JIM HALL Maniacs

since 2001/12/01

Paul Desmondとのコラボレーション

 Paul DesmondとJ.Hは、下記の6枚のアルバムにて、コラボレーションを残している。
  ・FIRST PLACE AGAIN/Paul Desmond (Warner.Bros 1959)
  ・Desmond Blue/Paul Desmond (RCA 1961-1962)
  ・TAKE TEN/Paul Desmond (RCA 1963)
  ・BOSSA ANTIGUA/Paul Desmond (RCA 1964)
  ・EASY LIVING/Paul Desmond (RCA 1963-1965)
  ・Glad To Be Unhappy/Paul Desmond (RCA 1963-1964)

 Paul Desmondは、1924年生まれ、1977年肺ガンの為、52歳の生涯を閉じてしまった。 逝去して、既に25年も経っているのだ。(2002年執筆当時) 生涯独身でオードリー・ヘップバーンが 好きだった。Paul Desmondと、J.Hのコラボレーションは、6枚のアルバムとして残っている。 いずれも、Desmondがデーヴ・ブルーベック・カルテットにサイドメンとして 在籍中のワークである。1951年から1967年(27歳-43歳)の16年間ブルーベックとコンビを組んでいたこと になる。

 FIRST PLACE AGAINは、1959年9月に録音されており、ブルーベックとの"Take Five""ブルー・ロンド" を含む"Time Out"のアルバムが録音されたのが1959年の6月であるので、その直後という事になる。 このアルバムの裏ジャケッツには、Paul Desmond and FRIENDSとのクレジットになっている。 J.Hの他は、MJQのコニー・ケイ(Ds)とパーシー・ヒース(B)。ところが、 J.HはDesmondについて、「あれだけ長い事一緒でね、長い事遊び歩いて、彼とどこで最初に会ったのか、 憶えていないんだなあ。」とのことです。

 アルトでドライ・マルティニのような味わいをだそうとしている男、決してチャーリー・パーカーの 様に吹かなかった男、プレイしていない時にピアノにもたれかかっている男は、その時既に、Downbeat、 Metronome、Playboy等のReaders' Pollを数多く授かっている人気No.1アルト・プレイヤーであった。

 J.HとPaul Desmondのコンビでの人前での演奏は、2回しかなかったらしい。J.Hいわく「ハーフ・ノート がミッド・タウンに移った時に1,2週間出たのと、デューク・エリントンの誕生祝いにホワイト・ハウス でやったのと。-----ほとんどはただの友達づきあいか、時折リハーサルを、ちょいとして、レコード を作るか。それぐらいだったね。」とのこと。

 J.HとPaul Desmondのコラボレーションの特徴的なことを端的に言えば、必要最小限の表現に徹する ミニマリズムであると思う。その簡潔さ、潔さは脱帽に値する。コテコテであること、饒舌である事、 パワフルでアグレッシヴなだけがJAZZではないことの証明である。誤解のないように、追記しておくが、 コテコテであること、饒舌である事、パワフルでアグレッシヴな演奏は嫌いではない。

 一連の諸作を、よく聴き返してみてください。何か気が付きませんか?いわれてみれば、そうかと 思うのですが、1,2曲を除いて通常のJazzのアルバムでお目にかかる、ベースソロ、ドラムスとの4Bars やSoloが全くありません。終始J.HとPaul DesmondがTemaやアドリヴソロを交代でやっています。 これもポリシーといえばポリシーなのですが、考えようによっては、常識破りではないでしょうか? 意識してかどうかはわかりませんが、ミニマリズムはここまで徹底されていたのではないかと妄想してしまいました。

 一連の諸作で、バランス、選曲等の総合的な判断で、1にTAKE TEN 2にBOSSA ANTIGUAを推薦します。 特に、TAKE TENなかの「Alone Together」「Nancy」「Theme from"Black Orpheus"」は、よいです。 昔、何かの雑誌にJohn Scofieldのインタヴューが載ってて、J.Hの一連のRCA盤の 2声のヴォイッシングが大変参考になったと語っていた様に記憶する。

 ところで、DesmondはJ.Hについてこう語っている。「ジム・ホールは-------素晴らしいミュージシャンだ。 音楽の他の点に於いては滅多に同意しない人達が、こぞって彼を好きなギター弾きに挙げているし、 また彼も努めて多くを与えようとする。------時たま僕がギターにもたれかかると難癖つけるのを 別にすれば、一緒にいて嬉しくなるくらい演奏しやすい人だ。」

 アルト吹きの友人から、こんな話を聞いた事がある。Desmondの音色をシミュレーションするには、 リードのセッティングとアンブッシャーをつくることである程度模倣は可能であるが、持続して 演奏するには、フィジカルに困難である。当然早いパッセージなど至難の業である。真偽は、その友人 の技量と熟練度によるのだが、相当信憑性があるように感じられた。

 Desmond Blueはストリングつきのゴージャスなアルバムであるが、ジャケットにオードリー・ヘップバーン 似の女性がフューチャーされていた。Glad To Be Unhappyでは傘をさした女性がフューチャーされている。 ところでどうだ!EASY LIVINGのジャケットを見よ!豹柄のカーペットに寝姿のコケットリーな女性、ワイン、 フルーツが添えてある。色は豹柄だが、模様は縞馬か?日本の座布団みたいなクッションもあるぞ!

 このジャケ写を、デズモントのアルバムと切り離して観る。するとメッセージは、間違いなくこういう暗喩である。  「坊や、大人だけの楽しみを教えてあげるわよ! こっちにいらっしゃい!ウフフフ-------。」

 40年弱前の、RCAの販売戦略のヴィジュアル部隊はDesmondをどの様なイメージで売ろうとしていたのか? Jazzではなくムードミュージックで購買層をもっと広くターゲットにしたのか?よくわからんが、これは これで由とすることにしよう。特に目を三角にする事でもない。しかし、いずれにしろこのジャケッツは 、よく訳がわからんがこれはこれで大変興味深い!そう、思いませんか?

(2002,04,21.)