パピイの昔噺:日本全国鉄道敷設の槌音高く「其の1:九州篇」

「佐賀-鳥栖間の工事終わる:(明治24年6月24日九州日々)」
九鉄、鳥栖-佐賀間の工事、鳥栖・佐賀間11哩余の九鉄工事は本月末までに竣工予定なりしも、春日、高瀬工事の検査として、原口技師出張ありしにつき、今度是非ともその検査をうけんと、担当技師野辺地氏が自ら草鞋を穿ちて、技手・工夫を督励し昼夜兼業にて取り急ぎたるを以て、工事にわかに捗り、一昨日神崎に於いて連接する事となりたるよし。 もっとも該線路は沼沢を埋め立てたる所多くして地盤堅固ならざるにより数十回機関車の運転を試みたる上にあらざれば受験の場合に至るまじとあり。

「春日-高瀬間汽車の旅、窓外に田原坂(明治24年6月30日九州日々)」
春日、高瀬間の汽車の栞 昨日といい今日と暮らして飛鳥川 げに流れて早きは月日なり。 開けて駐まざるは物質文明の現象なり。吾人が久しく待ち構えたる九州鉄道は、先日来既に昼夜の別なく盛んに隆々汽笛の声を漏らし、我が熊本市民の耳朶を衝きて到り明7月1日には予報の如くいよいよ開通式を挙行して、営業を始める事とはなれり。 吾人は耳目の責任を有するを以て、此処にこの1時間7里行程の案内をモノして我が読者の便に供せんに、春日 池田の両停車場は過日来既にしばしば報道したる如くなれば略しぬ。 荻迫即ち植木の停車場は植木町を距るおよそ7合ばかりの所にあり場内極めて狭隘なり。 既成の建築はただ切符売捌所の1棟のみ、他に2棟の瓦葺きと1棟の草葺きとは目下建設中にてこれはいずれも乗客の待合に充つべきものなるべしと思わる。 植木の西端より萩迫の間に新道を開くの必要ありて、その噂はあれども未だ実際着手の運びに到らざりしは遺憾と謂いつべし。 木葉町に1つの停車場を設うくるの説ありて、建設課の設計既に結了しおれども運輸課の見込みは運輸頻繁ならざる今日これを設うくるも、計算上引き合うまじとの事なれば、将来はともかく先ず当分見合わすことならんと言えば汽車開通の便は先ず熊本、高瀬間に在ることなるべく、植木町を北行して山本郡那智の開鑿切割は高さおよそ100尺にしてこの間中の難工事たり。 人力を費やしたること少々にあらず。 春日村よりこれに到るは終始小登りにて、勾配は八十分の1なればもとより頗る緩慢なる方なり。 この辺りすべて山を穿ち谷を埋めたるものにて線路の地位はなはだ高ければ、電信柱は遥か眼下に見下ろすことを得べく漸く進みて有名なる田原坂に到れば、樹林の肩に襟勲の碑認むべく、また波璃窓外遥かに木葉山を右に望めば近山の峯ランこれに剣し、翠黛これに滴らんと欲するの趣あり。 (氷室註==李白・杜甫の漢詩からの引用熟語多くワープロにない字が多いので以下略します。) 春日-高瀬間の九鉄開通の仮運転式には、例の如く、諸官が、諸会社その他数多の紳士紳商等に向かって、招待状を発する予定の由なるが、当日の来賓は午前六時、一同春日停車場より乗車せしめ、高瀬駅を経て九時博多停車場まで運転し、福博地方の賓客を乗せて正午高瀬停車場に下り、同所に於いて賓客一同に午餐酒肴を饗し終わりて、春日停車場に帰向するとの事なり。((後略))

