ちるということから「笠脱稲荷大明神」と称され、後に笠のぎ稲荷神社と改称された。 1869年に現在地に遷座された。 土団子を供えれば病が治るとの信仰もある。 「のぎ」の漢字はのぎへんに「皇」。

能満寺

本尊は高さ15cmの木造坐像の虚空蔵菩薩で、1299年に漁師が海中よりを拾い上げたものと伝えられる。

東光寺

小田原北条氏の家臣平尾内膳の創立と伝えられている。

金蔵院〔こんぞういん〕

平安末期に創られた古刹。その後、徳川家康から十石の朱印地を許された。

熊野神社

創建は1087年で権現山にあったが、1712年に金蔵院の境内に移され、神仏分離令によって分かれた。

成仏寺〔じょうぶつじ〕

横浜開港(1859年)当時、アメリカ人宣教師の宿舎となり、ヘボン式ローマ字で知られるジェームズ・カーティス・ヘボン(ヘップバーン)が本堂を宿舎にしていた。

慶運寺〔けいうんじ〕

観福寿寺にあった浦島伝説にまつわる観音像などの遺物を多数伝えていて、浦島寺と呼ばれている。

【今】「フランス領事館跡」と刻まれた石碑がたっている。

高札場

高札場

間口約5m、高さ3.5m、奥行き1.5mと大きなものだった。

【今】別の場所で当時の寸法通りに復元され、東海道分間延絵図がある。
[写真]2007年10月撮影

本陣(石井)

神奈川本陣と呼ばれた。

神奈川台場

神奈川台場跡

1859年に海防用の砲台が設置され、礼砲用として使われていたが1899年に廃止された。 海に突き出た台形だったが、1910年頃から埋め立てられた。

【今】石垣の一部が残っていて、碑がある。
[写真]2007年10月撮影

本陣(青木)

青木本陣と呼ばれた。

【今】説明板がある。

浄瀧寺〔じょうりゅうじ〕

横浜開港時に英国領事館となった。

【今】門の前に「史跡 イギリス領事舘跡」と刻まれた石碑がたっている。

神奈川の大井戸

神奈川の大井戸

東海道中でも名水をたたえるので有名で、神奈川御殿に宿泊する将軍のお茶水として利用された。天気によって水量が変わるので「お天気井戸」ともいわれた。

【今】住宅街に現存する。
[写真]2008年10月撮影

宗興寺〔そうこうじ〕

ヘボンが施療所を開いて、貧しい者の治療にあたった。

【今】「ヘボン博士施療所記念碑」がたっている。

洲崎大神〔すさきおおがみ〕(洲崎神社)

1191年に源頼朝が安房〔あわ〕国の一宮である安房神社の霊を分祀したのが始まりといわれる。 境内の大アオキから青木町となった。

若菜屋

1717年に亀の甲煎餅を売り出した。亀の甲羅の形に焼いた甘い小麦粉煎餅で、名物になった。

1989年に閉店した。

権現〔ごんげん〕山

戦国時代に上杉氏と北条氏の合戦になった場所で、山の名はその後熊野権現が建立されたことにちなむ。本覚寺の高台、そして高島台へと尾根が続いていた。 神奈川台場の建設の際に土砂を得るため、かなり掘り崩された。

【今】本覚寺との間は削られ、鉄道と国道1号線(第二京浜)が通っている。

普門寺〔ふもんじ〕

開港時に英国下士官の宿舎となった。

甚行寺〔じんぎょうじ〕

仏公使館があった。