JIM HALL Maniacs

since 2001/12/01

Art Farmerとのコラボレーション

 Art FarmerとJ.Hのコラボレーションは、下記のアルバム及びDVDでチェックできる。

 ・Interaction/The Art Farmer Quartet Featuring Jim Hall  (Atlantic 1963.8)
 ・Live At The Half-Note/The Art Farmer Quartet Featuring Jim Hall  (Atlantic 1963.11)
 ・to sweden with love/The Art Farmer Quartet  (Atlantic 1964.4)
 ・Art Farmer Quartet T&U (Jazz 625 Vap 1964.6)
 ・Big Blues/Art Farmer-Jim Hall  (CTI  1978.2)

 Art Farmerは、1928年アイオワ州生まれ、J.Hより2歳年上。1940年代後半からプロ として、演奏活動をする。26歳で初リーダーアルバム、Gigi Gryceとのコンビの コラボレーションが好評!Horace SilverやGerry Mulliganとのワークをし、 1958年にはSonny Clarkの名盤”Cool Struttin'”の録音にも参加。

 1959年、Benny GolsonとのJazztetを結成、解散、そしてJ.Hとの双頭バンドの結成ということになる。 このあたりの、事情について、1988年のLazaro VegaによるインタヴューにArt Farmerは、 下の様に答えている。

Vega: That period with the Jazztet,from 1959 to 1962,was a period of great change in the music.
 Farmer: Yes,that's true; absolutely.
Vega: Great change for you,too;when did you make the switch from trumpet to flugelhorn?
 Farmer: Actually,I made that change it must have been in '62.When it was almost at the end of the jazztet I started doubling(trumpet and flugelhorn).  Then,when the Jazztet did come to an end,the next thing that I wanted to do was to work with a quartet with Jim Hall(Guiter).
-----It seemed to me that the sound of the flugelhorn would go better with Jim's sound,so I decided to stick with the flugelhorn.

 といったいきさつでできたコンボであったが、クラブ・ギグをやりだすと、大評判となり、Atlantic から録音のオファーがきた。Interactionは、1963年12月7日号のダウンビート誌で満点の5星を獲得している。 なかでも、”Embraceble You”のストイックなリリカリズムは、すごくよいです。

 Live At The Half-Noteでは、”Stompin' At the Savoy”でJ.Hが、かってのアイドル チャリー・クリスチャン になりきって、”Seven Come Ereven”のテーマのフェイクを、執拗に爪弾いてくれる。また、”I'm Gettin' Sentimental Over You” では、Art FarmerぬきのJ.Hトリオの演奏が聴かれ、のちのギタートリオの萌芽ともいえる形がかいま見られる。

 なかには、やはり、急速調があり、J.Hの不得手領域が上手に誤魔化しているが、露見してしまう。 Rolinsにしろ、Farmerにしろ40年代から東海岸でBe-Bopの洗礼を受けて、演奏していたものにとって、 急速調は必須の項目である。まして、管であったり、リードであったりすれば、なおのことで、急速調 をやらねば、むしろ、落ち着かないのである。J.Hは西海岸経由東海岸で、50年代は、イーストコーストのBop ではなく、優雅なウエストコーストサウンドの中で、色んな技を育んできた。以後J.Hの録音の中で、 RolinsとFarmerとの録音でのような急速調は、二度と出てこない。J.Hの演奏には極端な急速調は 、表現の方法として、不得手で適切ではないと妄想している。

 Farmer-Hallのコンボがスェーデン楽旅中に、スェーデンのエスニック素材を中心に現地で録音したのが、 to sweden with loveである。エスニック素材なだけに、トーナルセンターは、長短調の切り替えはあっても スタンダードやバップチューンのような転調はなく、素朴な味わいがある。この、アルバムの後、解散。 1ヶ月後のBBCでのJazz 625(TV番組)の録画の為に、一時復活、Farmer-Hallのコンボは短期間でやることを やって解散した。

 BBC(英国放送)でのJazz 625のヴィデオやDVDが、Art Farmer Quartet T&U (Jazz 625 Vap 1964.6)として 発売されており、Farmer-Hallのコンボは、それまでの集大成のなかで、最高の状態のように思える。 若い、禿だがまだ白髪でない、動くJ.HがGibson-175を演奏するところを充分堪能できる。 また、”I'm Gettin' Sentimental Over You”では、Art FarmerぬきのJ.Hトリオの演奏が見られます。 その後、Art Farmerは1968年に音楽コンテストの審査で訪れたオーストリアのViennaで結婚し定住します。

 さて、少し余談になるが、気に留めてもらいたい事が、2点ある。最初は、アメリカ史の中で、1964年に 黒人の参政権が認められたということ、2点目は、1964年もしくは1965年頃、J.Hはアルコールが関係する 病気(アルコール依存症?アルコール性肝炎?)をしている。この件に関して、もしかして大酒豪Zoot Sims とつきあっていたからではないかと妄想している。 1960年代のJazzが、モード、フリーへと 加速されるように、進行していったのは、時代の混乱や喧騒の投影が、Jazzにも影響しているという事。 そういった中、50年代のミュージシャンは、60年代の「しのぎ」をどうするのか?死活問題であった。 一部ヨーロッパ離脱組(デクスター・ゴードン、ケニー・ドリュー他)も発生する。

 1960年代になって、J.Hの録音は、サイドメンとして、相当量の仕事が足跡として残っている。 裏を返せば、自己名義のバンド・マネージメント、リーダーになれなかったという事である。 結果的には、その事で、私たちは、色んな、J.Hが楽しめるということなのだけれど、早く芽が出て 自己名義のバンド・マネージメントをしていたら、一体どうなっていたのだろう?ケニー・バレルみたいに 早めに、固まってしまっていたかもしれない。コンコードの終わりごろの様に少々煮詰り気味になっていたかもしれない。 1965年ダウンビートのポール・ウイナーになっても、名声と実際との乖離は発生せずに、アルコール性疾患にかからなかったかも知れない。

 J.Hは、1965年Janeさんと結婚。サイコ・セラピストのJaneさんとは、どういうきっかけで結婚に至ったのか、 下世話な妄想が出てくるのだが、まさか、アルコール性疾患の関係ではないでしょうね?この件については これ以上の詮索は、しないように!
 しばらく、テレビのオーケストラの仕事をしながらNYへ定住、充電の後、色んな形でJ.Hの実力を発揮できる チャンスが訪れてくる。Janeさんは、伊丹十三監督が映画化した例の4文字タイトルではなかろうか?

 J.Hは1975年「Concierto」でブレーク、「柳の下に泥鰌が二匹」狙いで、Big Blues/Art Farmer-Jim Hall がCTIで制作される。このアルバムは、再開セッションとまではいいがたいのだが、1978年には、Jim hall Trio にArt Farmerが+1で入った形で来日した。このときにどうも確執が生じたみたいだ。「Pavane For A Dead Princess」 がよい出来です。

 Art Farmerは、その後も欧州に定住しながら、演奏活動を続ける。1990年頃、TrumpetとFluegelhornの 合いの子である、Flumpetを発案して、使い始める。1997年、Panorama でJ.Hとの再開セッション、1999年 10月に逝去した。ちなみに、小生のFarmerの愛聴盤は、J.H共演盤よりもアーゴレーベルの、トミー・フラナガンがサイドの ワンホーン「アート」である。「So Beats My Hearts For You」が切なくてよい。

(2002,05,26.)