2003年5月前半の診療記録
〜復活!〜

4月29日
とりあえず、再開しました。
ほぼ10ヶ月近くのお休みをいただいたのですが、その間に大幅にパワーアップしたかと言うと、ぜんぜんそんなことはありません。
なんちゅうか、人間ってのは、一度サボると、ずるずると行ってしまいますな。

で、更新をしていなかった間にも色々なことがありました。
とりあえず、現在は今までと同じ病院で、今までと同じように生活してるんだけども、猫が一匹増えました

さちことみちこ
さちことみちこです。よろしく!


で、みなさんお待ちかねの診療記録のバックナンバーなんだけども、一旦はアップした物の、リンク先が無茶苦茶で見れたものではない状態だったので、一旦削除しました。
とりあえず、2002年分だけ確認ができたので載せておきましたが、残りはこれからこつこつと再アップして行きたいと思います。

それではみなさん、とりあえずお久しぶり!これからもよろしく!!ってことで。

4月30日
いくつかの掲示板に更新再開の報告をしたところ、いきなりの大反響で、まったく嬉しいかぎりであります。
みんなありがとう。
まだまだ、色々と移転作業がうまくいっていない部分もあるらしく、ところどころ画像がおかしかったり、リンクがヘンだったりする部分もあるかと思いますが、その都度お知らせいただけたらありがたく思います。

ところで、更新をサボっている間にも色々ありまして、例えば、新しいMIDI機材を購入したのであります。

ウインドシンセ
こんなの

これは何かを言いますと、ウインドシンセサイザーってものでして、非常に分かりやすく言うと電気サックスですね。
笛みたいなのがコントローラー。
下の箱みたいなのが音源です。

ようするに、笛みたいなのを吹いてがちゃがちゃやると、下の音源から色々な管楽器の音が出るというしかけ。
で、この音源に入っている音色は実にYAMAHAらしい作りと言いますか、妙なこだわりがあるものでして、なかなか楽しいオモチャなわけです。
サックスの音色だけで何種類もあるんだけども、例えば、フッと息を吹き掛けるとサックスのリードに息が当って擦れる音が出たりします。
あとサックスには、声を出して喉を震わせながら吹いて濁った音を出すっていう、グロートーンっていう奏法があるんだけども、このグロートーンをバーチャルに再現していたりします。
さらには、普通の指使いと微妙に違うキーを押して変化する音程も再現していたりと、とにかくヤマハのこだわりを注入して作られたヒット商品なんですね。
一言で言えば、最近のダッ○ワイフは本物そっくり!って感覚に近いと思います。
いや、そっちの方は使ったことがないから良くわかんないけども。
まあ、とにかく、生ではないけども、なるべく生のテイストを再現しようとしているって感じかな。

で、電子楽器であるからには、MIDIに対応しているわけです。
残念ながら、この音源自体はMIDIケーブル接続じゃないけども、手許にあるローランドの音源を、コントローラーで鳴らすことはできるし、それでMIDIファイルの打ち込みもできるんですね。
つまるところ、自分で打ち込んだバックバンドに合わせて自分が演奏したものが、そのままMIDIファイルになるんですね。
そんなこと言っても、何のことだかわからない人にはわからないと思うけども、とにかく物凄く便利だということです。

しかし、これで作ったファイルはむちゃくちゃに重くなるという欠点があります。
自分自身の息の乱れ、ほんの微妙なタイミングやピッチのずれ等を全部拾って再現するから(それゆえに、リアルなMIDIファイルになるわけだけども)、ちょっとしたフレーズでも物凄い情報量になります。
で、それを逆に再生する時に、パソコンが付いていけなくなって、無茶苦茶な演奏に聴こえてしまうわけです。
もうびゅびゅびゅーのびろびろーのぶりぶりぶりになってしまうってことです。

と、長々と説明的な台詞が続いたのはなぜかと言うと、調子に乗ってこれで打ち込んだ曲を作品室にアップしていたら、これを聴いた元師匠の大森明先生 (クリックして参照して下さい。僕のサイトを見ているよりもずっと為になります)が、「ふにゃお君もとうとう、”行って”しまったか・・・」と、本気で心配してしまったそうでした。

