未来からの贈り物
昭和47年の春、つらかった受験生活から解放されて、ぼくは志望の京都の大学に入りました。当時、京都には祇園会館という、東京で言えば池袋の文芸座のような感じの、ロードショー終了後の洋画を3〜4本立てで、確か八百円くらいで上映する映画館がありました。立地環境も場末というわけでなく、明るい雰囲気で、テーマを決めて作品を組み合わせるなど、少しはポリシーもあって、学生に人気がありました。どういうふうにしてこの映画館を見つけたのか忘れましたが、ともかくぼくは、入学後間もなく一人でこの映画館に行きました。一人で京都の街を歩くのも初めてなら、一人で映画に行くのも初めて。最初の上映作品は「卒業」でした。ワクワクしながら始まるのを待ちました。ダスティン・ホフマンが空港に降り立ち、ムービング・ロードに乗って移動してゆく所をカメラが追います。その時、バックに流れて来たのは、サイモンとガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」。
その2小節と1拍のギターのアルペジオの前奏が流れて来た瞬間、ぼくは「これからとてもすばらしい時間が始まるんだ」という喜びで、ぞくぞくっとしました。それは、単に楽しい映画が始まるという喜びだけでなく、大学生活への期待、自分のいろんな可能性を試してみたいという意欲、それに春の開放感もあったかもしれません。
メイヤのファースト・アルバム「メイヤ」を初めてCDプレーヤにかけ、1曲目の「Welcome To The Funclub Of Love」が流れて来たときも、同じような感動がありました。「つらい回り道をしたわね。でももう大丈夫。ここは、あなたが一番あなたらしくいられる場所よ。愛のファンクラブへようこそ」というような内容です。ひょっとすると、原詩のloveは恋愛を意味するのかもしれませんが、ぼくはもっと広い意味に解釈しています。
この曲を、僕は「幸福のファンクラブへようこそ」と読み替えて聴いています。つらいこともあった。悲しいこともあった。腹が立って不愉快このうえないこともあった。不安なこともあった。でももう大丈夫。あなたはあなたのままで愛される価値があるし、いろんな可能性に挑戦する力があり、幸福になっていいのよ。さあ、私たちと一緒に幸福を楽しみましょ。そんなふうに励まされる気がします。
この曲がもたらす「もう大丈夫」感は、母親の胸に抱かれて安心する「もう大丈夫」感とは微妙に違います。母の胸の安心感は慣れ親しんだ感覚ですが、この曲の「もう大丈夫」感はそうではありません。初めての所に飛び込む緊張感が少しあります。心理カウンセリングやワークショップで、楽になる新しい自分が見えてきても、思い切って踏み出せないことがあります。これは、新しい世界が未経験のものゆえ、不安になるからです。今までの自分に留まる限りは、慣れ親しんだ世界なので、例え苦しみでも何が起こるかは少なくともわかっているので、安心できるのです。それにひきかえ、新しい世界に踏み出すことはリスクを伴います。そこで勇気を出して、エイッと跳んでみる。すると、すっと楽になる。なんだ、こんな簡単なことだったのか。今まであんな苦しいのをよく我慢していたもんだ。ぼくがそういう経験をした時の「もう大丈夫」感を、この曲を聴くと思い出します。
メイヤにはこういう勇気づけられる曲が多いですね。セカンド・アルバム「seven sisters」ESCA6854に収められている「Don't Push The River」も、焦りや不安を感じる時に、励ましてくれます。
1998/10/11
クリス・ペプラーさんがエンヤのことを、「歌うカウンセラー」「ヒーリング姫」と言っていましたが、実に言い得ているなあと思います。エンヤの人となりは、映画「地球交響曲(ガイアシンフォニー)」に詳しく紹介されています。私はこの映画で初めてエンヤを知ったのですが、「地球交響曲」で取り上げられるミュージシャンが、エリック・クラプトンでもなくダイアナ・ロスでもなく、なぜエンヤなのかという疑問は、彼女の音楽を一曲でも聴けば氷解します。エンヤの音楽は、ほかのポップ・ミュージックとは全く違う世界から来たもののようです。
エンヤの音楽はどれも不思議なやすらぎに満ちていて、心が疲れたときにうってつけなのですが、あえて一曲をあげるとすれば、この「Anywhere Is」を選んでみました。「Anywhere Is」はアルバム「The Memory of Trees」の二曲目に収められています。なにか落ち込むことがあった時にこの曲を聴くと、心の底の方からやすらぎが潮のように満ちてきて、元気が湧いて来ます。
落ち込みの度合いに応じて、それに合う音楽があるらしくて、私は長男を亡くしたあとの数ヶ月ほどは、それまであまり好きでなかったバッハの無伴奏の器楽曲ばかり聞いていました。その当時はまだエンヤを知りませんでしたが、もし知っていたとしても、そのようなどん底の心理状態のときは、エンヤですらパワーが強すぎて疲れただろうと思います。
しかし、そのような極端な落ち込みの状態を別にすれば、エンヤは、つらいことがあった時にまず聴いて慰められるので、このシリーズの最初に持って来ました。
1998/9/14
Thanks
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