顔面神経麻痺は顔面神経の損傷によって引き起こされる顔面筋(表情筋)の麻痺です。顔面神経の末梢枝は内耳神経とともに内耳道を経て、涙腺、鼻、口蓋腺に分布し、鼓膜を弛緩させる作用のあるアブミ骨筋神経、舌の前三分の二の味覚を支配する鼓索神経に分枝します。また、鼓索神経の一部は顎下腺と舌下腺に分布し、茎乳突起から出た顔面神経は耳介神経、耳下腺神経に分枝した後、表情筋に分布します。
顔面神経麻痺は脳内の腫瘍や血管障害に起因するものはまれで、殆どは末梢性顔面神経麻痺です。この末梢性神経麻痺の原因には、ベル麻痺(1)、ハント症候群(2)、中耳炎や真珠腫の併発・後遺症による炎症、側頭部の打撃による外傷、耳下腺悪性腫瘍を摘出した後の腫瘍後遺症などがあります。
症状としては、「額にしわ寄せができない」「笑った時に顔面が非対称になる」「口笛が吹けない」「顔面筋の拘縮」「口を突き出すと眼裂が小さくなる」「強く閉瞼すると口唇がつり上がる」「唾液が出る時に涙の分泌が起こる(鰐の涙)」などがあげられます。
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ベル麻痺 |
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発症は急性または亜急性で原因は不明。顔面神経麻痺の多くがベル麻痺です。症状としては、前頭筋の麻痺により額のしわ寄せが不能となり、眼輪筋の麻痺により兎眼や睫毛徴候がみられるようになります。また、口輪筋の麻痺により閉口不全となり、食べ物が麻痺側口角からこぼれやすく、口笛が吹けなくなったり、食べ物が麻痺側頬部にたまりやすくなったりします。さらに、味覚障害、唾液分泌障害、聴覚過敏、眼の乾燥、流涙過多などの症状が加わります。
ベル麻痺の予後は比較的良好で自然治癒の期待できる疾患であるこが知られています。しかし、治療しても完全回復に至らずに後遺症が残るケースもあります。主な後遺症としては不完全治癒(麻痺の残存)、顔面拘縮、顔面痙攣、異常連合運動などがあげられます。
| 不完全治癒 |
笑ったときに顔面の非対称性が出現、口笛を吹けない、眉上げができないなどの症状が見られます。 |
| 顔面拘縮 |
患側の鼻唇溝が深くなったり、口角が患側に引っ張られたり、眉が下がったりします。 |
| 顔面痙攣 |
発症後、半年から二年後に起こることがあります。 |
| 異常連合運動 |
口を突き出すと眼裂が小さくなったり、強く閉瞼すると口唇が吊り上がるなどの異常運動がみられます。 |
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ハント症候群 |
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水痘、帯状庖疹ウイルスが感染して起こる末梢性顔面神経麻痺です。耳介、外耳道に神経痛様疼痛をきたし、数日後に発赤、小水疱が発生します。そして発疹と同時、または一週間以内に顔面神経麻痺が出現します。麻痺とともに耳鳴り、難聴、平衡障害、眩暈、悪心、嘔吐、眼振を伴うことがあります。
ハント症候群は麻痺が軽度であれば1〜2カ月で治ることが多いですが、麻痺の程度が重い場合、治癒率は5〜6割程度で一年経過しても麻痺が残ってしまうこともあります。また、眩暈や悪心等は1〜2週間で改善する傾向がありますが、聴覚障害は完治しないケースも少なくありません。
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現代医学に於ける治療は、ベル麻痺に対しては薬物療法(ステロイド、ビタミンB2等)、理学療法、星状神経筋ブロック、神経減圧術などが、ハント症候群に対しては抗ウイルス剤、星状神経筋ブロックなどが行われています。
鍼灸医学が適応する顔面神経麻痺は、ベル麻痺、ハント症候群、中耳炎・外傷による末梢性顔面神経麻痺です。
顔面は複雑に経絡がからみあっているので麻痺の部位と経絡の関係を見極めることが重要な為、当院ではまず、現れている症状のうち、特に重要なポイントを絞り、以下のようにT型、U型と区分しています。
| T型 |
U型 |
| ・ 下瞼が下がって眼が閉じにくい |
・ 眉、上瞼が下がって眼が開けにくい |
| ・ 鼻唇溝が健側に比べて浅い |
・ 鼻唇溝が健側に比べて深い |
| ・ 口角が下方へ引っ張られる |
・ 口角が上方へ引っ張られる |
その上で顔面神経麻痺に影響を及ぼしている各経脈のバランスを手足の経穴を用いて調整します。症状によっては耳の周り、眼の下、鼻翼の傍などの経穴に補助的に鍼をすることもありますが、各経脈のバランスさえ整えることが出来れば症状の現れている部位に直接鍼をする必要はありません。
もちろん、程度の軽い顔面神経麻痺であれば症状の現れている部位に直接鍼をするだけで麻痺の程度が軽減することもあります。その様な施術をしている治療院もあるようですが、それだけでは顔面神経麻痺の原因となっている各経脈のバランスを整えることはできません。治療は症状に対して行うのではなく、体全体のバランスを考えて行う必要があります。
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