FUKUSHI's Web Page ザ・20世紀Tokyo Now and Then事件現場

港区

最終更新日: 2005年 9月 11日

高橋是清蔵相私邸

1899年、高橋是清は丹波篠山藩青山家の中屋敷跡を購入し転居した。 1902年1月から新築した屋敷に住んでいた。当時は、母屋のほか、離れ、三階建ての蔵などの屋敷が続き、庭園の芝生や池の景観を楽しむことができた。 1936年に2・26事件で高橋是清大蔵大臣が殺害された。  2・26事件(1936年)

現在は、敷地の一部が「高橋是清翁記念公園」になっている。第2次世界大戦の空襲で、ゆかりのある建物は焼失したが、戦時中撤去されていた是清の銅像は1955年に再建された。 園内は池泉を中心とした和風庭園でほぼ当時のまま残されている。

高橋是清邸の一部の建物は「江戸東京たてもの博物館」に移設されていて、殺害現場の寝室も見学することができる。  江戸東京たてもの博物館

旧乃木邸

1912年に明治天皇が死去した際に、乃木希典が夫人と共に後追い自殺した。  明治天皇死去(1912年)

2人を神として祀ったのが隣接する乃木神社である。神社前の乃木板は乃木の葬儀と同時に幽霊坂から改称されたもの。

自殺した部屋が当時のままに保存され一般公開されている。 命日の9月13日と前日の12日に邸宅内部が公開されるが、それ以外の日でも邸宅を囲むバルコニーから内部をのぞくことはできる。