パピーの中東話:中東の河の流れに

 サダム・フセインは、dead or alive ? アメリカの、地中16mまでねじり込んでから爆発する地下構築物用の普通爆弾の空爆によって、某有名レストランの地下の政府要人の屯する箇所が空爆され、ピン・ポイントからは逃げたとしても地下構築物内の酸素が消費されて、御陀仏した可能性はあります。 アメリカにとって彼の死活は問題でなく、要するに国営テレビに出てきて、この国を牛耳って、世話を焼かなきゃそれでいいようです。

 有史以前の人類の文化の黎明は、地上の4大河川の流域に芽生えたとされています。 その中でも、このチグリス・ユウフラテスの2河に潤された此処メソポタミヤ平原には地上では一番古くから人類文化が醸し出されたことになっています。 なんでだろう・なんでだろう・・・・・・はいいとしましょう。 私は黄河上流のような気がしますが。 そりゃあ、母なるナイルの下流だという人もいれば、うんにゃ、わしゃ、絶対、ガンジス川の流域に間違いないという坊さんも多いですわな。 会社会社の方針という奴です。

 電脳とプレフィックスが付く前の、手書きパピー・ニュウスの第一号は、13年前、湾岸戦争が始まって、フランス国営企業との合弁社でのプロジェクト契約は終了しながら、本社が爆弾テロで、やられ、足止めを喰って、親の死に目にもあえず、かといって、仕事にも身は入らず、ノルマンデイにそれこそ沈香も焚かず屁も放らずしていたときに書き始めたモノでした。 合弁社のフランス側社長(貴族の8男坊)も、詩人を気取って詩集の制作にうつつを抜かしていました。 だから、俺もいいというわけでは決してありませんが、12名の方々にお送りしたと思います。 郵便料金は自前だったので、0.707の縮小を掛けたコッピーでお送りしましたが、日本人には理解しがたい中東の考え方、コーランの教えの来歴、ベドウイン兵士の戦闘精神などを解説して置いたかと思います。

 掻い摘んで申しますと、コーランか、シからずんば剣か!と言われるコーラン、あの熱砂と砂嵐の砂漠地方で、人種の種を温存するための、サバイバル術のノウハウの集大成の聖典なのです。 否応はありません。 ヘリコプターも予防注射もない時代、これを守って、よからぬは排除しなければ生き残れないからです。 砂漠と砂嵐、ご覧になったでしょ? ギリギリの人間どころか生物としての限界の話です。 最後に、そこからよって来る、中東を理解するためには、とパリで複数のフランス人から聞かされた話をご紹介させて戴きました。 それは確かこんな話ではなかったかと思います。

 中東の春の小川はサラサラナガルってモンじゃない、遥か遠い山の雪解け水が、流れ集まり、半端じゃない水量の固まりになって、飛沫を噛んで、流れ下る。 それをじっと見つめ、背中の方にも敵は居ないかと伸びをして見張る一匹の蛙。 何とか向こう岸の原っぱへ渡りたいとかんがえる蛙。 ふと気が付くと、自分の背後に、一番イヤな中東的な生き物がのそりと現れた。 頭ってモノが全くない造りのこの生き物を誰が付けたかさそりという。 その尻尾に備わった必殺の毒針を誇示するかのように、頭上に振り翳し丸で、機関銃を付けた米軍の砂漠用軍用ジープのように砂漠を這い蹲って縦横無尽に這い回る、いけ好かない毒針ゴキブリのような奴、サソリ(蠍)。 イヤな奴がイヤな時に来やがったと思うが、今更カエルところもない蛙。 偶然の出会いとはいえ此奴との出会いは厳しい。

