楽器作りにこだわる

一口にフォルテピアノと言っても、その指し示すところは大変広い範囲に渡ってしまう。何しろ弦をたたいて発音させる鍵盤楽器は少なくとも16世紀頃からは存在していたし、ウィーン様式と言われている鍵盤メカニックも19世紀末まで作られていた。また他の鍵盤楽器、クラヴィコードやチェンバロと異なって、ピアノの発音機構には指と弦との直接的な交流はない。遠隔操作による打弦となる。その遠隔操作ということが、幸か不幸か山の如くの機械的発明を可能にしてしまった。これもまた一口に言えない理由の一つである。ここでは取り上げられる機会の多い18世紀後半から19世紀始めにかけての、音楽家でいえばC.P.E.バッハからシューベルトの頃のピアノ、その中でも特にウィーン様式のピアノを製作する、もしくは修復するにあたっての私なりのこだわりについて述べたいと思う。いわゆる初期ピアノと言われているこの時代の楽器の大きな特徴は、鍵盤楽器である以前に弦楽器ではないか、と常々思っているのだがいかがなものだろうか。表板にあたるサウンドボードの厚みはおおむね3ミリ以下、側板にあたるケースの厚みは、1780年頃のA.シュタインやA.ワルターの楽器においては10ミリそこそこだし、裏板は底板として全面に存在する。箱を響かせるという発想は弦楽器は元より、クラヴィコードやチェンバロなどにおいても充分考えられている。この考え方は初期ピアノに関わるときにも基本になってよいと思っている。ちなみに現代のピアノのサウンドボードの厚みは12ミリ程度、ケースの厚みは70ミリ以上、底板はない。次に弦についてだが、すべてチェンバロと同じようにほぼ平行に張られている。張力分散のために苦肉の策として採られた交差弦はこの時代にはまだ存在していない。多くの楽器が低音には真鍮弦、中高音には鉄弦を用いていた。ここで悩むのが弦の材質である。現代の真鍮は高度に精製されているせいかどうも楽器には思わしくなく、不純物の多い真鍮のほうが豊かな音を出してくれる。鉄弦に関しても現代のピアノに使っているスチール弦はしっかりと焼き入れしてある大変堅いもので、これまた使えない。音の伸びは良いのだが、音が単調なこととハンマーの皮との相性がよくないようだ。堅すぎるからかもしれない。チェンバロにおいても同様のことが言える。スチール弦を鳥の羽のクイルで弾いていると、瞬く間に摩滅してしまうのである。そんなわけで鉄弦に関しても比較的当時のものに近いものを使っている。付け加えさせていただくと、現在弦に関してはすべて輸入せざるを得ないのが何とも残念な状況ではある。鍵盤楽器として欠くべかざるものは当然のことながらアクション・鍵盤である。これらはいわば弓に相当するものと考えてよいと思う。そう、音を出すための道具、弓なのである。これについてはかなり悩まなければならないのだが、初期ピアノの弓には大きく分けて2種類あるようだ。よく取り上げられているウィーン・アクションとイングリッシュ・アクションのことではなく、道具としてより本質的な区分けにおいてである。すなわちその一つは「人間の運動エネルギーをできるかぎり効率よく音のエネルギーに変える反応の良い弓」であり、もう一つは「いわゆる安心して弾ける弾きやすい弓」という2種類である。前者はほんのわずかな指先のエネルギーを音に変えるため、結果として恐らくかなりコントロールしにくいものとなる。具体的に言うと、粒の揃ったピアニッシモは相当難しいのだが表現の幅は大変広い、そういう楽器である。それに対して後者は、誰が弾いても扱いやすい楽器、言い換えれば誰が弾いても同じように弾ける楽器、と言うことになるのだろうか。この両者を比較して良否を問うのは無意味である。F1用のレーシングカーと高級セダンのメルセデス・ベンツを比べるようなものだからである。弾きやすいから良い楽器、とは一概に言えないのは鍵盤楽器にも当てはまることではないだろうか。弾きやすさを得るため何か大事なものを失っている可能性もあるからである。あくまでも目的、用途が優先される区分けである。他の楽器においてはこの2種類の存在はかなり明確であったと思われるが、ことピアノに関しては「ある一時期」を除いてそうでなかったかも知れない。時に、これらの楽器を奏こうとする人達の大半は、裕福な家柄に育ったネコや杓子のディレッタントであったからである。私もあんなふうに華麗に奏いてみたいわ、といったかどうかは知らないが、人間機械論全盛の、機械的であることは尊敬の対象にすらなっていた当時のヨーロッパである。環境は整っていたと言えよう。ピアノからF1マシーンはなくなってゆくのである。その後の歴史を否定するつもりは毛頭ない。ただ私としては人間のセンスをもっと信じてみたいがために、「ある一時期」の前者の楽器へは相当なこだわりを持っている。
佐藤裕一(鍵盤楽器製作・修復)
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