科学教育の危機:現場の話(続き)

3.考える情熱

 数学は論理的だから心の世界とは正反対な世界と思っている人もいるかも知れないが、考える、と言うことは情熱そのものである。然し此の情熱は何処から生まれてくるのだろうか。

 誰しも何か考えるためには、具体的なイメージがなければ出来ない。イメージがなければ濃い霧の中を歩いているようで、進む気力も湧いてこないし、無理に進んでも歩いた道はたちまち霧の中に消えてしまう。大学生が考えないのは、考えたくてもイメージが浮かばないので、諦めているようだ。これではいけない。なんとかしなければいけない。然しどうしたらよいだろうか。

 小学校からの教育を考えてみよう。人間は言葉を使って考える。心も言葉と共に成長する。だから小学校の低学年では国語をしっかり教えなければいけない。自分の周りを正確に理解する手段が科学である。科学の言葉、それは数と図形である。だから小学校の低学年では算数を充分教えなければいけない。考える以前に数の計算、九九などは徹底的に教えなければいけない。電卓などは絶対に使わせてはいけない。

 下図を具体的なモノとして感じるようにならなければ、そして単純な図形の性質がわからなければ、其の児童は科学的に考える力を永遠に失ってしまう。自然界をより正確に認識するために、自然数と単純な図形を人間は考え出した。偉大なる発明である。そして数学はここから出発する。その出発点だけは、低学年で丸暗記しなければならない。 そのイメージが出来てから数学を考えることが出来るようになる。 イメージの出来ないうちは、電卓は数に対する基礎的な感覚を破壊する。

 理科や社会科は国語や算数の基盤の上に立つ。また科学は自然界だけでなく、人間の社会や心の世界さえも正確に理解する強力な手段を提供する。

 よって今でも「読み、書き、そろばん」は教育の基礎である。

4. 教科書について

 私は現在、数学の教科書の検定委員長をしている。よって小学校から高校までの全ての算数や数学の教科書に目を通す。そして、こんなことでいいのだろうかと考えてしまう。

 数学は考えるということが一番大切である。ゆとりを持って考えるためには算数や数学の時間を多くして具体的イメージのもとで十分考えさせなければいけない。しかし現実は逆の方向に進んでいる。少ない時間数の中では面白いところまで進んだとき、直ぐ次の話題に変わってしまう。これでは考える、と言う習慣が身に着かない。そして数学嫌いが多くなる。基礎的、基本的な知識や技能等を繰り返し学習させるなどして確実に習得させることは大切だが、それだけでは自ら学び、自ら考える力の育成にはならない。今までより内容を少なくし、やさしくしただけの教科書は失格である。成る程、と思わせる説明、少し工夫しなければ解けない問題などが随所にちりばめられているような教科書が多く作られることを期待したい。

 国語や算数を教える時間数が少ないので、しばらくの間は日本の科学技術は下降線をたどるだろう。自然や社会を正確に認識する力が衰えるだろう。しかしいつの日か全国民がそのことに気付き、国語や算数を時間を掛けて教えるようになるであろう。そのような日が早く来ることを期待したい。

5. 真理を求めて

 アメリカ映画「コンタクト」は次のような場面から始まる。宇宙から電波がとぎれとぎれ地球に届いた。そのとぎれる回数を数えてみると、2、3、5、7、11、13、17、、、97、となった。これらの数はこれ以上分解しない素数である。素数が自然に発生するわけがない。これは高度の知性を持った異星人からのサインだ、、、!私は此の映画を見たあと、自然数の性質は人類を越えた宇宙の真理なのだろうか、と考えてしまった。自然数は物事を正確に理解するために人間が作り出した言葉ならば、異星人にわかるはずがない。もしかしたら真理というのも人間が作り出した言葉に過ぎないのかも知れない。

