FUKUSHI Plaza漱石 Now and Thenゆかりの食べ物

菓子

最終更新日:2010年11月15日

漱石は甘いものに目がなかった。持病がある胃に負担がかかるのを恐れて、妻の鏡子がどこかに隠しても、幼い娘から目指す菓子のありかを聞き出した。

金鍔焼、紅梅焼

『坊ちゃん』で主人公が清から買ってもらう。

折々は自分の小遣(こづか)いで金鍔(きんつば)や紅梅焼(こうばいやき)をってくれる。
『坊ちゃん』四

メモ

「金鍔焼」は、水でこねたうどん粉を平らに薄く延ばした皮で飴を包み、刀の鍔の形に焼いた菓子。 「紅梅焼」は、梅の花の形に押し抜いて焼いた煎餅。

長生殿〔ちょうせいでん〕

熊本の第五高等学校で英語教師を務めていたころ、金沢出身の同僚が故郷から取り寄せていたのをしばしば馳走になった。

金沢の第四高等学校で教壇に立つ英文学者の大谷正信から小包で送られた「長生殿」が1915年7月14日に届き、礼状を書いている。

拝啓其後は御無音いつも御健勝にて結構で御座います今日は又金沢名産の長生殿一折御恵贈にあづかりましてありがたう存じますあれは頗る上品な菓子で東京には御座いません、家族のものと風味致します 
書簡

メモ

1625年創業の和菓子の老舗「森八」の和三盆を使った落雁。唐墨を思わせる独特な形は3代藩主前田利常の創意で、小堀遠州が名付けたと伝わっている。日本三名菓のひとつとされる。

羊羹

『吾輩は猫である』に藤村の羊羹が出てくる。

メモ

漱石ゆかりの地「藤村」

笹飴

『坊ちゃん』に清の好物として出てくる。

「何をみやげに買って来てやろう、何がほしい」と聞いてみたら「越後の笹飴が食べたい」と言った。越後の笹飴なんて聞いたこともない。第一方角が違う。「おれの行く田舎には笹飴はなさそうだ」と言って聞かしたら「そんなら、どっちの見当です」と聞き返した。
うとうとしたら清の夢を見た。清が越後の笹飴を笹ぐるみ、むしゃむしゃ食っている。笹は毒だから、よしたらよかろうと言うと、いえこの笹がお薬でございますと言ってうまそうに食っている。おれがあきれ返って大きな口を開いてハハハハと笑ったら目が覚めた。
それを思うと清なんてのは見上げたものだ。教育もない身分もない婆さんだが、人間としてはすこぶる尊い。今まではあんなに世話になってべつだんありがたいとも思わなかったが、こうして、一人で遠国へ来てみると、はじめてあの親切がわかる。越後の笹飴が食いたければ、わざわざ越後まで買いに行って食わしてやっても、食わせるだけの価値はじゅうぶんある。清はおれのことを欲がなくて、まっすぐな気性だと言って、ほめるが、ほめられるおれよりもほめる本人のほうが立派な人間だ。なんだか清にあいたくなった。
『坊ちゃん』四

漱石は胃潰瘍になり、東京の病院に入院することになった。このとき漱石は、上越市出身の森成医師と出会う。後に上越市に戻って開業した森成医師から、漱石は毎年1回笹飴を送ってもらうようになった。

メモ

米飴を白く練り、熊笹にはさんだもの。

空也餅

『吾輩は猫である』に空也餅出てくる。  漱石ゆかりの地「空也」

団子

『吾輩は猫である』に芋坂の団子が出てくる。  漱石ゆかりの地「芋坂」

『坊ちゃん』には温泉街の団子が登場する。  漱石ゆかりの地「つぼや菓子舗」

汁粉

漱石は大好きだった。1884年に盲腸炎にかかったとき、汁粉のせいにしている。

これは毎晩寺の門前へ売りに来る汁粉(しるこ)を、規則のごとく毎晩食ったからである。汁粉屋は門前まで来た合図に、きっと団扇(うちわ)をばたばたと鳴らした。そのばたばた云う音を聞くと、どうしても汁粉を食わずにはいられなかった。したがって、余はこの汁粉屋の爺(おやじ)のために盲腸炎にされたと同然である。
『満韓ところどころ』十三