JIM HALL Maniacs

since 2001/12/01

"I"氏の「シナトラを聴こう!」

 小生の友人で、九州在住のジャズ・ピアニスト兼開業医の"I"氏が、暇だったら、読んだら、 と、またまたワードのファイルをメールしてきた。またまた、番外編をお届けします。

シナトラを聴こう!
The Melody Lingers On
 フランクシナトラは日本では一般に大物歌手といわれはするが、実際には正当な評価をうけているとはいえないようである。確かに名前は誰でも知っている。マイウェイをカラオケで歌ったことのある人もさぞ多かろう。JFケネディとの交友やマフィアとの黒い噂もよく取り上げられていた。俳優としても結構たくさんの映画に出演していた。しかし、彼の歌そのものを話題とし、賞賛する人は意外に多くはない。私は中学の頃からジャズが好きで、高校在学中から現在までピアノを弾きバンドもやってきた。そのためミュージシャンや音楽好きの友人がまわりに何人もいるが、その中でシナトラの大ファンでいつも聴いていますという人をほとんど知らない。私自身も、20代のころまでは、正直こんなおっさんの歌のどこがいいのかね?とまともに聴いたこともなかった。音程は少しふらつくし、そんなに声がでているとも思えない。なにより、ジャズファンの私には、サラボーンやエラフィッツジェラルドのように自由にフェイクしたり、華麗なスキャットをあまりやらないシナトラの歌はもの足りない退屈なものに感じられたのである。

 30代前半、大学の医局で忙しい日々を送っていたある日、夜中にひとりで車を運転して帰宅している途中に、たまたまスゥイッチを入れていたFMラジオから流れてきた歌に耳を奪われた。それは英語の歌詞であったが、フレーズの切れ目ごとに美しく言葉が耳に響き、まるで詩の朗読がそのまま節となり、直接心に語りかけてくるように感じられた。これが、シナトラ全盛期1955年録音のバラード集、「In The Wee Small Hours 」のラストに収められた「This Love Of Mine」であった。その時は、歌詞の意味はよく解からなかったのだが、フレーズごとに韻を踏んだ言葉のメロディーが、歌が終わった後も頭のなかでゆっくりと漂っていたのを覚えている。当時、私は医者として一生懸命毎日を突っ走っていた頃だったが、同時に自分の力や医学自体の限界も時々見え始めていた。学生時代からやっていたジャズピアノとバンドは大きな壁にぶつかっており、録音した自分の演奏を聴くたびに、もうやめてしまおうかと無力感にとらわれていた。今考えると、このような状況がシナトラの歌を必要としていたのかもしれない。

歌詞表現の天才
 一言でいえば、シナトラの歌の素晴らしさは、その歌詞表現の天才にある。特に、哀切感、寂しさ、孤独感の表現は彼の右にでる者はいない。恋に破れた心、求めても実らぬ愛、愛する人を失った悲しさ、人生の挫折感、まあこれらのことをテーマにしたスタンダード曲は数しれずあるが、シナトラの手にかかると、これらの歌がどれも、全く自然にしかも実に切々と真実味を帯びて聴く者の心にはいりこんでくるのである。これは、彼がその歌の歌詞に最大の敬意を払い、映画のシナリオのように歌を物語としてとらえ、名優が演じるように歌詞を語るからである。それも、決して力のはいった熱演はせず、肩の力を抜いた無理のない流れのなかで、歌の主人公の感情や情景を的確に描き出す。彼は単語の途中で息継ぎするようなことはけっしてしないし、意味のあるひとかたまりの歌詞をむやみに区切ったりしない。私のような英語のヒアリングの悪い日本人にも容易に聞き取ることができる明快で美しい発音で、韻を踏んだ言葉をうっとりするほどに朗々と響かせる。
ジャズボーカルの陥る悪弊
 シナトラはすぐれたジャズボーカリストでもある。ただ、ジャズという音楽は、アドリブソロに最も魅力があるので、テーマそのものは素材にすぎないと考えているファンやミュージシャンは多い。そのため、一般にジャズボーカルについても、テーマのメロディーをいかに崩してカッコよくするかとか、自由にアドリブでスキャットすることを評価する傾向にある。また、表現もえてして歌詞の内容から遊離したヒステリックなものや、必要以上にドラマティックなものが好まれるところがある。熱心なジャズファンほど歌を器楽的に捉えたがるようである。このようなファンにはシナトラの本当の良さは理解されておらず、おそらくジャズボーカリストとしても彼はあまり評価されていないと思う。