先生、お騒がせしました。
一応、ギリギリで保ってはいます(苦笑)。
でも、もう少しだけ真っ当になります、いつか必ず。
お許しください。

いやあ、大慌てで、ヤバそうなファイルをmp3化してアップしたんだけど、サーバーの容量を無茶苦茶に消費しちゃったよ。

ところで、せっかく更新を再開したんですが、僕は明日からちょっとの間、旅に出ます。
5月4日には帰っていますので、それまでごきげんようです。

5月3日
そんなわけで、ただいま帰りました。
で、どこに旅してきたかと言うと、東京ドームです。
ピンとくる人には分かったでしょう。
そうです。
ほぼ日帰りで新日本プロレス・東京ドーム大会を見に行ってたんですね。

5月1日の夜、仕事が終わってから移動開始です。
その時、すでに夜11時30分。
だいたい、この季節の動物病院は無茶苦茶に忙しいわけで、すでにヘロヘロです。
で、途中のサービスエリアで爆睡してしまって、某A県N市の実家に着いたのが午前6時ちょっと前
予定では、1日の夜は実家に泊まって、翌日2日の朝7時に出発というつもりだったけど、もはやご宿泊でなく、ご休憩ぐらいの時間しか眠れません。
実家では、鹿児島からの親戚のばあちゃんが遊びに来ておりましたが、すでに起きておりました。
元気です。
80近い、いや過ぎてたかもしれないのに、無茶苦茶に元気です。

そして、有無をいわさず30分ぐらい眠ってから出発。
某N駅の某Nちゃん人形の前で、学生時代の知人のIくんと待ち合わせです。
僕が辿り着いたころには、すでにIくんは待っておりました。
かなり久しぶりに会った気もするけども、ろくな近況報告とかもせず、学制時代にちょっとラーメン屋に行く時と同じような感じで話は進みます。
なんちゅうのか、「よっ、久しぶり!」ぐらいのことは言っても良いような気もするけども。

で、一路東京に向かって車を走らせるのでありました。
っていうか、新幹線とか使えば良いのに、あえて車で行くのです。
なぜなら、その方が安くつくからに他なりません。
せこいです。
ちょっとぐらい高くついても、楽な道を選べば良いのになあ、と我ながら思うわけです。

道に適度に迷いつつ、やっとの思いで東京に近付いてくると、大量のビル群が目の前に広がってきました。
こんなことにいちいち目を丸くしてしまうあたりが田舎者なんだけども。

で、そこから東京ドームまで、異常な(っていうか、東京モンに言わせたら全然普通なんだろうなあ)大渋滞を切り抜けて、東京ドームに辿り着いたのは午後2時ごろ。
開場時間にまだ少し余裕があるので、とりあえずグッズやらパンフやらお土産やらを買って回りました。
なんちゅうのか限定モノに弱い僕としては、1万円もする「アントニオ猪木還暦記念・猪木袋」を買ってしまいました。

猪木袋
猪木袋

内容は、闘魂Tシャツ闘魂灰皿還暦祝フィギュアこの道をゆかばマグカップ闘魂クッション猪木袋シールの超豪華6点。
猪木ファンなら大喜び、興味のない人にとってはただのガラクタという内容です。

開場時間になったのでドームの入り口に並んでいると、手荷物検査とボディチェックが行われました。
最近は色々あってたいへんなようですね。
ボディチェックって言っても、プロレスのレフリーがやる程度の簡単なモノ。
こんなボディチェックではセンヌキ程度の凶器しか見つけられないのではないだろうか、と思いつつ、やっと東京ドームへ入れてもらえました。
花道やリングの舞台は出来上がっています。
(まあ、当然か。)

ちなみに、今回の座席はスタンドA席です。
リングサイド、アリーナA、アリーナB、スタンドA、スタンドB、スタンドCとあるうちのスタンドA席なんで、結構前の方の席です。
以前に大阪ドームへプロレスを見に行った時は一番安い席だったので、ほとんどリングは見えなかったんだけども、今回はギリギリで肉眼でも観戦できる席です。
ううむ。
いつかはアリーナ。

そんなこんなで、僕はすでにこの時点で、気もそぞろです。
全然落ち着けません。
祭りの前のそわそわする気持ちっていったら、この感じを味わうために出かけたのかもしれないと思えるほどの格別さですね。
落ち着かないから、喫煙所に何度も行ったり、売店で食い物や飲み物を何度も買いに行ったり、何度も何度もパンフレットを読み直したり、我ながら微笑ましくなるほどのそわそわぶりです。
横を見るとIくんも同様の様子。
周りを見ると、他のお客さんたちも同じような感じで、みんなそわそわしてます。
そんなわけで、Iくんと、お互いのカメラで記念撮影なんぞをしてみました。

