FUKUSHI Plaza20世紀の切手と美術

長野県

最終更新日:2011年12月4日

長野市

善光寺

本堂

善光寺

現本堂は1705年に再建に着手し、1707年に落成した。 入母屋造りで、屋根の稜線がT字形になる鐘木造〔しゅもくづくり〕と呼ばれる独特の形式で、江戸時代中期を代表する建築物。奥行きが深いのが特徴。 内部は、土足であがれる板張りの下陣〔げじん〕とそれに続く畳敷きの内陣がある、最奥には内々陣がひかえ、その下につくられた地下室では「戒壇めぐり」ができる。

鑑賞メモ

642年の創建と伝わる。宗派の区別なく参詣でき、極楽往生の願いをかなえてくれるとされ、「牛にひかれて善光寺参り」とうたわれ古くから庶民の信仰を集めてきた。 1179年の炎上をはじめ十数回の火災にあっている。

上田市

安楽寺

八角三重塔

八角三重塔 八角三重塔

本堂から離れた後方の高台に建っている。 日本に現存する唯一の八角形の三重塔。 8つの側面には連子窓〔れんじまど〕を配している。各層の軒は垂木が2段になった二軒〔ふたのき〕で、初層は庇のような裳階をもち四重塔に見える。 初層の内側中央には須弥壇があり大日如来が安置されている。 1924年に解体修理された。
[写真](2010年11月撮影)

鑑賞メモ

平安時代には開かれていたと伝えられる。鎌倉時代に宋から戻った権仙和尚が再興し、鎌倉の建長寺と深い関係をもつ信州最古の禅宗寺院として栄えた。室町時代末から一時衰退したが、1580年頃、曹洞宗の寺院として再建された。 伝芳堂に安置された権仙と恵仁の像は重要文化財。  秘湯・名湯「別所温泉」

松本市

松本城

大天守〔だいてんしゅ〕

天守の壁を黒塗りの板張りで覆うことから別名「烏城〔うじょう〕」ともいう。 外観5重、内部6階で、2階と3階の間を複階の構造は敵に対する防御を強化するため。 1955年に解体修理された。
[写真]2008年11月撮影

松本城天守閣 松本城天守閣 松本城太鼓門 松本城天守閣

鑑賞メモ

もともとは、信濃守護職小笠原長友の居城で、深志城と称していた。 その後、武田信玄がこの地を支配し、1582年に小笠原貞慶が深志城を回復して松本城と改めた。1590年に石川数正が入城して城の改築に着手し、1597年に完成した。松本盆地のほぼ中央に位置し平城の立地形式をとる。

旧開智学校校舎

開智学校 旧開智学校校舎

横浜の居留地などに西洋館を見学に行った地元の大工棟梁・立石清重の手による傑作擬洋風建築。 正面車寄せに唐破風がのり、その軒には天使が舞って「開智学校」の額をささえている。さらに瑞雲がたなびき、竜がいる。正面上には西洋建築のシンボルの塔屋がそびえる。
[写真]中央部分(2008年11月撮影)

鑑賞メモ

旧開智学校は1873年に開港された日本で最も古い小学校のひとつ。校舎は1963年まで使われていた。 女鳥羽川のほとり(現=中央2丁目)から1964年に現在地に移転し、保存修理された。 1965年に教育博物館として公開された。

日本浮世絵博物館

東海道五十三次(歌川廣重)

日本橋 庄野

作品データ

冨嶽三十六景(葛飾北斎)

神奈川沖浪裏 赤富士

作品データ

兵庫屋内花妻(喜多川歌磨)

兵庫屋内花妻

作品データ

大谷鬼次の江戸兵衛(東洲斎写楽)

大谷鬼次の江戸兵衛

作品データ

鑑賞メモ

松本の紙の諸式問屋・酒井家の代々の当主が200年間にわたった収集してきた10万点の浮世絵コレクションを母体に1982年に設立された。 テーマを決めて展示しているが、その数は多くなく、切手になった作品をいつも見られるわけではない。 浮世絵の複製を多数展示し、販売もしている。

茅野市

尖石〔とがりいし〕縄文考古館

土偶(縄文のビーナス)

縄文のビーナス

1986年に茅野市米沢の棚畑遺跡で発見された。腕は左右に広げられて手などは省略されている。胸は小さいが、腹と尻は大きく張り出していて妊娠した女性の様子を表している。祭祀に使われたとされる。

鑑賞メモ

国特別史跡「尖石遺跡」を中心とする史跡公園のセンターとして建設され2000年に開館した。館内には土器や黒曜石で作られた石器など2000点余りの縄文時代の遺物を展示している。

穂高町

碌山美術館

女

作品データ

鑑賞メモ

碌山は萩原守衛の号。彼の彫刻は1971年に公開され、1958年に美術館が建てられた。本館は教会風。