FUKUSHI Plaza ザ・20世紀1945年

原子爆弾

最終更新日:2007年7月10日

原子爆弾(原爆)とは

ウランやプルトニウムなどの原子核が起こす核分裂反応を超臨界状態にすることで爆発させる核兵器。大量の放射線(ガンマ線と中性子)と放射能を有する塵などを排出するため、被害は爆発の熱や爆風だけに留まらず、原爆症と呼ばれる放射線障害や白血病や癌などの重大な病気を被爆者に引き起こす。無差別かつ大量に殺戮する大量破壊兵器。 広島などでは「ピカドン」とも呼ばれた。大本営は新型爆弾といった。

開発・準備

投下

広島市

1945年8月6日午前8時15分、大統領命令を受けた米軍の原爆投下機B-29「エノラ・ゲイ」がウラン型原子爆弾「リトルボーイ」を投下した。 投下された原爆は投下目標の相生橋よりやや東南の島病院上空約600mで核分裂爆発を起こした。軍事施設への爆撃ではなく国際法が明確に禁じている市民への無差別大量殺戮行為であった。

爆心地付近は鉄やガラスも熔けるほどの高熱に晒され、3.5km離れた場所でも素肌に直接熱線を浴びた人は火傷を負った。 爆風と衝撃波による被害も甚大で、爆心地から2kmの範囲で建物のほとんど全てが倒壊した。 広島市の北西部に大量の放射性降下物を含む「黒い雨」が降った。 1945年12月末までに14万人以上の人たちが死亡し、原爆のために死亡した人の総計は20万人以上と推定されている。

長崎市

投下の第1目標が八幡製鉄所に近い小倉市、第2目標が長崎市、福岡市、佐世保市であった。九州北部に濃い雲が広がり、目視で投下できる長崎に変更された。

8月9日、米軍は長崎市の上空高度9000mでプルトニウム型原子爆弾「ファットマン」を投下し、11時2分に市街中心部から約3kmそれた浦上地区の中央で別荘のテニスコート上空約500mで爆発した。

長崎市の約1/3は破壊され、7万人以上が死亡した。放射線の影響からその後も犠牲者は増え、14万人が死亡したと推定されている。

投下後

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