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1902年

明治35年 壬寅〔とら〕
日英同盟
八甲田山雪中行軍
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最終更新日:2010年12月22日

重大ニュース

日英同盟が成立
1月30日、ロンドンで日本の註英公使とイギリスの外相の間で日英同盟の協約が調印され、外交上の連合関係が成立した。その内容は、イギリスの清での利益、日本の清及び韓国での利益が他国から侵略された場合、両国がその利益を守るための適当な処置をとることをはじめとする完全な軍事同盟で、日本が結んだ初の列強との同盟であることから国際的な地位を確保し、日本に大きな自信と安心を与えた。
八甲田山雪中行軍
青森市内にあった第8師団の歩兵第5連隊の210名は、日露戦争の勃発を想定し、神成大尉の指揮の下、1月23日午前7時に青森市の屯営を出発し雪の八甲田を踏破する訓練に出かけた。前夜からの雪が降り続き、気温は零下7度だったが、冬の青森としては平穏な天気と言えた。午後に天候が急変し気温は零下17度に達し、猛吹雪に襲われて、日暮れ頃にはついに方向も現在位置も分からなくなり露営した。翌24日になっても吹雪きは止む気配を見せず、気温も零下20度まで下がった。210人いた兵士も、24日夜には170人、25日夜には40人と減少していき、26日になると本隊にのこっていたのはわずか10数人にすぎなかった。、予定の24日になっても下山せず、25日に遭難が確認された。遭難者が発見されたのは27日になってからだった。散りぢりに雪中に倒れた隊員たちは疲労の極に達しながらも、重い銃剣、装備を手放してしまったものはいなかったという。中でも後藤伍長は、銃を地に突き、弁慶の立ち往生そのままの姿で、仮死状態になっているのが見い出された。5月までに199遺体が収容された。
日本国内にはロシアとの戦争は避けられないという気分がみなぎっていたなかで、陸軍は対ロシア戦を想定した訓練を行っていたものの、寒冷地における装備と寒冷地作戦の準備教育が不足していた。防寒・防雪の装備が不完全だったほか、進退の判断に関して指揮が混乱したことも原因の一つと指摘された。
教科書疑獄
府県の委員と出版社の間で収賄問題が発覚し、知事、代議士、県会議員、文部官僚にいたるまで200人以上が検挙された。現金100万円が動いたといわれる。この事件をきっかけとして、1904年から国定教科書を使用するようになった。

政治[ページの先頭へ]

国会

第7回衆議院議員選挙(8月10日)
国会開設以来最初の任期満了による総選挙。政友会が過半数を獲得。
[政友会]190

立法

行政

国際[ページの先頭へ]

経済[ページの先頭へ]

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日用品

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暮らし・流行・話題

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ことば(流行語・話題の発言)[ページの先頭へ]

「インバネス」
 (スコットランドの地名から) 男子用ケープ付の袖無し外套。和装用コートとして流行した。その形や色が鳶の羽を思わせることから「とんび」ともいう。  英国案内「Inverness」
「提供」
 大英百科全書の宣伝で「offer」の訳として使ったことから頻繁に使われるようになった。
「ひさし髪」
束髪の一種。前髪と鬢〔びん〕とを特に前方に突き出して結うもの。女優川上貞奴西洋風を模して始めた。女学生間に流行し、後に女学生の異名にもなった。
「ミカド」
日英同盟をきっかけに国威発揚の意識からミカド論が盛んになり「ミカド」ということばがはやった。

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誕生

リンドバーグ[米、飛行家](2.4〜1974)、 ジョン・スタインベック[米、作家](2.27〜1968)、 月形龍之介[俳優](3.18〜1970)、 岡田嘉子[女優](4.21〜1992)、 横溝正史[作家](5.24〜1981)、 浦辺粂子[女優](10.5)

物故

正岡子規[俳人](34歳、9.19) 切手に描かれた人物高山樗牛[評論家](31歳、12.24)

出版[ページの先頭へ]

話題の本

作品発表

映画[ページの先頭へ]

外国

文化・芸能[ページの先頭へ]

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災害