爺怪説:問題の本質2 円周率は約3でいいか?

 ユダヤ教の信者ならそれでなければなりません。 皆さんもご存じ、ユダヤ教の聖典、「旧約聖書」にははっきりそのことが書かれています。 旧約聖書・列王記伝上7章23節「そこで彼は鋳物で海を作った。 その縁から向こうの縁までは10キュウピトで、周囲は円形、高さは5キュウピト、その廻りを測るには30キュウピトの縄を必要とした。」と。 これから読みとれる円周率は、紛れもない3.00だからです。 文科省には、ユダヤ教の方が頑張って居られるのでしょうかね。 信教の自由は憲法で保証されていますが、教育に宗教の教義をコポッとはめ込むのはどうでしょうかね。

 というのはこれ以外の円周率の歴史には、3というのは大昔から世界中に現れたことがない文化なのです。 日本の小学校の教科にだけ最近コポッと現れた特殊な文化なのです。 本当に大丈夫なのでしょうね。 先ず円周率の歴史を振り返ってみましょうね。

 円周率だけでなく、数学の問題と解が現れた世界で最も古いとされるリンド・パピルス(又の名をアーメス・パピルスBC4000-3000頃)には直径から円の面積を求める例題が残っており、逆算すれば、円周率にどんな数字が当時使われた円周率だったか判る。 円の面積を求めるには「差渡しの距離からその9分の1を減じ、その残りを2乗せよ」から円周率を逆算すると、ナンデカ、3.16049・・・と言う数字がえられる。 何処から9分の1という数字が得られたかは未だに判らない。 又麦ビールが存在したとされるシュメール文化では3では足らず、少なくとも8分の1を足さねばならぬとされた、つまり、3.125以上が法定範囲だったようです。 この頃のヘブライ(BC2000頃)では22/7つまり3.1428・・・と決めたようです。

 ぐっと時代ががキリスト生誕に近づいたBC200年代、ギリシャのアルキメデスは近代まで同じ技法で計算された、圓に内接する正多角形と圓に外接する正多角形に挟んで絞っていく方法で、正96角形に挟んで3+(10/71)<円周率<3+(1/7)で、小数点以下2桁まで、即ち、3.14までを確定している。

 この方法から敷衍して中国では、5世紀に、既に祖 沖之(429-500)が、最も近い分数として355/113を提案している。 現在8桁電卓に円周率を置数するときに極めて便利な分数として名高い小数点以下7桁目が2違いだけのヨーロッパではメデイウス(1527-1607)の分数といわれるモノだが、残念ながら祖沖之の方が1000年も早く算出している。 メデイウスと同年代の、オランダのルドルフ(1540-1610)は、同じく同年代のヴィエタ(1540-1603)が6x2^16乗正多角形で小数点以下10桁まで、ロマヌス(1561-1615)が6x2^24乗正多角形で少数15桁を計算したのを尻目に生涯を賭けて、6x2^62乗正多角形計算で少数35桁までを算出発表し度肝を抜いた。 中国人で算盤の出来る者を多く雇って計算を手伝わせたらしいがその詳細ソフトは判っていない。 オランダ・ドイツでは今日でも円周率は、ルドルフ数と呼ばれている。

 日本では、飛鳥・白鳳には既に大工匠頭の家伝秘法の大木丸太からどれだけの角材が削り出せるかの曲尺が存在した。 円周を考えなければピタゴラスの定理だが、木を切り倒してからでは取り返しの着かない大昔、木の周囲を測って、何尺角の柱が得られるか判らなければならなっかったのです。 法隆寺建立には既にその時奉納された曲尺が少なくとも3個、残っていて、後年試されたがそれらから推定逆算された円周率はそれぞれ、3.15、3.14.3.16であったと数学者矢野健太郎さんが書いて居られる。 比較的正確なのは作図法であって数字を口伝したモノではないことによる。 この曲尺は中国から伝わった原型を模写したモノらしいから中国では既に355/113が秘伝・奥義として唐や随の代にこれら官職の間で口伝秘法として伝わっていた可能性も無しとしない。 日本では糸車付の墨壺とこの曲尺が、大工の父子相伝の家宝で伝わり、円周率が一人歩きする必要は千年を超えてなかったモノと思われる。