 歌はまずその歌詞をどう表現するかということを第一にすべきで、また、歌詞と密接にからみあうメロディーと空間をこそ大事にすべきなのに、ジャズボーカルではこれらが二の次になることが往々にしてある。ジャズボーカルもジャズである前に、まず歌であることを忘れてもらっては困る。風雪を経て残ってきたスタンダードのメロディーと歌詞に、もっと敬意を払うべきである。シナトラに耳を傾けるべきなのだ。彼の歌ったものはその曲のお手本となるものばかりであり、スタンダード曲を知りたければシナトラを聞けともいわれているほどなのである。彼も曲をフェイクしたり、たまにはスキャットをごく部分的にいれることもあるが、あくまで歌詞の意味、言葉の響きや原メロディーを尊重したものになっている。

シナトラの聴き方
 まず聴くならブルーバラード、つまり失恋の歌である。できれば輸入盤でなく、日本盤がよい。邦訳付きの歌詞カードがついていることが多いからである。歌詞カードを見ながら聴いて、邦訳を参考に自分で英語の意味をちゃんと考えることが絶対必要で、これをやらぬと、シナトラの良さは半分もわからない。お薦めは、断然キャピトル時代(1953-1960年)のバラード集である。この時代は声の張り、響き、深み、陰影どれをとっても生涯をとおして最高の時期であった。どのアルバムも傑作であるが、「No One Cares」「Where Are You?」「Close To You」の3作が特に素晴らしい。全曲バラードという非常識な選曲なのに、全くあきさせない。こんなことができるのはシナトラくらいであろう。どの曲も物語のように歌われ、さらにアルバム全体として曲の配列が考え抜かれており、ひとつのストーリーとなっている。最近の再発CDにはボーナストラックが付いている。これはある意味有り難いのかもしれぬが、他方、全体の周到に意図されたムードを壊すことになるので迷惑でもある。できればオリジナルの構成曲でアルバムをひとつの作品として楽しみたい。あまり知られていないが、当時、LPレコードのアルバムコンセプトということをいい始め、実践して世に広めたのはシナトラなのである。
No One Cares
 「No One Cares」は全曲失恋の歌で構成された、哀切感と寂寥とやすらぎのバラード集である。なかでも、「Here's That Rainy Day」「I Can't Get Started With You」「Ghost Of A Chance」「When No One Cares」は是非ともきいて欲しい傑作中の傑作、胸に迫る名唱である。「Here's That Rainy Day」のラスト、cold rainy dayのくだりは何度きいてもその深い悲しみの情感と余韻に言葉を失ってしまう。最近、キースジャレット(ジャズピアニスト)が病気静養中に録音した「Melody At Night With You」というCDを愛聴しているが、この「No One Cares」と全く同じ情感を感じる。ちなみにキースがシナトラ好きであることは、キース本人があるインタビューで語っていた。