 と、足早に近づいてきた蠍が蛙の前に廻って話しかけようとするが蛙は前を見るより振りカエル方が見やすいのでクルリと回ろうとする。 いわゆる見カエル。 蠍は居丈高に蛙に訊く。 君の背に乗せて此の河を渡らせろと。 蛙答えて「とんでもないやい。 おとなしく背中に乗っている蠍なんて一匹も居ない、必ずチクリとやる、それが蠍の習性だってだから小父さんはあの蠍を見つけ次第退治してやるのだとその先の黄柳にいるフクロウ小父さんが言ってたぜ! 冗談じゃないぜ! お断りだ。」「そうか、フクロウの奴、そんな余計なこと言って、俺様の渡河の邪魔をしやがるのか。 怪しからん。 ではお前に命令する、俺様を運べ。 お前の目は背中が見えるようだから俺様がもし針で刺しそうになったら、ドブンと水に潜ってよろしい。 そうすればお前は逃げられるし俺は水に溺れるだろう。 それでどうだ?」「もしそれでもイヤだと言ったらあ?」「今此処で即刻チクリのお仕置きだぞ。」「と言うことは、問答無用、何が何でも貴殿を向こう岸まで運べと強制するわけね。 じゃしょうがない早く背中に乗りなさい」「こらもっと平身低頭しないか」。 とモゾモゾ背中に乗ってきた。 蛙は蠍を落っことさないように這い蹲って、河岸にいたり、泳ぎ始めた。 河の流れは速い、此の分では向こう岸に着くのは何時の日だろう、ともかくそれまでは此奴に刺されることはない、それまでの命を楽しもうと心に決めて、ゆっくり泳いでいた。 背中の蠍は向こうの草原に行けばもっと太った蛙は五万と居るが、背中から見ると此のやせ蛙も不味くはなさそうだ、此奴を喰ってしまったところで、代わりの蛙は又そこら辺にウヨウヨいるのだから、と自分が蛙の背中で河の中にいることも忘れて妙なことを考えて夢中だった。 やがて河の中程の浅瀬にさしかかった。 浅瀬にはさざ波が立つ。 蠍は振り落とされまいと、必死で、ツルツルの蛙の背中に掴まろうとした。 得意の針で。 蛙は畜生、ヤリやがったな、此の馬鹿メガ!と声にならない声を出した、消えていく意識の中で「蠍の毒も結構甘美なモノだな」と、、、そこは中東だった。 (蠍ジャナイ!終)

 

西堀流真空管語録3:ソラ働きますわな!

 JAIGのアクテイヴ・メンバーから、「ソラ・ソラ、おしゃか!」読んだけど50年前、ジャンク屋のソラ、私のはよう働きましたよ、と言うメール。 ハイ、外見何でもない逆さに振っても、白や灰色の粉がドバーと落ちて来ないソラはソラ、大丈夫なんです。  6.3vでも12.6vでも働いた筈なんです。 RH-2並みに。 うまく行けば12.6vではRH-4並みに。これが、ソラの真価だったというわけです。 何が何でも12.6v必要な球ではなかったようで、自己発振起こすようならヒーター電圧は、4.5vまでの適当なところに下げるように注意書きがあった由です。

 真空管ジャンク屋に当時勤めた経験者としては、ソラと、FM2A05Aはなるべく避けて通りました。 RH-2/4/6/8シリーズは数字が信用ならず、でした。 6AC7並みのgmが6000-8000を期待できる戦中の日本真空管では住友真空管製トップグリッド型ST管UZソケットの、読んで名の通りのMC-658Aと言う内部シールド型の球でした。 相互コンダクタンス(MC)が6.5mili-mho/8mili-mhoの規格の中にきちんと。 なるほどMC-658、ヒーター電流が、標準の300mAでなく4割り増し以上の420mA以上になっていました。 これがAサフィックス。 で MC−658Aで、自作受信機には6AC7よりプレート・グリッド回路間のシールドがしやすく、お薦めの球でした。

 ついでに言っておきますと、去年の12月号CQハムラジオや、MJの11月号でしたかに、ST管を使ったラジオや、ラジオ付き管球アンプの記事の写真に、金網でST管を寸胴の胴巻きにしただけの猿真似シールドケースが見られますが、これらは外部と真空管のシールドにはなっているでしょうが肝心の真空管の胴にあるプレート電極と、コントロールグリッドからトップグリッドにに引き出す管内線のシールドにはゼーンゼン注意が払われていないのは噴飯物です。 懐中電灯を消すのに黒い布で全体を覆うのと変わりありません。 昔の穴あきの3つの部分に割れるシールドケース、マクロに見ると寸胴のアルミの筒に見えますがどうしてどうして。 頭の上のキャップの填める所、二つ目の長い筒は真空管の肩押さえのように内側にゆる丸く曲げ込まれているのは、あのアルミの貴重な時代なのに伊達や酔狂でなく、真空管管内胴体プレート電極とトップグリッドを区切るクラウンシールドのお盆のようなシールドと、ガラスの厚さを介して管外で、このシールドケースの曲げ込みとをほぼ連続させて、シールドして、プレート電極と、グリッド引出線回路をシールドしているのでした。 此処をシールドしないで、何のシールドケースでしょうか? 笑ってしまう。 仏作って魂入れず、猿真似でした。 このお盆の外の真空管の細くなった部分にまで当たるように、正ちゃん帽のように金網を絞れば何とかなるでしょうに。