 江戸時代になって、和算絵馬がはやり、和算が弄ばれるようになって、和算天才・関孝和が2^17乗正多角形で、少数13桁までを計算している。 矢野健太郎氏によれば、師の師小倉先生は、1622年毛利重能「割り算書」に円周率としては、3.16 を挙げているが、根拠は示されて居ず、又1663年に村松茂清の「算俎」に初めて3.14が現れているがこれも計算根拠は示されず出典も記されて居ないと指摘されたよし。 小倉先生の岩波新書の「日本の数学」は既に20年以上も前に絶版されており、残念ながら調べられませんでした。 更に関塾の出の蒲田俊清は晩年まで掛かって、正2^44乗多角形を用いて、少数第25桁まで求めているそうである。

 その後ヨーロッパでは、三角関数の見直しが非常に盛んになって、そこへニュートン開発の微分・積分の考え方から、三角関数の級数展開が盛んに考えられ、18世紀の逆三角関数の級数展開が進み、この手法を用いた円周率の級数展開が公式化されるともう後は計算の根気比べ。 先般話題になった次世代コンピューターによる1兆桁計算もこの級数展開公式によるモノのようです。

 前回、小学校では円周率は3乃至およそ3と教えるようになった様です、と書きました。 これが本当だと、リンドパピルス以前にタイムスリップです。それで、近所の先生の卵の学生さんにお願いして調べて貰いました。 その答えは、「学習指導要領」によれば、「円周率はおよそ3.14と教え、計算などの「必要に応じて3を用いる」」と言う不可解な文字が見えるよし。 で色々考えてみたのですが、実際問題、少数2桁の答えが必要なケースがどれほどあるのか考えてみると、確かに3で計算できることの妥当性がないわけでもなさそうだと言うことになってきました。 文章として読むと計算が雑になってしまっておいおいという事になるかと思ったのでしたが、意外や意外、円周率はおよそ3.14であれば結構で、計算の殆どは3で計算して、答えにおよそを付ければ少数1桁までなら心配はないんですねえ。 恐れ入りました。 つまりBC2000頃のシュメール以前にタイムスリップして、発泡酒でない麦ビールを飲め-る、そして、円周率は3+(1/7)としたらいいと言うことのようです。 計算に少数位が必要なければ殆ど3で計算し少数位2桁が必要なら3.14使ったらいいと言う事です。

 ただこのことを調べていただいた序でに先生卵君、昨年末、文部科学省が発表した学力テストの結果にあった、円周率の定義である「円周の長さは円の直径の何倍か」という問いに、円周率を習ったばかりの小学5年生で正しく答えられたのは僅かに3分の1というデーターであったそうで。 円周率とは何かも判らないのに、「必要に応じて3を用いる」事は不可能でしょう。 と彼はこちらを心配して落ち込んでいました。

 いずれにしても悩みは尽きず、且つ深いようです。(この稿終)

 

パピイのフランス話:野菜 de フランス

 最近のNHKは割と平気でウソを言うので困る。まあ脳梗塞したのであんまり腹が立たなくなったので大抵は許して置くが、むかしのNHKに比べると、アナウンサーの発音も、単語理解も、知らなさ過ぎも、レベルダウンだね。 金取ってない民放に金取ってなんぼが負けているように思えてならない。 金が取れる番組にしようと云う意気込みあるんかい?と言いたい時がある。 いちいち爪の先ほどのことに目くじら立てとうはない。 だからこそ、ちゃんと勉強し、ちゃんとダブるチェックをして貰いたいモノだ。 少々のことならどうせ聴取料は銀行引き落としこっちのモノ、では困り末世絵!。

