群馬県三名湯にあげられている。「婦人の湯」「子宝の湯」としても知られる。
群馬県のほぼ中央、榛名山北東の麓、赤城山や三国連山を望む標高600m〜800mの斜面開けた温泉。
温泉の発見は今から1300年ほど前である。伊香保の名前は『万葉集』や『古今和歌集』にも多く詠まれ、付近には万葉の時代に開かれたという寺も散在している。 はじめはわずかな村民が湯元に住んでいただけだったが、1502年に連歌師宗祇が来湯したころには、中風の名湯として知られるようになっていた。戦国時代には温泉街らしいものができていたようだ。石段温泉街は1576年に形成されたとされている。江戸時代には、俳人、文人の来湯が多かった。
ベルツ博士の温泉研究により一躍脚光を浴びるようになった。 かつて、箱根や日光と並んで政府指定の外国人旅行コースとなっていたため、多くの外国人が訪れた。やがて天皇家の御用邸もつくられるようになった。 ベルツ来日(1876年)
徳富盧花の『不如帰』の舞台にもなった。夏目漱石、田山花袋、萩原朔太郎、土屋文明、野口雨情、竹久夢二らも訪れている。 漱石ゆかりの地「伊香保温泉」
2004年、水道水などを沸かした湯を「温泉」と表示している温泉施設があることを 『週刊ポスト』(2004年8月20・27日号)が報じた。
8月9日、伊香保町の関口俊二町長らが記者会見で認めて謝罪した。 町内のホテルや旅館計7軒が水道水や井戸水を沸かしているにもかかわらず、「温泉」と表示していた可能性がある。うち2軒では、自らのホームページ上で「天然温泉」などと表示していたという。 また町長が社長を務めていた旅館では入浴剤を使用していた。
なお、水増し加熱の風呂があること自体は以前から明らかなことだった。
温泉データ
また、水道水などを沸かした湯に少しでも源泉を混ぜれば温泉法上は「温泉」と表示できる。しかし利用客に誤解をあたえ、あざむく行為は問題である。
本物の温泉
Webmaster の体験 (2003年9月)
宿泊したホテルの複数ある風呂の一つには源泉が使われているとされていたが、色、匂い、味が感じられず、同じ源泉を使った源泉かけ流しの共同湯とは全く異なるものであった。たとえ源泉が含まれていたとしても大量に水増しして加熱した循環風呂であることは明らかであった。しかし浴室の前には、堂々と日本温泉協会の「天然温泉」のプレートと分析表が掲載されていた。
もともとは共同湯にはいることと温泉街散策が目的の旅行で、このホテルの風呂には全く期待していなかったのだが、偽るような表示にはがっかりした。
温泉街は山間の急な斜面に開けているため、階段や坂が多く入り組んでいる。 伊香保のシンボルでもあるの石段街は階段数が360段で、両側には宿、みやげ店、飲食店、射的場などが並び、温泉街の情緒が漂う。 中腹には「ポケットパーク」「いっぷく館」など休憩できる場所が設けられている。 [写真]2003年9月撮影
湯元通りは近くに源泉があり、いわば伊香保温泉の原点でもあるのだが、現在は旅館は少ない。老舗のみやげ店が残っている。
伊香保榛名道路周辺には、高層の旅館・ホテルも進出してきている。旅館・ホテル約70軒。
老舗旅館で、徳富盧花が常宿にしていた。
詩人の野口雨情がたびたび訪れている。館内の一角に直筆の詩や資料が展示されている。
観光協会が運営している共同浴場。
【所在地】伊香保神社からさらに上ったところ、源泉地にある
源泉かけ流し。岩を配したコンクリートの湯船は、お湯が注ぐ「あつめの湯」と「ぬるめの湯」に区切られている。秋には紅葉を眺めながら入浴できる。男女別。
町営の共同浴場。外観は和風だが内部は近代的、1階の玄関脇にはロビーが、2階には休憩室がある。
【所在地】石段街のふもと
御影石の浴槽にライオンの口からお湯が注ぐ。浴室は洋風の石造りでシャワーなどの設備が整ってし。外には木の塀で囲まれたベランダ状のスペースがあり、涼める。男女別。
入浴した時、デジタル温度計の表示は41.5℃だったが気のせいかそれほど熱く感じなかった。
ベルツ博士にちなんだドイツ風建築のバーデンハウス。サウナ、鯨噴浴(ベルツ浴)、圧注浴、打たせ湯などの温泉設備が整っている。併設されている日本温泉資料館では温泉に関するさまざまな資料と公開展示している。
【交通】JR上越線「渋川」駅から東武鉄道バス「伊香保温泉」行きで28分、「見晴下」下車、徒歩3分。

東屋になっていて、温泉のお湯と水が注がれている。温泉は鉄分の味がする。 [写真:(2003年9月撮影)]
【所在地】伊香保露天風呂の手前
かつては湯元の温泉宿は12軒だけで自然湧出の源泉を分けていて、それ以外の宿の客は共同湯に出向いていた。しかし1960年代に源泉を分けることにしたが、これをきっかけにして、水増し温泉や加熱した循環式の風呂が増えた。温泉の適応人数を越えた旅館数がそもそもの問題である。気になるようであれば旅館に確認してみた方が良い。
400年の昔からの源泉は「黄金〔こがね〕の湯」と呼ばれていて、湧出量が毎分約4000リットル(伊香保温泉観光協会調べ)で、「小間口権者組合」が権利を持ち、約30施設が引いている。
町はさらに別の源泉「白銀〔しろがね〕の湯」を発掘し、1997年から販売を開始した。こちらは湧出量が毎分約290リットルしかなく、これを31の施設が利用しているので、相当量加水しないと難しい。また、源泉温度から考えて遠く離れた風呂は加熱せざるを得ないだろう。
源泉は石段通りの樋で各温泉に分配される。したがって、複数の風呂で同じ源泉名の分析表が掲示されているのが見られる。