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1905年

明治38年
乙巳〔み〕
ポーツマス条約
【世相】元禄模様
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最終更新日:2010年12月22日

重大ニュース

日露戦争が終わりポーツマス条約を締結
ロシアはバルチック艦隊の投入で戦局の逆転をはかろうとしたが、5月の日本海海戦で全滅、さらに国内では革命機運が高揚し、戦争を続けられる状況ではなかった。 日本の戦力も限界に達していて、戦死者約8万4000人で戦傷者も14万人以上という犠牲をだしたほか、軍事費は国家予算の7年分にあたる20億円にのぼり、国民生活は苦しくなっていた。
6月9日、セオドア・ルーズヴェルト米大統領が日露に講和を勧告。日本政府は、米大統領に講和の斡旋を要望して8月10日にアメリカのポーツマスで交渉が開始され、9月5日講和条約(ポーツマス条約)が締結された。この条約で日本の朝鮮支配の条件は整えられ、満州進出の地歩を固めた。ロシアから樺太の南半分を譲り受けた。
日本海大海戦、ロシアのバルチック艦隊を撃滅
ロシアはバルチック艦隊を大西洋、インド洋経由で日本海に送り込んできたが、東郷平八郎を司令長官とする連合艦隊はこれを対馬沖で発見。東郷司令官は「興国の興廃この一戦にあり、各員奮励努力せよ」とのZ旗をかかげて商下。5月27一28日にかけての日本海大海戦で圧倒的な勝利を収めた。以降5月27日は海軍記念日になった。
日比谷焼打ち事件
ポーツマス条約調印が行われた9月5日、東京では講和反対の全国大会が日比谷公園で開かれた。この戦争に「勝った」と思い込まされていた国民は、日本側の譲歩に納得できなかった。閉会後、憤懣やる方ない群集は新聞社、官邸、警察署、交番、電車、キリスト教会などを焼打ちし、政府は6日東京市および府下に戒厳令をしいた。焼かれた交番は市内にあったものの7割におよび、死者17人、負傷者2000人、検束者2000人を出すことになった。

国際

血の日曜日事件
1月22日、ロシアのペテルブルクで労働者が政治犯の釈放や日露戦争の中止を請願しようとして冬宮宮殿に向かってデモをした。、これに対して軍隊が一斉射撃を開始した。このことで農民の皇帝への信頼が一気に失われ、各地で反専制の暴動やストライキが続発し、ロシア第1次革命が開始された。
アインシュタインが相対性理論
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「英霊」
戦死者の霊魂を意味する。日露戦争没者3万余名の招魂式を挙行し、祭神を「英霊」と呼んだののが最初。
「キネオラマ」
パノラマに色光線で景色を変化させて見せるもの。キネマとパノラマの合成語。
「本日天気晴朗なれとも波高し」「皇国の興廃この一戦にあり」(東郷平八郎連合艦隊指令長官)
大本営あての報告。
「吾輩は○○である」
夏目漱石の小説「吾輩は猫である」から。

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受賞

誕生

福田赳夫[首相](1.14〜1995)、 伊藤整[作家](1.16〜1969)、 クリスチャン・ディオール[仏、デザイナー](1.21〜1957)、 木村義雄[将棋棋士](2.21)、 志村喬[俳優](3.12〜1982)、 ヘンリー・フォンダ[米、俳優](5.16〜1982)、 ジャン・ポール・サルトル[仏、哲学者](6.21〜1980)、 石川達三[作家](7.2〜1985)、 水谷八重子[女優](8.1〜1979)、 グレタ・ガルボ[米、女優](9.18〜1990)、 円地文子[作家](10.2〜1986)、 平林たい子(10.3)

物故

ジュール・ヴェルヌ[仏、作家](3.24)

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話題の本

吾輩は猫である

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