 先日も先日とて、お昼のご飯を、休み休み食べながら、聞いていると、一寸待った、云いたいかも知れないがそれは休み休み云った方がいいぞと言う事をかなり古株の女アナウンサーが云い、山形訛りの外人が相づちうっていた。 そうだそうだ思い出した。富里市の農家で、彼女もゴンボ堀していた。 富里市は、成田空港に勤務する人の大半が此処の新興住宅地に移り住んで、人口が急増した、学校も幾つもできた市とか云っていた。 その辺は適当に云うてたらええ。 問題はゴンボの話。 根のモノは大抵極寒の冬が美味しい。 水中の根っこも、クワイにしろレンコンにしろ2月。 彼女のおみ足風の大根も寒風吹きさらして甘みを増す。 牛蒡もそうだ。 フランスには牛蒡が2月に出てきてきんぴら牛蒡したら腰が抜けて大失敗だったなあ。 と昔を懐かしんだ途端、アナウンサーがなんと云ったと思います? 「日本と中国の極一部だけしか食べる習慣のない牛蒡、、、フランス料理にも当然出てきません、、、」止して頂戴ね。 何年フランスで生活して云って居るの? スーパーにも出てきますよ、黒い皮の大根が出て、近年白い日本の三浦大根形の一寸小振りの大根も出るようになった2月、大抵のスーパーに牛蒡が出る。 期間は短い。 ヒト入荷くらい。 しかし後の一年間探せば必ずビン詰めの牛蒡がスーパーの棚にある。 それも山形外人が云う木の根っこかと思って歯が軋む程格闘しなくても良いくたくたふにゃふにゃにやになる牛蒡が。 そのアナウンサーによると、最近は富里の牛蒡は改良種で、皮むきや灰汁抜きなどは必要がないと云っていましたが、私が住み込んだ18年前の2月のフランスの牛蒡は既に、熱湯3分でくたくた、インスタントラーメンの麺並みでしたよ。 3月に日本から社員が団体で来るので、フランス飯は見るのもいや人種のために、フランス牛蒡のきんぴら牛蒡は歯ごたえないから、アメリカでも好評のきんぴら牛蒡にした。 山形外人はアメリカではきんぴら牛蒡はないと云ったが、私はオハイオ州に住んだとき、田舎の町の日本人会が月に一回日本食を楽しむ土曜日のためにきんぴら牛蒡を作って、毎回作ってと云われました。 此処で、家庭で、きんぴら牛蒡を作るためには、当時、カナダのオタワにあった「大友」さんという東洋食品の店で色々買い込む序でに牛蒡も掘り出して貰って買ってくるのだそうでした。 あのきんぴら牛蒡の何とも言えぬシャキシャキ感は、日本古来の牛蒡でこそのモノで、お湯でほとびるインスタントラーメン的牛蒡では幻滅でしかありません。 同じ菊科の、タンポポの根に指名代打させます。 山牛蒡と云われて漬け物には重宝されるモリアザミの根は、あるところまでは硬すぎ、そしてある瞬間ベタッと腰が抜ける代物で、きんぴら牛蒡には全く向きません。あれは味噌漬け用のモノです。

 フランスのスーパーや八百屋の売り方で、日本から行ったご婦人は、慌てます。 菠薐草の葉は一本一本バラバラの葉が、山積みされていて、自分で欲しいだけ掴んで、紙袋に入れて買うのです。 どうせ、腸の短すぎる彼らには菠薐草はくたくたに茹でて、しゃもじで引っかき回してペースト状にして食べるのですから。 文化の違いって奴ですわ。 文化の違いは他に名前の入れ替わりもあります。 あなたがもし、アメリカか日本から、フランスに転勤したとしましょう。 3月。 アメリカや日本で、チコリと言った一寸苦味ばしった何かの芽状の紡錘形の黄みがかった白い野菜が、フランスではアンデイヴです。 チコリに相当するシコリ・フリゼはリーフレタスと水菜の合いも子のような葉菜で、一株毎に売られます。 アメリカや日本ではこれがエンダイヴですね。 全くこの二つが入れ替わった名前で呼ばれます。 何時何故、入れ替わったのか判らないようですね。 尋ねてもいずれも昔から!って答えますよ。 不思議ですね。

 パリに住んだり稀にパリに出てスーパーへ入ったりすると日本の方ですかと呼び止められ、ゴマは何処で売って居ますかと聞かれます。 売っていないんじゃない。と決めつけるヒトも居ます。 このアナウンサーはひょっとかするとその手かも。 いえいえ、これでもかという程も買えますよ。 スーパーを出てエピッサリーと言うスパイス屋へ入ります。 「開けゴマ!」どれだけ要りますか?とサラダボウル程から始まりますよ。 サラダボウルいっぱい胡麻買ってどうする? もっと小さいの、いえいえもっとずっとずっと小さいの。 と言葉探すくらいなら手で示しなさいっての。 この時ばかりはボデイ・ラングエッジなの。 少量買うときは入れ物持っていくの。 その辺にある入れ物に入れてくれたからサービスだろうって。 だからお前さん甘いってんだよ。 入れ物代の方が大抵高いんだよ。 「ハイ中身15フランと、それに容器が安くしといて60フランだね。」なんて事になる。 日本では空になったら直ぐ捨てる癖、フランスに住むと2年で直ります。 日本はアメリカの使い捨て文明に完全に毒されています。 「資源は有限・智恵は無限」と言うほどでもないが、エピッサリへは空になったビンを持っていけば、サラダボウルのお世話になることもなく必要な量だけバッチリ買えるのでした。最も合理的売買です。

