戦後のドサクサと言うけれど:一衣帯水

 最近は何かに就け、4文字熟語が取り上げられる。テレビでも他の事は丸キシ駄目だが、こと4文字熟語の意味だけは知っているという一寸驚くようなカタワチックな中学生が登場したりする。このカタワチックな4文字熟語生も言っていたが、殆どの4文字熟語は2字漢語の対句、つまり2x2から成り立っているのに、この4文字熟語は3+1と言うテニスの選手みたいな変わり者です。

そう、「一衣・帯水」ではなく「一衣帯・水」なのです。つまり「1つの衣が水を帯びる」では、何のコッチャで全く意味をなさず、「1衣帯の水」と切って初めて、ワンセットの衣装のように切りたくても切りようがない繋がった水」と言う意味をなすのです。,,,,,,,,,このことを教えて下さったのは戦後のどさくさの中で、農家の納屋に下宿して電気もない生活しながら太陽と共に起き、3日に湯飲み1杯の石油でランプをともして、ゴミと枯れ落ち葉や枯れ枝が貯まればお湯を沸かして行水を使うという不言実行型の戦後生活を実践しながら全ての勉強を私達生徒と一緒に勉強し直して居られた、Hと言う若い化学の先生からでした。夏は4時過ぎから明るくなります。昭和21年の夏がちかずいた5月末先生はその納屋に私も泊まり込んで一緒に、先生が入手した、天文と気象の解説書を二人で読破しよう、本の虫になってもいけないから、早朝、卓球部員の早朝練習前に、1時間ほど二人だけでラリーを打ち合おう、ランプの油も手にはいるようになったから1日湯飲み1杯くらいは明かりも灯せるよ、と誘われた。気が付かなかったのだが先生はサウスポーだった。初日から面食らった。初めはラリーが2分と続かず、球ばかり拾っていた、併し慣れとは恐ろしいもので2-3ヶ月して夏休みが終わった頃には、右利きの卓球部員には全く歯が立たない私が、我が校卓球部の秘密兵器左利き二人と対等の勝負が出来るいわばカタワ者練習台が勤まるようになっていたのです。

「一衣帯水」は気象の本に出て来ました。「一衣・帯水」と読んだ私に、先生は静かに「一・衣帯・水」若しくは「一衣帯・水」と切りどころを変えて読めば意味は独りでに分かってくる、「一衣・帯水」では一生かかっても意味を理解できないだろうね、と仰有った。目から鱗でした。天文では先生が一歩先んじられた。何糞の甲斐あって、「一衣帯・水」を含む気象現象の原理、特に日本の梅雨の拠って来たる原因が、その湿気の主力が遠く印度洋の北部ベンガル湾で発生して高いヒマラヤや雲南の険しい峰を吹き抜けて揚子江や黄河等の流域の中国大陸全土を潤し、勢い余って砂漠に近い満州(現呼称中国東北部)でこの時期、北から高空に入り込む冷気団の中に湧き起こって、「風呂の中の屁」状態にくるくる回りながら上昇するため、静電気が発生しまくって、無声放電ではオゾンを、有声放電(俗に雷)では硝酸ガスを大量に合成して雨と共に降らし、この地に「根瘤バクテリヤ」を保持して硝酸をアンモニアに変える植物、すなわち豆科の植物を原産自然発生せしめ、毎夏大繁茂するため放牧の馬も太り、これが「天高く馬肥ゆる秋」にも繋がる水となり、そのおこぼれが停滞前線(梅雨前線)に沿って日本にやって来て雨を降らせる一連の現象であり、この「水の輪廻」を「一衣帯水」と言わずして何と言うべきか、と言う訳の解説でした。

 「天高く馬肥ゆるの秋」も、又、地球上の全ての豆科の植物は、その遡源はここ満州の原野を沃地にかえた満州が原産地とさえれることも、ベンガル湾のボイラーの蒸気の噴き方如何で、東北アジアの気象、ひいては農作物の収穫、更には馬の肥え方まで一蓮托生、すなわち「一衣帯・水」をこの時学んだのでした。

 今このようにして生徒と一緒に何かを勉強し直そうと言う姿勢の先生が居られるでしょうか? 私は生涯を省みてH先生には言葉では言い尽くせない有り難い(他にはあり得ない)勉強をさせて戴きました。戦後のどさくさ、学校教育の大きな空白の時期に、、、、。恰も豆類を育てて馬を肥やす旱天の慈雨のように。


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