小牧山城

 小牧山城は天下の覇者織田信長が名古屋、清洲に続いて三番目に本拠地とした城ですね。美濃攻略には清洲城よりもいいということで、ここに移りました。清洲から岐阜への過渡期みたいな感じで、メジャーとは言い難い城ですが、歴史上実にポイントを押さえた城なのではないでしょうか。
天正12(1584)年の小牧・長久手の戦では徳川家康がここに本陣を構えて秀吉を相手に戦いました。この戦いで完全勝利できなかった秀吉は東国への支配権を確立できず、ために秀吉は自力で征夷大将軍に就任できなくなったとも言われています。そういった意味では、歴史のポイントをおさえている城といえますね。小牧山は江戸時代には立入禁止区域だったそうで、おかげで当時の姿をそのままに見ることができます。

 信長は美濃攻略の拠点としてここ小牧山を選んだのですが、この移城については、いわば「信長流引っ越し術」とでも言うべきテクニックで家臣を納得させたそうです。
ある日突然、信長は二の宮山への移城を宣言。由緒ある尾張の府城である清洲に比べ、ここは山の中の高山で、近くに河川もない不便な場所だそうです。大都会から山の中のド田舎に移るようなものだから、当然家臣達は不満顔。しかし、言い出したらきかない信長のことなので、家臣達はあきらめて引っ越しの準備を開始。引っ越しが近づくと、信長は「二の宮山はやめだ。小牧山にする。」と宣言。二の宮山に比べ、小牧山は平野の中の小高い丘で、交通の便もよく、河川を利用しての輸送にも都合がいい。家臣達は大喜びしたとのこと。値段交渉にはよく使うテクニックですが、信長の心理作戦の大勝利というわけですね。


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