 一寸変わっているのはネギです。 日本のネギ、韓国のパ、中国の葱(ツアン)、いずれも円柱状の丸葉葱ですが、フランスのポアロウは茎の極根本だけが円柱状、直ぐ平葉が開いて出る。 白い部分5糎かな。 関東から外へ出て住んだことがない人は喰う所ガないぞ!!って叫ぶわ。 白い所から青い所まで、蒸し器で蒸して、くたくたにして食べる。 人呼んで「貧乏人のアスパラガス」と言う。 彼らは上にも云ったが、腸が短い。 消化のいい肉ばかりでは糞詰まりを起こす。 メッチャ苦しいモノらしい。 これを予防するには、金持ちはアスパラガスを一日おきに食べる。 毎日昼の野菜添えは菠薐草ペーストにする、週2位はアリコベールがいいのだが、貧乏人はアスパラには手が届かない。 葱で我慢するというわけ。 普通のスーパーにはピーマンは見あたらない。 色付いたパプリカはある。 日曜日にも開店している郊外の道路沿いの八百屋に行くとあることがある。 これらはクリスチャンでない人々の経営になる八百屋。 宗教も違えば食文化も異なる。 それに青いうちに実を採れば次次実が生り、コストは1/4くらい、香りもいいとこの人達は云う。 フランス人はこの青臭い匂いは苦手、だから、色ついて匂いが抜けた高いパプリカしか食べられない。 日本の小学生並み。

 フランスには洞窟が多い、壁画で名高いラスコウとか、はその一つに過ぎない。 そこいらじゅうにある。 殆どの洞穴ではキノコの栽培がされている。 クロマニオン人の昔から人間は蜂蜜と、キノコと貝は食べていた。 キノコの乾いた粉で一杯だった洞窟も数多く見つかったモノらしい。 この乾いたキノコの粉は、火打ち石で火をおこすとき火の粉を炎に育てる役をしたらしい。 この時代の人間はキノコの有毒無毒を充分弁別できるように良く知っていたらしい。 これらの穴では、今もキノコの栽培が盛ん。 シャンピニオン・ドウ・パリ味も匂いも素っ気もカロリーもない。 生でそのまま食べる。 何も付けない。 自然の味があると云うが。 何か味が欲しいが、醤油はあわない。 そのせいでもないだろうが、シャンピニオンドウパリは生産過剰気味で、値崩れ起こしやすく、栽培利益が得にくくなり名前を忘れたが、舞茸に似た形で秋口には黄色を帯びるキノコが栽培されるようになった。 自然にも秋には取れ、但し色が黄色もオレンジも鮮やかで、ひょっとして毒ではないかという感じがする。 その他ノルマンデイーでは6種くらいのキノコが秋にはマーケットに並びました。 いずれも野生の採取したモノとのこと、誰が無毒と保証できるのか、破れ傘に近いモノもあり心配でした。 松茸や椎茸のようなのはありません、アフリカ、アルジェリアには9月下旬頃、松茸そっくりのキノコが松林などに生えるそうです。 松と言っても裸子松、松ぼっくり型でなくいわゆる松の実型の松らしいですが、形はそっくりですが、味も素っ気も匂いもないのだそうです。 赤松から育てて赤松林を作りこのキノコを栽培したら松茸にならないか、住み込んで研究している親子があるとか。

 同じ穴の中でも、岩洞では出来ないらしいのがアスパラで、日本で、ウド栽培するような地下洞や横穴式に掘り抜いた穴の中に牧草の蒸れたのを深く埋めて、ドンドン灰のような砂で埋めていって、あのでかいが柔らかいシャトウ・ブリヨンなどを栽培するようです。 キノコよりは余程栽培手間が掛かるようです。 水温もかなり重要な要素とのことでした。 栽培する土地も限られ簡単にはいいアスパラを育てるというわけには行かないそうです。 上記以外のモ日本のモノと殆ど変わりません。 あちらにあって、こちらにない、というモノもありませんし人参も日本で三寸人参と言うのが主流です。 大体フランスは農業国で自給自足ですが、季節によって不足分をジャガイモはドイツから玉葱、トマト、葱はイタリアから、胡瓜はレバノンから、苺西瓜はスペインから、手当しているようです。

 

昔の雑誌から:科学スポットライト

(子供の科学:昭和8年6月号690頁)(70年前)

◇エヴェレスト探検の成功:
 人類の接近を峻拒して、そそり立つ世界の屋根海抜2萬9千フィートのエヴェレスト山も遂に今回イギリスのヒューストン探検隊によって其の全貌を明らかにされるに至った。 ヒューストン探検隊は去る4月3日午前8時25分、バーニアの根拠地を2台の飛行機で出発し深さ3マイルの靄を突破してエヴェレスト山頂に達し、3萬フィートの高空より此の秘峰や及びこれを取り巻くK2峰やカンチェンジュンガ等の素晴らしい観測に成功した。 そして活動写真や赤外線写真でもって、此の人類未知の境域を全部写し取ったから、これらの秘境が世界の人々前にあばき出されるのも間もないことであろう。