しかしそうだとしても、真理は人間が作った最高の言葉である。そして真理に近づくために、物事を正確に理解しなければならない。そのためにも科学は大切だと思う。

「科学教育の危機」 上智大学 理博 和田秀男教授
          学士會会報 No.827 (2000-4) 130pp- 全文引用

言わせてもらお !:躾は親を映す鏡。

 書いて字の如く、躾は本人のためのモノ、子供を育てるのが、親のつとめなら、我が子が傍から見て心にも身にも、美しさを身につけるという、無形の財産を我が子に残してやるのが躾ると言う行為でしょう。

 A新聞の日曜版にもう10年以上、続投している欄に同名の、一寸エスプリが効いた、読者の小咄の投稿の欄があるのですが、今日の欄に、、、「牛乳!」と題して自分の子のことが書かれてありました。

  •  、、、食卓に座ると直ぐ命令口調で「牛乳!」と言っていた4歳になる息子を、
     都合で約半日、友人宅に預けた。息子は帰ってきてから「忙しいところ、済み
     ませんが、牛乳を下さい」と言うようになっていた。これからも時々預けようか!、、、

  • と言うモノ。

     皆さんはどう思われますか ? 私は、もし息子が、こんなに変わったら、とても預けた人に恥ずかしい。 とても息子4歳が自分の才覚で変わった、とは思わない、、、きっと友人宅でも食卓に座るや否や「牛乳!」をやって、忙しい台所主婦の友人に、諄々と諭されて、躾られたとしか思えませんから。我が家では手抜き親でこんな事さえ躾られず、親爺の「おい、ビール!」の真似して覚えた「牛乳!」をやっていた4歳の息子が、ひょっとすると「これは恥ずかしいこと」と感じて、急に改まった言葉遣いに直ったのではないか、「これからも時々預ける」とこれからも直るは直るモノの、我が家の躾の手抜きの恥を片っ端からサラケ出す様なことにならないかと心配してしまう。台所主婦は確かに気ぜわしいモノです。一々、躾て居られますかそんなモノ?と言う勿れ、預けられた友人はたった半日でモノの見事に躾て居るからこそ家に帰ってきても、我が子は、見違える言葉遣いに変わったじゃありませんか。何よりの証拠は、その言葉、冒頭に、「忙しいところ済みませんが、、、」友人もお忙しい中を手抜きせず噛んで含めるように諭されたのではなかったか、私にはそう思えました。

     柔道で言うなら、ワザあり、と言うより完全に一本取られています。親が心しなければ。 子供は親の言うことで育つのでなく親のすること親の背中を見て育つのです、手抜きをすれば手抜き人間に育ち親を親とも思わない人間に育つのです。口でいくら言ってもひっぱたいても親が「おい、ビール!」を改めない限り其の家で子供の「牛乳!」は直らないでしょう。だからといって安直に、友人の家に預ければよいモノでしょうか?大人も大反省しなければ今の子供の躾は直らない、もうそうゆう状態まで、堕落しています。

     F/JA2RM 在フランス 5年半、「自由」、「平等」、「思いやり」の三色旗の旗印が、このフランスの人々の生活の隅々まで行き届いていることを実感させられました。絶対個人主義のバックボーンは厳然として揺るがず、学校では外面を競うところではないのだから、運動会や、学芸会は一切有り得ません。子供の躾は、就学前に親又は大人社会が躾完了していることが就学や進学の大前提です。子供の躾は大人の責任です。人の子供でも子供がモラルに反すれば、その場で親以外の他人しか居なくても大人が注意します、小さな子供でも言うことを効かなければ、他人の大人でもぶちます。そんな、世の中のルールが守れない人のまま大人に成られては、大人社会が全体迷惑するからです。ぶつと言っても、頭ではありません。