東京ドームの中
開演前に記念撮影

えっと、まん中に見える白い布がかけられてるのがリングです。
白い布がかぶせてあると言っても、パナウェーブ研究所とは何の関係もないです。
リングからずらーっと伸びているのが、いわゆる花道ってヤツですね。
ちなみに、さりげなくTシャツが無我なのであります。
無我について知りたい方は、こちらを参照してください。
周りを見渡すと、プロレス関係のTシャツを着ている人はたくさんいたけども、無我Tシャツを着ている人は一人もいませんでした。
なんちゅうか、「無我」の張本人である西村修選手や藤波社長は出場しないから、あたりまえと言えばあたりまえですな。

そんなこんなで、開演時間の5時になりました。
以下、次回に続く。

5月7日
再開してからなかなか更新できませぬ。
以前の大阪ドームプロレスレポートと同様に今回のプロレスレポートも途中で頓挫してしまう可能性が高くなってまいりました。

言い訳がましいことを書くのもどうかと思うのだけども、今現在、診療記録の過去ログを全てチェックし直してる途中なのです。
今から見たら、何の話だか分からないものや、リンク先がなくなってしまっている記事に対して、いちいち註を入れているのです。
大変な作業だなあ。

しかし、昔の日記を読み直すと、それはそれでかなり面白いですね。
なんか、自分でけっこう楽しんでいるよ。
大掃除の時に、古いマンガを見つけて思わず1巻から読み直すことに通じる感覚ですね。

そんなわけで、プロレスレポートの続きは明日以降ということで(苦笑)。

5月15日
お久しぶりの更新です。
プロレスレポートを書くつもりだったのだけども、とっくに旬は過ぎてるのです。
早く連載を終わらせないと!

でもその前に今回のドーム大会までにいたる、プロレス界の流れをおさらいしておかねばなりません。

そもそもプロレスとはなんぞやということに関しては昔に書いたので、そっちを参照のことです。

ただ、その頃から今日まで、世間では大きく変わってきたことがあります。
まず、PRIDE等を始めとした総合格闘技などの台頭があります。
要するに、空前の格闘技ブームということなんだけども、人気のあるのはPRIDEやらK-1などであって、これらの人気が上がるのに比例してプロレスの人気が下がりつつあるということが現実になってきたのです。

総合格闘技ってのは、プロレスとは似て非なる物で、純粋な競技です。
プロレスのように、反則が5秒までなら認められるなんてことはないのです。
つまり、ルールは厳格であるということです。

また、第一に追求されるのは勝利です。
だから総合格闘技の場合、殴られそうになったら、わざわざ殴られなくても良いのです。
そして、還暦過ぎた社長が十六文キックを出す前にマットに沈めても許されるのです。
さらに、可能であれば瞬殺しても構わないのです。
要するに、極論を言えば感動的な敗北より、つまんない勝利が優先されるということです。
そこには、「粋」な物はありません。

これでは身もフタもないので、逆の言い方をしますと、殴ろうと思っても、避けられることがあるから、ちゃんと狙わないとダメであり、自分のヒッサツ技を出すまで相手は待ってくれないし、ぼやぼやしてると瞬殺されるということです。
そして、極論を言えば感動的な試合をしても、結果として負けたら全てを失うのです。
非常にシビアな世界なのです。
プロレスと総合格闘技の違いが良くわかりましたか?