◇アクロン号の墜落:
 アメリカ海軍が誇る世界最大の飛行船アクロン号は、去月四日ニュージャーシー州バーネット沖合20海里の地点を航行中に大暴風雨に遭遇し、烈風と雷雨のために墜落海中に没してしまった。 乗員七十七名中救助されたのは僅か三名、他は全部巨船と運命を共にした。 同船は、1931年8月8日に竣工した物で、船体の全長230メートル、最大直径45メートル、高さ48メートル、発動機は八台各580馬力、総馬力4640馬力、時速90キロ、最大速度134キロ/時、一気に16800キロを飛ぶことが出来、飛行機の母船にもなるという恐るべき威力を持っていた物である。

◇メーコン号の完成:
 オハイオ州のアクロンのグッドイヤー・ツエッペリン会社に於いて建造中のアメリカ海軍の硬式飛行船メーコン号が、このほど完成されて、11時間の処女飛行を行った。 同船は去月海中に没落したアクロン号の姉妹船として建造された物で、其の威力はアクロン号よりはるかに勝っていると言われている。 アクロン号の惨事があってより僅か半月にして此の完成である2船の雄姿も今は夢と消えた。 アメリカの憾みは大きい。

◇二つに折れる自動車:
 オランダに二つに折れ曲がることが出来る風変わりな自動車が出来た。 見かけは余り上等でないが、急カーブの所でも首を折って自由に曲がって行く事が出来るので交通上も至極安全だそうである。 第1号はバスで、乗客は50人。 [氷室註:現代のトレーラートラックのトレーラーを外してエンジン部を外したボンネットバスに乗せ変えたような写真がでています。トレーラバスとでも言うべきか。写真略]

◇電気大砲で石油を採る:
 有名な石油の産地カリフォルニア州には最早不用になった石油井戸が沢山あるが、色々研究した結果これを復活させることに大成功した。 即ち、3重にも4重にもなっている鋼鉄の管を地下何千尺の所まで突き刺してそこから弾丸を四方へ射出してみるのである。 勿論弾丸は非常に硬い物でこれに恐ろしい力を与えて打ち出すのである。 此の方法で、1929年来涸れて出なくなっていた井戸の底に突き刺して試してみたところ地下2千400フィートのところで、4回射出したところ石油が湧きだしてきた。 85回目には一日に平均1バーレルの石油をくみ取ることが出来た。 弾丸を打ち出すには特別の電気装置がしてあって、人力では到底掘ることが出来ないような深いところへは今後此の方法が用いられるだろう。 実験者は、1萬フィートまでは此の方法が出来ると言っている。

◇大風車で電気を起こす:
 風の力を最大限に利用して電力を起こす風車をベンドマンというドイツ人技師が考案した。 この風車は同心円の軌道の上に乗っていて、いずれの方向から吹いてくる風でもりようして巧みに受ける仕組みになっている。 軌道の直径260フィート風車の高さは600フィートという巨大な物である。

◇温度の塔:
 この夏開かれるワシントンの大博覧会では、28フィートの大寒暖計の塔を設けてその日その日の温度を数万の入場者に一目でわからせようと言う計画がある。 塔の中央に水銀を表すネオンライトの大円柱があって度盛りがしてある。 そして温度の高下に従って、ネオンライトが上がったり下がったりする。

◇薄紙で出来たX線管:
 薄紙で出来たX線管はガラスのそれよりも強いことが証明された。 マサチュウセッツ州のラヴンドヒルで造られた1千万ヴォルトの発電機でこの二つのX線管試したところ、紙のX線管は30萬ボルトの電圧に耐えたがガラスの物は、この程度以上になるとパンクしてしまった。 この紙製のX線管は長さ4フィートの円筒状の物であった。 尚このx線管の表面にはインデイアインクが螺旋状に蒔かれていて、これが電圧の抵抗に役立ったという。

◇長岡将軍逝く:
 我が航空界の恩人陸軍中将長岡外史将軍は四月二十一日午後9時逝去した。 享年76。 将軍は飛行機のことで生涯を終始した人で、永らく帝国飛行協会の副会長や飛行クラブの理事長として働き、我が国民間飛行のために貢献したことは非常なモノであった。 又高田師団長時代に我が国に初めてスキーを輸入して広めた、スキーの恩人でもあった。 尚将軍の髭は有名なモノで髭の将軍の異名もあった。 今後も将軍の益々の活躍努力を待つこと多々あるときの突然の逝去は惜しまれている。


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