    日本人は可愛いね、と言っても直ぐ頭を撫でたりこらと窘めるときでも簡単に頭を押したりしますが、外国では、隣の中国でさえ簡単に頭を撫でたり圧したりはしません、頭に触ることは、辱めることを意味します。西洋でも撫でたりぶったりは頭にはしません。ぶつのはお尻です。フランスでは、2-3歳までに燃料をたいているストーヴは、一見黒くても熱くて火傷することを身を以て教えます。特に男の子には。親が未だ教えていないと解れば、隣近所の小父さんや、お客に来た親戚や友人が、何だ駄目じゃないか小さい内に教えないと知らずに触って火傷したら可哀想じゃないか、、、と言って、その場で教えます。ストーブに其の子の指の先を圧し当てて、軽い火傷させるのです。今の日本の親は、そんな可哀想なこと、、、とストーブが熱いこと、火が燃え移ることを教えておかないから、子供が知らずに火傷したり側に紙が飛んでいっても気付かず火事になって子供ばかりが留守番中に焼け死ぬ可哀想な事故が絶えなくなりました。可哀想だからと教えないのは、結果的に可哀想な状態に放っておくことを意味するのです。2-3歳で肝に銘じたことは、非常事態の中でも咄嗟に思い出せる貴重な記憶になるからこの時期に教えるのです。この時期に教えない方が可哀想なのです。日本人の最近の考え方には大人の、親の、「身勝手な思惑」が多すぎる様です。一番可哀想なのが、「可哀想だから」と知らされない子供のままで大人にさせられる、17歳的大人でしょう。ゲーム以外は何にも知らなかったりして。

     映画には映倫と称する組織があって未成年に見せてはいけない映画を決めてますが、ゲームにも「ゲー倫」と言うのをつくって、躾や教育上よろしくないゲームや猫犬動物ましてや人を簡単にあやめるようなゲームは、作って売る方にドンドン課税するなどは、IT革命の一環として佳いのじゃないかな? 政策的にも文部省推薦じゃないのかな。  お歴々。

    オリンピック・セレナーデ:鮫肌水着の秘密

     バルセロナ五輪の頃から、競泳の記録の100分の1単位の争いに勝つには、水着の抵抗を減らすことも大切なことと言われてきました。アシカやアザラシ、ウナギの肌、ツルッとかヌルッとがいいとか、撥水性のシリコン繊維は水を弾いていいだろうとか言われたのは今や、昔の技術になったようです。

     今年のシドニー五輪は、各国の水着布地メーカーのオリンピックでもあったようです。

     各国の水着布地の焦点は「鮫肌」メカニズムに絞られていたようでした。

     「鮫肌」って、ご存じですか? 昔から、逆撫でしたら大変、で知られお寿司屋さんや、魚の刺身用のワサビおろしの究極のおろし金は、鮫皮に限ると言われたモノです。順方向に撫でれば、殆ど引っかかることはありませんが、非常に細かい凹凸の上を滑っていく感じでイマイチ、アシカやアザラシの皮膚には叶わない感じですよね?

     水というモノが、空気のように固まろうとする力が殆どないと考えると、此の感覚は、 正しいようです。一方、木を切るとき直刃のナイフと鋸では、どちらが早く切れますか?ぶっちぎりで鋸に軍配でしょう。此の、木ほどではなくても水に相互に、塊になろうとする力が働いているとすると、十分に細かい刃の鋸効果で、じっとしている水同志の間を裂く様な働きが、僅かながら常に働くのが、プラスに働くらしいのです。鮫の肌は、数千万年の鮫としての進化の過程で、自然にじっとしている水を急に切り裂いて突き進むに究極最適の抵抗回避のサメハダ構造に進化していたのだそうです。シリコン繊維の撥水性も、アシかやアザラシのすべすべもそれぞれ、水の抵抗低減に有効なことは間違いないのですが、サメハダの計算し尽くされた水抵抗回避性は、一見細かい凹凸でも全く馬鹿には出来ないモノであったようです。

     こうして、従来は、水抵抗性を実験するのに、水着を付けた人形を静止させて水の方を流して測るのと、水を静止させて水着人形に水を切り裂いて走らせるのとはほぼイコールと考えていたのを改めて、実験したところ、色々なことが判ったらしいのです。今のところ各社とも企業秘密ですが、目の鱗が落ちるほどの進展があったようですね。 あのザラザラに見えるサメハダにそのような秘密が一杯隠されていたとは、驚きでしたね。更にその事からの波及効果も出ているのです。

