FUKUSHI Plaza街道 Now and Then

東海道

最終更新日:2013年5月23日

宿場、史跡、見所

東京都[武蔵国]

神奈川県[武蔵国、相模国]

静岡県[伊豆国、駿河国、遠江国]

愛知県[三河国、尾張国]

三重県[伊勢国]

滋賀県[近江国]

京都府[山城国]

東海道について

ルート

江戸・日本橋から京・三条大橋までの53次として知られている。 江戸時代末期編纂された「宿村大概帳」によれば、126里6町1間で、これは約496kmに相当する。 幕府の『道中方留帖〔とどめちょう〕』によれば終点は大坂で、この場合、京都に伏見・淀・枚方〔ひらかた〕・守口の4駅を加え58次になる。 現在でも関東と関西を結ぶ交通の大動脈である。

江戸時代、成人男子なら1日で11里半(46km)は楽に歩き通せたという。 1日目の早朝に日本橋を発って戸塚で泊り、その後、2日目小田原、3日目沼津、4日目江尻、5日目金谷、6日目浜松、7日目赤坂、8日目宮、9日目石薬師、10日目関、11日目草津でそれぞれ宿をとり、12日目に京にはいるというのが代表的な行程であった。

道路

ほぼ並行して国道1号が通っていて、少し離れて東名高速道路と名神高速道路が走っている。

鉄道

主体はJR東海道本線だが、品川から神奈川(横浜)までは京急線の方が近い。小田原から箱根の途中までは箱根登山電車があるが、その先の三島までは鉄路はない。また、宮(名古屋)から関まではJR関西本線となり、鈴鹿峠越えの鉄路はないが石部からは草津線で草津で東海道本線と合流し京都に至る。

歴史

律令制下の七道の一つであった。 鎌倉時代になって、京都・鎌倉を結ぶ幹線街道として重要性を増した。

全国支配の基礎を固めた徳川家康は、1601年に伝馬制を敷き、江戸−京都間に宿駅を定めた。川崎・戸塚・箱根・岡部・袋井・石薬師・庄野などは後年に設けられた。 1604年には、日本橋を起点とした一里塚が設けられた。 参勤交代では146家の大名が使用した。 行商、職人から流浪人まで多様な人でにぎわっていた。