「第六区開通式の様子(明治24年7月2日 九州日々)」
九州鉄道第六区開通式の概況、同開通式は予定の如く昨日を以て執行したり。 同日は前日来の降雨にて天気如何と懸念せしが、幸いに一天かき曇りしだけにて、降雨なかりしかば、熊本停車場前の雑踏言わん方なく新橋以前停車場までは両側に球燈を吊し、梅花支店、熊本商工青年会、佐賀振業社その他より寄付せしアーチは雨余いっそうの新翠を呈し、停車場の近傍の貨物問屋等、競って、旭旗、紅灯、短旗等を縦横に吊りかざし、午前十一時頃より土木会社、吉田組より餅投げをなせしかば、群衆の人々我を先に争い取る様すさまじき有様にて、土地泥濘のために美服を汚せし婦人方もありし波気の毒の至りなりし。 十二時前即ち来賓の式場に臨む折から、万日山下から藤門弥一氏列寄付の花火を打ち上げ構内へ出来せし仮屋にては春日村有志の寄付せし相撲を始め午後は手踊りなどありてこれまた非常の喝采を博したり。(後略)

「長崎線開設は中止(明治24年11月20日朝野新聞)」
九州鉄道会社社長高橋新吉氏は去る13日の夜長崎市参事会及び市会議員の招待に応じて、九州鉄道の方針につきその意見を陳述したるが、氏は目下金融停滞、株金募集の困難なるより、ひとまず長崎線路を敷設せざる事に決定せる旨を断言せり。 且つ氏一個の意見としては、私設鉄道買い上げの議、議会を通過したる上は、九州鉄道は買い上げに応ずるこそ九州地方人民の利益なれとの意を開陳せりという。

パピイの昔噺:牛乳

「純良品供給のため東京乳牛倶楽部設立(明治21年5月15日 毎日)」
東京乳牛倶楽部 前田留吉、小野寺太三郎、福原有信、雨宮綾太郎諸氏を始め、その他4−5名有力家の発起にて、医師樫村清徳、松山棟庵、安藤正胤、高松凌雲、吉村文次、加藤時次郎、鈴木万次郎その他数十名と協議し、今度設立する同倶楽部は、市街に遠隔なる広褐の地に養牛場を設け、健康なる乳牛を飼養し化学者をして一々乳汁を検査し、滋養に富めるものを世人の需要に供するの目的にて、資本金は十万円としこれを五千株に分かち、1株20円宛、さし向き払い込みは本年中に半額10円とし、他の半額は、事業の拡張によりて、払い込むはずなり。その創立事務所は、当分京橋区八官町1番地香雪堂に置くという。

 

爺怪説:問題の本質3:円周率は3でいいか?東大入試出題

 驚きました。 「冗談半分で書いて居られたのでしょうが、、、」と言う書き出しで、一読者という方から、お手紙を戴きました。 要約しますと、丁度私が原稿を書いた頃、天下の東大の今年の入学試験の数学(理系)の出題(第6問)で「円周率が3.05より大きいことを証明せよ」と言うのがあったそうです。 いやあーまいった、参った成田さん。 ホントに偶然なんでしょうか? この稿を読まれた方々は何とか解を求められそうでしょうね。 、、、より大きいことを、ですから、アルキメデスの方法の内の、圓に内接する正多角形の辺周を求める手法で、2^10乗以上角形の辺周を求めれば、3.05よりは充分大きくなるでしょうが、不等方程式を解けば正12角形以上の多角形計算だそうです。 又アルキメデスのような3.14を得たいなら正57角形以上の正多角形計算のようです。 それにしても、ビックリするようないいタイミングで、爺怪説していたんですねえ。 そんなのがひょっとかすると東大の入試問題に出たりして、、、なんて書かなくて良かったでした。 「東大入試問題インターネットで漏洩か?」なんて騒ぎになったりして。 ーーー良かった良かった。

 このことから察するに少なくともこの東大の数学の先生は、円周率は3でいいとする教育には反対、少なくとも四捨五入しても3.0にはならない3.05以上はあるよと、この春東大理系を受験した人には主張させてみたかったのかも知れません。 正解率が知りたいモノですね。 東大でなくても、数学専攻でなくても理工学系志望の人たちには円周率の歴史くらいは関心を持って貰いたい、そんな気がするこの頃です。 この出題は私はもろ手を挙げて賛成したいですね。

 因みに、私どもが、旧制中学の初年生の頃、円周率を沢山桁覚える競争がありました。 私は、少数7桁で止めました。 どうも記憶力は自信がなく、歴史の年号記憶は全くの苦手でしたから。 で、中国の何とか氏の355/113の分数を覚えるのがやっとでした。結局この頃の計算は70何桁までされていましたが後から43桁以下が間違っていたと判ったりでした。 覚えた皆さんご苦労さんと言ったことで。 数字を苦労して70桁を覚えるより、どう計算するかを検証する方に廻りたい、を逃げ口上に使っておりました。 しかし後から思うと、意外にその方が問題の本質により近いことの選択だったのでした。

 

爺怪説:ボラと言えるか?