そんなわけで、何ごともホンモノ志向の現代では、「プロレスって、要するに八百長だよね。大の大人が見るもんじゃないよね。だいたいさあ、プロレスラーなんて、本当は弱いじゃんか。」ってことになるわけです。

まあ、それはごもっともな話でしょうねえ。
でも、それって、手品師に向かって、「タネも仕掛けもないって言ってるけど、タネもしかけもあるんだから、あんたはウソツキだ。」と言うのと同じだと思うのです。
つまるところ、魔法使いと手品師が別物であるのと同じように、総合格闘家とプロレスラーは別物なのです。
そして、素晴らしい手品師と同様に、素晴らしいプロレスラーは尊敬されるべきなので。

それが分かんない人が多くなって来たため、とにかくプロレスの権威を守るため、多くのプロレスラーが総合格闘技に挑戦し、そしてそのほとんどが玉砕してきました。
当たり前です。
まったく異なる物なのです。
ニューヨークヤンキースのメンバーがサッカーをやったら、韓国代表にも勝てないのと同じです。

しかし、「ルールが違うから」という理由だけで逃げていてはいけません。
なぜなら、プロレスラーは最強でなければならないのです。
そして、世間では総合格闘技で勝利する人間が最強だと思われている以上、総合格闘技でも勝たなくてはならないのです。
がんばれ、プロレスラー。

そんなこんなで今回の新日本プロレス東京ドーム大会なんだけども、こういった世間の風潮に対する一つの答えとして、プロレスと総合格闘技の2本立て興業であるというのが最大の特徴です。
プロレス6試合。
総合格闘技5試合。
ようするに、プロレスと総合格闘技とどっちがオモシロイのか、おまえらこれ見て考え直せということです。
非常に実験的な興業であると言えましょう。

ちなみに今回、新たに新日本総合格闘技特別ルールも設けられました。
なんとこのルール、八百長試合をするのは反則ですと明文化されています。
これはびっくりです。
本気です。

前置きが長くなってしまったのだけども、勢いで現在のプロレス界の勢力図の変遷も書いておきます。

日本のプロレス界は、長らくアントニオ猪木の新日本プロレスジャイアント馬場の全日本プロレスの2大メジャー団体が中心となって動いてきました。
それが、ジャイアント馬場の死去を期に、大きく様変わりしてきました。

まず、全日本プロレスは求心力を失い、ついにはエースである三沢光治が、プロレスの鉄人・小橋健太秋山準など主力選手のほとんどを引き連れて離脱、新団体プロレスリング・ノアを旗揚げします。

新日本プロレスの方でも色々とありました。
まず、橋本真也が新日本を離れ、独自の団体であるZERO・ONEを旗揚げします。
ちゃっかり何人かのレスラーを新日本から道連れにしています。
原因は長州力との対立によるものだと言われています。
で、その長州の方も新日本プロレスを辞めることになります。
辞めるときに痛烈な猪木批判をしていたことから、理由は猪木が嫌いだからということなのでしょう。
さらに、自他共に認めるプロレスの天才であり、最も人気があった武藤敬司が電撃離脱し、それに追従して小島聡ケンドー・カシンが退団しました。
これは、様々な憶測が流れまして、結局は格闘技路線を歩もうとしていた新日本プロレスに嫌気がさしたとも、馳浩が裏で暗躍していたとも言われていますが、一つだけはっきりとしていることがあります。
実はこの3人、会場での女性人気の上位3人だったのです。

で、この3人はその後全日本プロレスに入団し、さらには武藤が全日本プロレスの社長に就任していました。

さらには、長州力が新団体WJを旗揚げし、ついでに新日本プロレスから佐々木健介ら何人かのレスラーおよびレフェリーを引き抜いていきました。

多くの主力選手の離脱によりガタガタになった新日本プロレスは、アントニオ猪木から全権を与えられた蝶野正洋らが支えることとなりました。

つまり、現在のプロレス界の勢力図は、主力が抜けて、かつての栄光を失いつつある新日本プロレス、ジャイアント馬場の理想とする王道プロレスを継承するプロレスリング・ノア、もはや以前とは全く異なる、武藤敬司の手による全日本プロレス、どちらかと言うと昔の新日本プロレスに似てるけども、いかんせん規模が小さいZERO・ONE、長州力が頑張っているけども、これまたいかんせん歳には勝てないWJの団体が混沌と入り乱れているという、非常にややこしい状況になってきているわけです。

そんなわけで、外からは総合格闘技の波が押し寄せ、内からは大量の離脱者が出て、実は結構危機的状況かも知れない新日本プロレスの存亡を賭けた興業が、今回の東京ドーム大会と言えるのだろう、ということですね。

げげ。
前置きだけで無茶苦茶長くなってしまったよう。
まあ、普段プロレスなんか見ない人も、とりあえずの予備知識が頭に入っただろうということで、やっとこさ東京ドームレポートの再開なのです。

以下、次号。

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