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最終更新日:2013年4月28日

〔みや〕(熱田)宿

【特徴】 熱田神宮の門前町で、熱田宿とも言う。七里の渡し場、佐屋路・美濃路の分岐点、62万石の城下町名古屋の表口として東海道随一を誇った。

【歴史】 1907年に名古屋市と合併した。

伝馬町一里塚

日本橋から89番目の一里塚。  東海道の一里塚

熱田神宮

宮

三種の神器のひとつ、草薙の剣を祀る神社。 織田信長が桶狭間に出陣する前に戦勝祈願したことでも有名である。

【広重「宮 熱田神事」】 鳥居と馬追いの行事を描いた。 馬を競争させる村人は揃いの鳴海絞りの半纏を着ている。 この「馬追いの神事」は実際にはなかったとされる。
切手と美術「東海道五拾三次」

めぐみ熱田の御やしろは
三種の神器の一つなる
その草薙の神つるぎ
あおげや同胞四千万  鉄道唱歌 第1集 33

名古屋城

大永年間(1521〜28年)に今川氏豊がに築城したのが始まりで、那古野城とよばれた。のち織田信秀、信長の居城となったが、一時廃城となった。 その後、徳川家康が息子・義直のために加藤清正らに造らせ、1614年にほぼ完成した。 大天守の屋根の黄金の鯱鉾〔しゃちほこ〕から、金鯱城〔きんこじょう〕ともいう。 江戸時代を通じて尾張徳川家の居城として栄えた。

天守閣や本丸御殿はよく保存されていたが、空襲でほとんど焼失した。  名古屋空襲(1945年)
1959年に天守閣などが再建された。この時、金の鯱も復元された。

【今】西南隅櫓〔すみやぐら〕、東南隅櫓、御深井丸西北隅櫓のほか、門3棟が残っている。