 ところで、このアルバムのアレンジはゴードンジェンキンスという人が担当しているが、これがまた素晴らしい。中音域のストリングスや柔らかい管を中心にした比較的単純な音の構成であるが、やさしさと哀愁にあふれており、シナトラの声の響きとこれ以上は望めないと思われる程の相性の良さである。シナトラのバラードアレンジは他にもネルソンリドルやドンコスタなどの名アレンジャーが担当しており、彼らに比べるとジェンキンスのアレンジはシンプルでワンパターンだが、名人落語家の芸のような、人を惹きつけてやまない独特の味わいと魅力がにじみでている。「Here's That Rainy Day」のエンディングなどは、シナトラの歌を最大限にひきたてつつ、簡潔にして雄弁、弦の響きが聴くほどに心にしみてくる。

Where Are You?
 「Where Are You?」は、愛する人への断ち切れぬ思いと悲しみ、かなわぬ恋の絶望をテーマとしたアルバムである。「No One Cares」では歌の主人公とシナトラ本人との区別がつかないほど、切々と訴えかけてくるのに対し、このアルバムではシナトラは主人公と少し距離をおいて語りかけてくる。表題曲の「Where Are You?」をはじめとして、「The Night We Called It A Day」「Laura」「I'm A Fool To Want You」と名曲が並び、シナトラの解釈も他の追随を許さない孤高の領域に到達している。特に「I'm A Fool To Want You」は万感胸に迫りつつも、ぐっとこらえて耐えるシナトラの後姿が目に浮かんでくる絶唱といえよう。また、「Laura」にながれる神秘的なムードと気品は、この曲の他の演奏からは決して聞くことはできないものである。ジャズでは少しアップテンポで演奏することの多い曲であるが、これを聴くと「Laura」はバラードでやるべきなのだと認識せざるを得ない。

 このアルバムのアレンジもゴードンジェンキンスであるが、「Where Are You?」と「No One Cares」の2枚は、この二人のコラボレーションがうちたてたブルーバラードの永遠の金字塔である。

Close To You
 このアルバムにはまるでシナトラが自分の部屋に来てくれて、そこで優しく語りかけてくれているような暖かい雰囲気が溢れており、強い愛着を覚えずにはいられない。選曲も上記2作とは少し趣が異なっており、恋の喜びや恋人を想う気持ちを歌ったものが多く、聴くものを幸せな気分にしてくれる。「P.S. I Love You」は愛する人への手紙に日常生活のことを書きつらねるという、なんということはない歌詞なのだが、シナトラが歌うと言葉の端々に相手への暖かい愛情が感じられ、こんな手紙をもらってみたいという気にさせられてしまう。この歌の終わり近くにでてくる「一日がまるで一年のように待ち遠しいのです」という部分の歌い方などはその表現力に本当に感心してしまう。「Everything Happens To Me」のヴァースからテーマにはいる部分にはシナトラの息づかいがジーンと伝わってきて、思わずため息をつきたくなるし、「I Couldn't Take A Wink Last Night」には恋人とケンカして一睡もできなかった気弱な男の気持ちが、実にいきいきと表現されている。
The Song Is Ended
 フランシスアルバートシナトラは惜しくも1998年5月15日に亡くなってしまった。享年82歳であった。彼がわれわれに残してくれた遺産は、この他にもビリーメイのアレンジで豪快にスゥイングした「Come Dance With Me」「Come Fly With Me」や、今では古典的名作となったネルソンリドルとのスゥイングアルバム「Songs For Swingin' Lovers」「Swing Easy」、クインシージョーンズのアレンジでカウントベイシー楽団と共演したライブ盤「At The Sands」など多数ある。いずれも躍動する元気なシナトラを楽しめる傑作揃いではあるが、彼の本領は先程紹介したブルーバラードにあると私は確信している。

 50歳を前にしたシナトラがジェンキンスと作った、「All Alone」という珠玉のバラード集がある。彼はそのアルバムの最後を「The Song Is Ended(but the melody lingers on)」という名曲で締めくくっている―歌は終わったけれど、メロディーは鳴り止まない―。私も当時の彼と同じ歳になり、ますます彼のバラードが好きになった。シナトラはいなくなってしまったが、その歌声はいつまでも終わることはないだろう。