     水着は、抵抗を作る媒体が水でしたが、飛行機や自動車や新幹線では、切り裂いて走る相手媒体は空気です。空気では鮫肌の効果のような代表的具体的な自然物が見当たらないようです。しかし、コンピューター解析によって、最適な、センサーとアクチュエーターを組み合わせることによって流体制御をすることで表皮構造で、空気抵抗を際だって低減可能な「スマート・スキン」が開発され、此の「スマートスキン」を飛行機や、自動車ボデイーに応用すると空気抵抗を従来より更に低減することが可能になったのでした。勿論鮫肌の凹凸より更に小さい(相手が空気ですから)抵抗吸収フラップで、25マイクロメートル程度のアクチュエーターをその程度のオーダーの距離間隔で沢山表皮状に配置するわけで、センサーは更に小さいようです。これからの時代、全ての技術はオリンピック並みに、細かい神経でもって、開発され競い合って行くことになるのですねえ。

    パピイ・ニュウス:田無市保谷市JCC#1018#1017は消滅

     坂上田村麻呂以来1000年の征夷将軍の参謀格、尉殿(じょうどの)達の宿駅として歴史ある田無と保谷が合併して人口約30万の西東京市という名の、今度は一転して、無味乾燥度100%の名前の市として2001年1月21日から発足する事になり、JCC#1017とJCC#1018が消滅します。 JARLの発表は未だですが、JCC#1030 (西東京市)になりそうです。

     そのせいか、あらずか、此の10月、坂上田村麻呂以来の征夷将軍麾下の尉殿達を祀ってその名も尉殿大権現として長いこと崇められた、今は、田無神社が、江戸後期の江戸彫物御三家の1神田川、島村俊表の手になる((万延元年(1860)作))本殿が、殆ど傷みもなく保全されていたことが確認され、晴れて東京都の指定文化財に登録されました。因みに、神田鍛冶橋の掛かっていた神田川は、私が上京した昭和25年((1950))に埋め立てられてしまいましたが。

     西東京市、味も素っ気もない此の名前、田無保谷の、有権者意見投票の結果、45%程の1万3千余票の得票で第1位当選した、新市名なのだそうです。その名の由来は、つい先年田無市の西のはずれ、海抜22mの一番高いところに建てられた、MGA無線の鉄塔、田無タワーの正式名称が、西東京タワーというのだそうで、これに因んだモノと言うことです。

     ただ、此の西東京タワー、展望台は、初め、開設後は暫く公開されるとのことだったのですが、そのテープカットの日、最初の登り初めの3組の老夫婦の初めの組がエレベーターからデッキにおりる際、エレベーターレベルが「だんち」で躓いてすっころんで大怪我してしまいお祝いも途中中止という縁起でもない事になって以後公開中止で今日に及んでいるのですが大丈夫ですかねえ? かなり強烈なケチが付いている名前なのですが。

     合併しても、町名がダブル町は田無本町と、保谷本町のみで、それぞれ「本」抜きになるだけで、他は全く変わりなし、昭和27年に始まって、48年越し繰り返した合併話、途中団地名を市名にしようとして、美空ひばり後援会からまじめに、クレームされた「ひばりがおかし」はとうとう実現せず、両市に跨っていた、ままこの田無市ひばりが丘は、西東京市ひばりが丘3丁目として保谷市側の1-2丁目とやっと繋がり呼び名になりました。

     消滅予定の田無市、各バンドで、サービスしています。ご希望の向きは、SWLワッチして捕まえて下さい。メールリクエストは、本来邪道と考えます。新市誕生後は、新市移動サーヴィス専門の連中がワンサカやってくることでしょうが。 無味乾燥度100%の市名になりますが、お見捨てなく宜敷。


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