随 想

● 2012.5.1イエスさまと筍(たけのこ)

竹原という町の名前は竹に由来していると言われております。事実、市内の 至るところに竹の群生が見られますし、広島市と結ぶバスや市の広報誌に も かぐや姫が描かれて、町の人々の竹に対する強い愛着心が感じられます。 毎春寒さが少し和らぎますと、竹林のここかしこに筍が落ち葉の間から 頭をもたげてきて、それを掘り起こしていくと急に太い存在感のある筍がそ の姿を現します。ある本に、筍の穂先に微妙な傾きがあり、その穂先が向 いている方向の竹が、その筍の親竹だと記されておりました。ですから筍 の近くに太い竹があったとしても、穂先が向いていなければその親ではな いのです。親竹は地中にまっすぐに這った強い根節で筍に養分を与えて います。 その根節は土の中にあって見えません。
イエスさまと私たちのつながりも目には見えません。
しかしイエスさまを信じた私たちにイエスさまは生きる力を、人を愛する力を 送り続けて下さっています。筍は伸びるにつれて節を作ります。節は人生 の悲しい時、つらい時の足踏み状態なのかもしれません。しかしそれをイ エスさまと共に乗り越えたとき、すっと伸びるのです。竹に雪折れなしと言 われています。
私たちもイエスさまと共に人生をしなやかに生きることができると逞しく大地 から顔を出した筍を見て思いました。