FUKUSHI Plaza20世紀の切手と美術奈良県

興福寺〔こうふくじ〕

最終更新日:2011年2月10日

五重塔

五重塔

光明皇后の発願により730年に建立された。当時は総高45mで日本でもっとも高い塔であった。その後5回の焼失・再建を経て、1426年に建てられたものが現存している。京都・東寺の五重塔についで日本で2番目の高さである。 東金堂の南隣に建ち、興福寺のシンボルになっている。

北円堂〔ほくえんどう〕

北円堂

藤原不比等の一周忌にあたり慰霊のために建てられた。北西隅に建ち、平城京を一望に見渡すことができる。仏堂としては珍しい八角円堂で、かつては回廊に囲まれ、「西院円堂」などの名で呼ばれていた。 1180年の兵火で焼失した後、1210年頃に再建されたものが現存している。

国宝の弥勒仏坐像無着〔むちゃく〕・世親〔せしん〕菩薩像四天王像を安置していて、春と秋に特別開扉される。

国宝館

1959年に旧食堂・細殿跡に興福寺宝物収蔵庫を建築した。 国宝の、板彫十二神将像法相六祖坐像金剛力士像千手観音像梵鐘華原磬〔かげんけい〕、中金堂鎮壇具南円堂灯篭があり、収蔵展示されている寺宝のほとんどが国宝や重要文化財である。年4回の展示替えをしながら公開されている。

八部衆立像

阿修羅 阿修羅

本来は十大弟子像とともに興福寺西金堂〔さいこんどう〕の本尊釈迦三尊像を取り囲む。

阿修羅像〔あしゅらぞう〕は三面絽六臂〔さんめんろっぴ〕(3つの顔と6本の腕)を持つ異形で、憂いを含む少年の姿をしている。

仏頭

仏頭 仏頭

678年に鋳造を開始し、685年に完成供養されたという記録が残っている。飛鳥の山田寺講堂の本尊だったが、1187年に興福寺の僧兵らによって強奪され東金堂の本尊になった。1411年の東金堂火災の際に焼失したとされていたが、頭部だけが奇跡的に生き延びていて約500年ぶりに発見された。白鳳期の傑作といわれる。  仏頭発見(1937年)

後頭部にひどい損傷があるが、顔の右半分はほぼ原容を保っている。 

天燈鬼〔てんとうき〕・竜燈鬼〔りゅうとうき〕立像

天燈鬼 天燈鬼 竜燈鬼

西金堂の須弥壇前で、灯籠を掲げる一対の像として造られた。普通は四天王に踏みつけられている邪鬼を独立して、仏前を照らす役割を与えた作品は他に例がない。

天燈鬼は口を大きく開きながら灯籠を高く持ち上げ、竜燈鬼は口を固く結び頭上に灯籠をのせている。 阿形と吽形で現され、朱色の動的な天燈鬼、緑青〔ろくしょう〕の静的な竜燈鬼と対照的である。

鑑賞メモ

山階寺が前身で、710年に現在地に移され興福寺と改名された。幾度か火災にあい、1717年の大火で中心伽藍のほとんどが焼失した。  山階寺建立(669年)  興福寺建立(710年)

国宝26件、重要文化財17件の指定を受けている。 国宝の東金堂〔とうこんどう〕には国宝の文殊菩薩坐像維摩居士〔ゆいまこじ〕坐像十二神将立像四天王像などが安置されている。 南円堂には国宝の不空羂索観音坐像を安置しているが、堂内を拝観できるのは春と秋の特別開扉日のみである。 国宝の三重塔は興福寺で最古の建造物のひとつである。

1998年12月に世界遺産に登録された。中金堂の復興計画が進められている。