 ボラにはへそがある。 この魚は、出世魚と言われ、幼魚から、「わかし」「にさい」「イナ」「ボラ」「トド」と出世すると子供の時に、ボラのへそをコリコリ云わせて算盤玉の形のへそを賞味しながら習ったモノでした。 最後にトドになる、即ち、これが「トドの詰まり」と云われる所以だと。

 この間から立会川でも汐留め川でも、神田川でも、NHKでも民放でも、ボラボラと云うが、川鵜がついばんでいるのを見ると体長10cmから15cm、水中では魚同士しか比べられないからそうかボラがねえ、と思っていたがとんでもない、にさいかイナに漸くなったばかりじゃないか。 とてもボラの大きさじゃない。 ウソ云ううんじゃねえと言いたい。 あれじゃ第一、へそが未だ一人前の算盤玉の大きさじゃない、コリコリ云わない、不味いからやだ。 やっぱりトドになる寸前のボラのへそが上手い。 醤油と味醂で煮染めて、へそは私のモノと予約して、煮染めて貰って、食べたいモノだ。味醂も関東系でなく、関西系の「朝日影」など上品なマジの味のモノがいい、化学調味料の濃い味は要らない。 ボラのへその味が死ぬ。 雷様も、昔はへそを出して寝ている人間の子供のへそを、「夕立影」とか云う味醂で、煮染めて、のどをゴロゴロ鳴らして食べたんだろうなあ。

 昔ある時、お月さんを連れてお日様が旅に出た。 ゴロゴロうるさい雷さんがついてきた。 泊まりを重ねて、日光と言うところへ来た。 又一緒に宿を取った。 雷は、雷名物のこの地に来て子供のへそにありついた。 久しぶりと食べ過ぎて眠くなった。 翌朝、雷が目が覚めたら、お日様とお月様は、既に宿を朝発ちした後だった。 雷さんは、慌てず騒がず「うん、世上にも云う、・・月日の経つのは早いモノ・・と。ではワシは夕立にしよう」と、又ゴロリと音を立てて横になったそうです。

 「トド」の詰まり、「ボラ」も「イナ」も判らぬ不粋なアナウンサーにはこんな話は判るまい、青「にさい」メは未だ「わかし」か。 因みにわかしはほぼ淡水で育ち、にさい・イナは汽水域で育つ。 ボラになる頃海水がしっかり干満で混ざってくる河口の干満域タイダルゾーン辺に出ていく。 トドは海岸の海水域にいる。 出世と共になわばりも広げるのだろう。

雷のついでに:
 夏になると、雷一家も忙しい。 あちらでもゴロゴロ、、、こちらでもゴロゴロ、いつも雲の上で優雅な生活とは限らない、実に忙しく落ちる。落ちるのが雷の仕事だという人もいる。

 今日も今日とて、暑い夏の日であった。 雲がわき上がり、雷は立ち上がり、夕立の準備、しかし今年の夏は下界で遊びが過ぎて、虎の皮のふんどしに火熨斗を当てる銭子もない。 一寸ひるんだ隙に、雲間から、またまた転がり落ちて、今度は大きな門の軒先で酷く身体を打って息もできないでのた打ち廻っていた。  すると横丁から、お店の小僧さんだヒョコヒョコ出てくると、ひっくり返っている大きな雷さんに手を掛けるとヒョイと起こした。 その手際の鮮やかなこと。

 これを筋向かいから眺めていた、駒形の麦トロ屋の主人、感に堪えたように合点して曰く「さすがに、あそこは雷門、小僧さんも手慣れて鮮やか。 上手いモノだわ、家業は雷おこし屋だものな!小僧さんまで手慣れたものだ。」


(C) Copyright 2003 JA2RM and JA9IFF All right reserved.