FUKUSHI Plaza ザ・20世紀

日本が関わった20世紀の戦争

戦争をくり返した過去から学ぶことにより平和を維持したいものだが、そうではない方向に向かっていることが懸念される。
「良い戦争、悪い平和などあったためしがない」(フランクリン)

最終更新日:2007年1月7日

大日本帝国の時代

大日本帝国憲法が公布され日本の国号が大日本帝国となり、第2次世界大戦の敗戦まで経済・社会が急速に資本主義化して近代化が進んだが、戦争がくり返された。  大日本帝国憲法が公布(1889年)

日清戦争

1894年1895年に、朝鮮の支配をめぐって、日本は清国(現=中国)と戦争をした。

日露戦争

1904年1905年に、朝鮮と満州の支配をめぐって、日本はロシアと戦争をした。戦死者約8万4000人などの犠牲を出した。

第1次世界大戦

1914年1918年に、連合国陣営と同盟国陣営と戦争。日本は、日英同盟を口実として参戦した。

15年戦争

満州事変

1931年に始まった日本の満州への侵略戦争。15年戦争の出発点であった。

日中戦争(北支事変、支那事変)

1937年1945年に、日本は中国戦略政策で中国との全面戦争を引き起こした。大平洋戦争開戦後はその一部となった。 日本人の戦死者は約70万人、中国人の戦死者は1000万人にものぼるといわれる。

第2次世界大戦

1939年1945年に、日独伊三国同盟を中心とする枢軸国陣営と米英などの連合国陣営との戦争。

大平洋戦争(アジア太平洋戦争、大東亜戦争)

1941年から1945年までの連合軍との戦争。第2次世界大戦の一部を構成する。日本人の犠牲者は300万人以上、中国の犠牲者はは軍人の死傷者が約400万人、民間人の死傷者は約1800万人以上と推定されている。またアジア全体での死者は3000万人と推定されている。

戦後〜再軍備から海外派兵へ

戦後の5年間は非武装で戦争に関わりがなかったものの、1950年ごろから平和憲法があるのにもかかわらず再軍備の道を歩み、アメリカの戦争に加担するようになっていった。

再軍備

憲法の非武装の規定にもかかわらず、着々と軍事力を拡大していった。

朝鮮戦争

1950年に勃発。日本は韓国軍を支援する国連軍に軍事基地を提供した。警察予備隊(自衛隊の前身)発足のきっかけとなった。

ベトナム戦争

1964年のトンキン湾事件をきっかけに勃発。日本は北ベトナムを攻撃するアメリカ軍に軍事基地を提供し協力した。

湾岸戦争

1991年、アメリカ軍を主力とする多国籍軍とイラクの戦争。 日本は多国籍軍の軍事費を支出。

アフガニスタン戦争

2001年、米英がテロとの戦いを口実にアフガニスタンを攻撃。日本は自衛隊を派兵した。戦時に海外で軍事支援は初めて。

イラク戦争

2003年、国際世論を無視してアメリカがイラク進攻した。 小泉内閣は支持を表明し自衛隊の派兵を閣議決定した。 2004年、国民世論を無視して戦地へ派兵。

その他の海外派兵

憲法違反の疑いが強い中で十分な議論をしないまま、次々と海外派兵を行い定常化してしまった。