 ついでの蛇足が鶴足ほども長くなりましたが、真空管には幾つも泣き所があるのでした。 これもその一例なら、語録1の亜鉛を簡単にマグネシウムの代わりにゲッターに使って貰いたくない、合金の微妙な特性と亜鉛蒸気の浸透合金特性もそのホンの一例に過ぎず、奥は底知れないほど深いようでした。

 上記の住友真空管が、戦後、日本電気、更に新日本電気となった頃、今や世界一ほどの真空管製造技術を残すほどになったスヴェトラナなどのソ連が此処の真空管技術を導入ソ連国産化が図られましたが、始めは猿真似製造、手抜きをどうやって防ぐか技術の戦いだったようです。 当時ソ連邦はスターリン主義のまっただ中。 スターリン主義はとは、知らしめずよらしむベシ、一地方社会主義国で、一つの商品がすべて完成できない工夫が凝らされていた。 例えば、ウクライナの穀倉地帯、肥料は、遠くバルト海沿岸諸国製であった。 入れるドンゴロスの袋はキルギス製、畑を耕す耕耘機は白ろしや製だが燃料タンクと、タイヤーはバルト海沿岸国製、サイロの煉瓦はシベリヤだが、トタン板はモルタヴィア製、と言った案配。 果たして、ウラルの西麓で、真空管工場が成り立つのか、請け負った新日本電気は話が進み実現する段になって、益々困惑した。 真空管は、プラントが出来て、マジな原料が、材料がちゃんと整えば工場・機械が動いて動いて生産出来るのだが、この「マジな」原材料が問題。 「ちゃんと整う」が問題。 「ちゃんと動く」が問題。 たった3っが足並みをそろえない。 始め10年は、直ぐ2つがへたった。 次の十年は一つが直ぐへたった。 20年目頃、ニッケルプレートがおかしくなり供給が絶たれた。 ソ連製の陽極材としては使えない硬いニッケル板を輸入して代わりに新日本電気ウラルが希望する規格のニッケル薄板をソ連に輸出する話から、更に、小規模のニッケル精錬所を真空管工場の中に作りたいという話まで、西堀さんの所に来て、冗談じゃない、金属精錬は、三井なら三井金属、新日本電気さんなら特にニッケルに詳しい住友金属さんでしょうと、ソ連通の専門貿易社に断ったという。 30年以上経過して、スターリン主義が薄らいで、漸く、真空管の時代が凋落に向かう頃色々いい真空管が開発され、軍用に使われたようだったという。 例えば、冷陰極整流管や冷陰極検波管。 熱擾乱雑音を原理的に発しない、半導体に付き物のホワイトノイズが全くない優れ物。 ミグ21が函館に亡命してきたとき、ソ連は未だ軍用に真空管機器を使っていると笑った人は大いに反省すべきと言うしろものが此処では作られていたのであった。

 この冷陰極整流管の方は、第二次大戦直後のアメリカやカナダの軍用規格に見られたとのことだが、それが検波に使える可能性は、殆どゼロの原理の物だったそうな。 それが、日本人が日本の技術で、作った工場でアメリカでも日本でも作ったことの無かった新型の優れ物の真空管を作って、ミグが積んで里帰りをしたらしいのでありました。

 西堀流は、「そんなことは原理的にない」事以外は何でもアリの世の中なのです。 ミグが真空管機器を積んでいたら、その意味を徹底的に探らなければならないのです。 はは、未だに真空管でっかいな、遅れてまんな、ではあきめへんのんですわ。 どこかにきっと、勉強になるところがおまんのんや。 手ぶらでかえらはったらごっつう損しやはりまっせえ。 と言うわけ。 たとえば、冷陰極検波管って、もしメタル管だとしたら、外装と、陰極が一体で最外部で、内部にはひょっとして、途中に空間電荷格子があるかも知れないが、その中心部には線状もしくは棒状の電子集荷陽極が設置される、通常の真空管とは発想が逆の電極配置になるだろうと言うのが、西堀流第一感着想でした。 電子放射密度から言って、これが一番無理がないと。 あんじょう働きまっせ、とのことでありました。 既にどなたかが試作されておるやも知れませんが。

 

爺怪説:大河ドラマ武蔵でお通が笛を自演する!

