ポネット PONETTE

粗筋

 4歳の少女ポネットは、母親が交通事故で亡くなったと聞かされても、「ママはどこへ行ったの」と戸惑うばかり。やがて、叔母の家に預けられるが、いとこが「一緒に遊ぼう」と声をかけても、一人きりで母の帰りを待ち続ける。 最愛の母の死をどうしても信じることができない少女は、キリストが死後に復活した話を聞きき、きっと母親も復活すると信じ、母との再会を待ち続ける。

レビュー

 さてみなさん、このストーリー聞いて、貴方はどんな映画を想像しますか? 母子物の感動のストーリー? 4歳の少女が母親の死を乗り越えるまでのお涙頂戴のお話? そんな風に感動を求めると手痛いしっぺ返しを食らうこと必至。それでは一体どのような映画なのか…。順を追って説明いたしましょう。あ、後で見る人の事なんかほとんど考慮していませんから…。

ストーリー

 ポネットは病室で横になっていた。お母さんと車に乗っていて事故にあったのだ。付き添う父親にポネットはこう声をかける
「お母さんはいなくなったけど2人で元気になろうね!」

 父親の仕事の都合で、親戚の家に預けられることになる4歳の少女ポネット。そこには同い年の少年マチアスがいた。寄宿舎に入ったポネットは、他の子供たちと遊ぼうとしない。ポネットは部屋でずっと母を待ちつづけていた。

「何して遊ぼうか」
「遊べない。ママを待っているから」
「死んだら死ぬんだよ」
「イエス様は生き返ったもん。お友達のために。ママはお友達以上よ」
「おじいちゃんは死んだきりだよ」
「誰も待ってなかったのよ」

 マチアスはベットの上でもポネットを励まそうと、執拗な愛撫を繰り返す。しかしポネット(4歳)は快楽に身を委ねることが出来ずにいた。

「夢の中でママに会ったの。」
「ママに会いたい…。」

 昨夜、夢の中で母に会ったのだ。それからというもの、ポネットは夢に母が来るのを心待ちにするが、なかなか再びやってこない。母を呼ぶため、山に登り、神に祈る儀式をするなど、奇行が目立つようになる。

 そんななかポネットは「神様の子供」と呼ばれるユダヤ人の(虚言癖のある)少女アダと知り合う。(誇大妄想狂の)アダの指導で「神様の子供」になるテストに挑戦するポネット。さまざまな試練を経て、試験に合格するポネットだが、母はいっこうに現れる気配がない。

「全能の神様、ママは死にました。神様と一緒のはずです。ママに私とお話しするよう伝えて下さい」

うちのママは独身なのよ
ママのお友達とか来る?
うん。よく来る。とまっていく
じゃ独身じゃないじゃん
でも・・・ママはパパと離婚したから独身なのよ
今は独身者が増えてるんだよ。みんな自分の生活を大切にするから。
ママのお友達はママをなぐさめに来るのよ。

「うちのパパも愛が大好きだよ!」

 

 「僕を撃って」と少年は自虐的にピストルを向けた。そして少年は言う

 「おまえが悪い子だからママが死んだんだ」

復活

 傷つく彼女に、友人が「魔法のキャンディ」をくれた。キャンディを握り締め、ポネットは母の墓へ向かう。そこでお母さんのことをじっと待つが、お母さんが現れる気配はない。
「ママ、どうして出てこないの?」
 お墓を掘り返し、地面に顔を付けて泣きじゃくるポネットだったが、その時、「変な子だけど、いい子ね。」とポネットのことを抱き上げる人がいた…。

「マンマ!」

終に復活を果たした母親。つかの間のふれあいを楽しんだあと、母は、「楽しむことを学びなさい」とメッセージを残して去る。父親がポネットを迎えにくる。車に乗りこんだポネットは、やや微笑んでつぶやく。
「(ママが)楽しむことを学びなさいって」
ポネットの言葉はくり返される。
「楽しむことを学ぶのよって」

 

見所

やはり最後のママの復活のシーンが圧巻。
完全に観客の度肝を抜いたであろう。
なにしろ最後の最後まで、ママは回想シーンはおろか
写真ですら登場していない。
そして復活のシーンでは、
なんと泣きじゃくるポネットの横から
あたかも通りすがりのオバサンのごとく
ふらっと表れる!!!!

誰がこの女性が母親だと、瞬時に理解できたであろうか…

特に映像的に幻覚のようなエフェクトは無い。
普通の人として、完全な復活である。
消える時もカメラが向いたら既にいない。

一体何だったんだろう…

 

ポネット−1996年、フランス、監督・脚本:ジャック・ドワイヨン、音楽:フィリップ・サルド、出演:ヴィクトワール・ティヴィソル(ヴェネチア映画祭女優賞受賞)、デルフィーヌ・シルツ、マチアス=ビューロー・カトン他