FUKUSHI Plaza20世紀の切手と美術栃木県

日光山内

街道 Now and Then「日光山内」
最終更新日:2011年11月10日

日光東照宮

日光東照宮五重塔

五重塔

1650年、小浜藩主・酒井忠勝の寄進によって建てられたが、1815年に焼失。 1818年に、子孫の酒井忠近の寄進によって再建された。内部は吹き抜けで総極彩色に塗られていて、大黒天・弁財天・毘沙門天を祀っている。 高さは34.3m。重要文化財。
[写真]2008年7月撮影

神厩舎〔しんきゅうしゃ〕

神厩舎 三猿
[写真]2008年7月撮影

1615年築で境内唯一の素木〔しらき〕造で、室町時代前期の武家屋敷の厩舎形式。長押欄干の彫刻の中に「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿がある。重要文化財。

陽明門

日光東照宮陽明門 日光東照宮陽明門
日光東照宮陽明門 日光東照宮陽明門 日光東照宮陽明門
日光東照宮陽明門

四方の屋根の軒に唐破風をつけた入母屋造の楼門で、正面3間の中央1間を通路とし、12本の柱で支えている。組物や彫物が構造物を隠すほどにぎにぎしく施されている。 彫刻は動物、植物、人物、鳥などさまざまで全部で508体もある。 日が暮れるまで見ていても飽きないことから「日暮門〔ひぐらしもん〕」の別名がつけられた。

正面及び背面唐門

東照宮:正面唐門

2棟の唐門は本殿の正面と背面中央にそれぞれ華麗な姿をみせる。 正面唐門は唐破風〔からはふ〕を四方につけた屋根をもち、柱には寄木細工の昇り龍と降り龍、正面上部には「舜帝朝見の儀」が刻まれている。 江戸時代には将軍に拝謁できる身分の幕臣・大名だけが唐門をくぐることを許された。

東西回廊

東照宮:東廻廊外壁「孔雀」 東照宮:東廻廊「眠り猫」

陽明門から続く唐門、本殿、神社務所、神楽殿、神輿舎を囲むのが東西の回廊である。 回廊の外側は連子窓〔れんじまど〕が続き、南正面の柱と柱の間には、牡丹や松竹梅に孔雀や鷲などを配した彫り物が浮き上がる。 本殿から奥社へと導く坂下門の入口の東回廊潜門〔くぐりもん〕の蟇股〔かえるまた〕に有名な眠猫〔ねむりねこ〕の彫刻がある。

本殿、石の間及び拝殿

東照宮:拝殿杉戸絵「麒麟」

本殿と拝殿は石の間によってエの字形につながった当時の典型的な神社建築様式で、この社殿以後、権現造と呼ばれるようになった。 本殿と拝殿には平和な世にしか出現しないという獏の彫物が56頭刻まれている。 拝殿の壁面の唐木象嵌〔ぞうがん〕の彫物は下絵が狩野探幽作で、天井には花鳥の地紋や彫刻が彩る。

奥社

拝殿は1636年築。奥舎(本舎)へ参拝するための社殿。将軍でないと昇殿できなかった。国宝

奥社拝殿の裏手の石柵に囲まれて立つ宝塔は家康の墓所。高さ5mで銅製。重要文化財。

本地堂(薬師堂)

陽明門の手前左奥にある。徳川家康が薬師如来の生まれ変わりとされたことから、家康の本地仏を祀るためにある。鳴竜の天井画で知られる。1635年築。重要文化財。

鑑賞メモ

徳川家康を神として祀った建物。小高い山の山腹に立地し、うっそうとした森の中にある。現在の建築物は、家光が1636年に建立したもの。 芭蕉が「おくのほそ道」の旅(1689年)で5月19日(旧4月1日)に訪れ参拝した。  家康改葬(1617年)  東照宮建立(1636年)  街道 Now and Then「日光」

東西透塀〔すきべい〕も国宝。

二荒山〔ふたらさん〕神社

神橋〔しんきょう〕

二荒山神社:神橋 神橋

日光山入口の大谷川〔だいやがわ〕に架かる朱塗りの木橋。 橋脚のない「はね橋」形式では国内唯一の古橋で、日本三大奇橋のひとつ。 1997年から8年をかけて修復が行われた。
[写真]2008年7月撮影

本殿

二荒山神社:本殿

現存する日光山内の社殿のなかでは最も古く、1619年に2代将軍秀忠により造営寄進されたもの。

神輿舎〔しんよしゃ〕

1617年に東照宮を造営するとき、仮殿の拝殿として建てられたもので、山内で現存する最古の建物。神輿3基が納められている。

鑑賞メモ

日光を開山した勝道上人が790年に創建した。男体山を御神体とした山岳信仰の聖地。

輪王寺大猷院〔りんのうじたいゆういん〕

霊廟本殿、相の間、拝殿

輪王寺:大猷院霊廟 拝殿・本殿

3代将軍徳川家光の廟所。東照宮と同じ権現造だが、仏堂建築で、徳川家の私的法会の場である。「御堂〔みどう〕」と呼ばれた本殿は、軒下に裳階〔もこし〕をめぐらせる禅宗様式。  大猷院霊廟建立(1653年)

霊廟二天門〔にてんもん〕

輪王寺:大猷院霊廟 二天門「風神・雷神」 二天門

石段の上に立つ楼門で、日光山内最大とされる。門の上部には「大猷院」の額が掲げられ、軒下には彩色豊かな装飾が施されている。名前は表にまつってある持国天と広目天の二天が正面を守っていることに由来する。裏側には風神と雷神が安置されている。
[写真]2008年7月撮影

鑑賞メモ

大猷院というのは家光の法号で、家光の墓所である。  街道 Now and Then「日光山輪王寺」