岐阜城

〜織田信長天下布武の城〜

 織田信長の天下布武の城・岐阜城です。信長の天下統一事業の大半はこの城を拠点として行われました。美濃斎藤氏を滅ぼした信長は、ここに拠点を移し、城を「稲葉山」、城下を「井ノ口」と言ったのを「岐阜」と改めました。中国の周王朝発祥の地「岐山」になぞらえたもので、信長の天下統一の決意が伺えますね。あまりいい写真が撮れなかったのが心残りです。文字通り「難攻不落」という言葉があてはまる城でした。「攻める」どころか、「行く」だけでかなりしんどかったです。行った時はまだ二十代半ばだったはずなのに......。この城は斎藤龍興が城主の時に織田信長に、織田秀信が城主の時に関ケ原の戦いの前哨戦として福島正則らに攻め落とされています。実際に登ってみると、何でこの城が落とされるの?という気がします。

 龍興は相手が信長だけに、ま、仕方ないかなという感じがしないでもないのですが、わざわざ城を出て外に陣取って負けた秀信は、お話にならないなという感じです。でも斎藤道三の城が孫の代に信長に攻め落とされ、信長の孫の代にまた攻め落とされるというのも因果なものです。三代目には相性がよくないのでしょうか。しかも落としたのが両方とも清洲城主というのも妙な因縁ですね。正確には信長は小牧山城主でしたが。でも個人的には、信長や道三の時代のままで再建してほしい気がします。何でもかんでも天守閣つくればいいってもんでもないのでは......。


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