 大河ドラマ武蔵(原作:吉川英治「宮本武蔵」戦前の作)ご覧になっていますか? 見ていたが、今様が多すぎるのではぐれた、まあそうおっしゃいますな、平均的日本人は今そうでないと理解できないのです。 ゲーム感覚入りで無いとね。 しかし一寸変わったことがこのドラマで始めて行われることになり、先週土曜日、お通を演じる本人から発表がありました。 第15回のお通から、横笛はつたないながら自分で吹くことになりました、と。 NHKはもとより、TVドラマで、出演者が自分で横笛を吹く例は、これまでになかったことだそうです。

 米倉涼子本人がインタビューで答えて、横笛は音を出すまでが難しいが、フルートを前に吹いたことがあるので、今回この為に大分練習しました、と、あのドラマに出てきたプロの誰かが滝の場面で吹いた、「お通のテーマ」を昂がりながらも見事に披露していました。

 大河小説家吉川英治が、武骨い武蔵を小説に仕立てるに当たって、巌流島をフィナーレのクライマックスに始めから置いて、そうして筋書きをあらかた作ってみて、そこに女性を色々ちりばめていったと思われる。 歴史上に、記録に現れ、武蔵と或いは交渉やかいごうがあった可能性が考えられる女性は必ずしも多くはない。 しからば、これを面白い読み物にして進ぜよう、と逆手にとって、可能性のある当時の有名なにょしょうを要所要所に配置したそうである。 そして最後に武蔵の性格に一本筋を通す意味で、幼なじみの女性を見え隠れに配置することで、この小説に活力と息吹を与えたと言えるでしょう。 最終的に、では、武蔵とお通を繋ぐ赤い糸に代わる糸は? そこで、はたと膝を打って、これだ、これしかないと決めたのが、お通が母から賜った、形見とも言う様に肌身離さず携えることにさせた横笛であった。 これで、お通は言うに及ばず、武蔵のキャラクターにも赤い血が通う小説になったといえよう。 全編を通して息つく暇もないあの飽きさせない小説に色を添えたのが、儚いお通と互いに抱く淡い恋心、そして笛の音であった。 私は、大叔父一家が空襲で焼け出されて我が家に来たときに田舎に大事に疎開していたというこの全何巻だったか忘れたがそれを終戦の虚脱の中で、暑さとひもじさを忘れるために3日3晩読みふけったのでした。 兄に言わせると、呆けたようになって、家族に課された配給のコウリャンを一升瓶に入れて木の棒を突っ込んで黙々と搗いていても手を休めては、武蔵の本に読みふけったり、居眠りしたり、随分とノルマをサボっていたらしい。 塩味だけの稗・粟・コウリャン粥に僅かばかりのすいとんを浮かべた3食は、この吉川英治の大作を頭に入れるには丁度時代も合って、格好だったように思う。 兎に角この本を見るときは一升瓶に棒突っ込んで何かを搗きながら、ひもじさを忘れて読み継いだ記憶と一緒に思い出すのです。 その中にあって、お通の笛の場面が遮暗い黄昏時に読んでいたりしたら、何ともセンチメンタルで、直ぐ裏のお寺の森の向こうから笛の音でも優雅に聞こえてきそうだったりしたモノで腹の減った事などはどうでも良かった。

 吉川英治氏は、さすがであり、お通が笛の名手であったとは書いていない。 ただいつも、武蔵の心の中に深く届くことをこいねがって一所懸命に吹いたであろうことを偲ばせている。 或いは好きこそモノの上手なれ、で結構もの悲しさを表現した里笛だったかも知れない。 そうだとすれば、誰が米倉涼子に自演で笛を吹いてご覧と決めたか知らないが、結構これは、大河ドラマの快挙かも知れない。 プロが吹けばプロなりに、その場の情感を込めて、吹けるには違いないだろうが、ひょっとかすれば、原作者吉川英治氏の想いは武骨な武蔵には、素人っぽいが懸命の想いが籠もった方の笛の音も一興と言うことだったかも知れない。

 兎に角既に3月13日第15回目の分の収録は終わっているでしょう。 興味ある方は是非ご覧あれ。


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