ちょっとコーヒーでも 〜その4〜 漂流旅記


 
・国道236号
国道236号、通称天馬街道は思ったとおり、通行量は少ないどころかまったく無い。新しい国道だけに無駄に設備もよく、走りやすいことこの上ない。相変わらず空はよく晴れて、あたりの風景を月明かりが煌煌と照らしている。気温は‐12度前後で路面は凍結しているが、スタッドレスタイヤはしっかりとグリップしてくれている。
月明かりの景色を堪能しつつ、ゆっくりと峠を越える。


峠のトンネル

・氷点下20.2度
峠を越えるとそのまま、広尾から国道336号に入る。沿線からナウマン象の化石が発掘されたということで「ナウマン国道」と呼ばれている。小高い丘と湿地が連続する平原を、月明かりの国道はゆったりと進んでいく。

ふと室内が肌寒く感じる。気がつくと外気温系の数字がだんだん下がり始める。
‐16度、‐17度、場所によって上下を繰り返しながらも、最低気温は着実に下がっていく。
‐19度を越えたところでちょうどパーキングがあったので車を止め、外に出てみる。あたりはまったくの原野で、明かりといえば、月と星とわたしの車くらいである。衣服が温かい空気を溜め込んでいるせいもあるが、それほどの寒さとは思えなかった。ただ、空気はぴんと張り詰めていた。

再び車を走らせる。気温はどんどん下がりつづけ、外気温計は‐20.2度を表示した。
そのすぐ後である、順調に回っていたはずのエンジンの音がおかしくなりはじめたのは。

 

・今年最初のトラブル
ちょうど坂道を登っているときであった。急にエンジンのパワーが落ちてきた。坂が急になったのかとアクセルを踏んでみるが、エンジン回転はあがらない。そのままシフトダウンして再度アクセルを踏み込んでみるが、エンジンは吹けあがる様子を見せない。ばたばたとアクセルを踏みつけるうちに、車速はどんどん落ち、車はとうとう止まってしまった。もちろんエンジンも。

時間は午前2時すぎ。周囲の気温は‐20度。しかもあたりに人家は無い。新年早々、こんなところで立ち往生とはまったくついていない。
このままエンジンが動かなければ、ヒーターも動かない。この‐20度の中ではあまりに厳しすぎる。
祈るような気持ちでイグニッションをひねる。
一度、…二度、…三度、ぶるン、ぶん、ぶん…。
三度目でエンジンはかかった。ほっと安堵の息を漏らす。気を取り直してギアをローにいれ車をスタートさせる。

…ところがまた少し走ったところで、エンジンが吹けあがらなくなってしまう。そして先ほどと同じようにエンジンが止まり車も止まる。再び先ほどのようにエンジンを始動させる。アイドリングは問題無いものの、アクセルを踏み込んでも回転があがらず、そのままエンストしてしまう。
そのうち、何度か再始動を繰り返しているといよいよアイドリングすら不安定になって、そのままストンと止まってしまう。しばらく間をおいて再始動するとエンジンは再び動き出すが、数分もしないうちにやはり止まってしまう。

…困った。

当初の予定ではこのまま国道38号線に入り、どこか適当なところで海沿いに車を進め、初日の出でも見ようかと思っていた。…しかし、エンジンがこの状況だとそんなことも言ってられない。むずがるエンジンをなだめすかしてなんとか国道38号線にたどりつく。しかし、この先は幹線国道であり、不規則に発進停止を繰り返すような状況では危険過ぎて先へ進むことはできない。
もうこれ以上は進めない。しかたなく合流してすぐにあった浦幌のパーキングエリアに車を突っ込む。
こうなったら、朝を待ってじっくりと点検だ。それまでに休憩をとるべく、寝袋を引っ張り出して、夜明けまで仮眠をとることにする。
寝袋に入りながらも原因についてあれこれ思いをめぐらせる。一方で、エンジンの状況によっては旅を中止し、引き返すことも考え始める…。
 

・年越したそば
それでもすこしはうとうとしたらしい。気がつくと朝になっていた。外気温は‐7度。車内の気温もマイナスである。
こんなときでも腹は減るもので、食事の準備にとりかかる。
クーラーボックスから飯田橋主水特製「年越しそばセット」を取り出す。もう年が明けてしまったので「年越したそば」ではあるが。本来は初日の出でも見ながら食べようと思っていたのだが、こうなった以上仕方がない。そばをゆでる準備を始める。
日が差してきたのと、そばを茹でるためのお湯を沸かし始めたのとで車内の温度が上がり始める。なんだかひとごこちつく感じだ。

主水のご主人から「そばについてる粉をよく落として、沸騰したお湯にきっかり1分30秒!」と指導を受けた通りにそばを茹で始める。携帯用コンロなので、そばを入れるとお湯の温度が下がってしまうがしかたがない。きっかり1分30秒後にざるに開け、水ですすぐ。すすいだ水をそのままどあから捨てると、流したさきから表面張力の盛り上がりもそのままに凍っていってしまう。
そして、これまた特製のつゆをカップにあけ、薬味が無いことに気がつく。しかし元日の朝7時、入手はまず不可能だ。しかたなくそのままそばをつけ口に運ぶ…。

「うまい」
われながらびっくりである。
そばというのは茹ですぎても茹でなさ過ぎてもまずくなり、大変な経験を要するものなのだそうである。しかも今回は小さな鍋に携帯コンロという悪条件。しかし、1分30秒の教えを守ったせいか、きちんと茹であがっているではないか!
もちろん、このセットを受け取るときに主水で試食したときのそばには遠く及ばないかもしれないが、感動ものである。せいろ2人前をあっという間に平らげる…。
去年の年明け最初の食事にはあまり恵まれていなかったが、今年は大成功である。
 

・トラブルシューティング
さて、いよいよ本題のエンジン調整である。
かからなかったらどうしようという不安をよそに、エンジンはあっさりと始動した。ときおり回転が不安定にもなるが、何とか回りつづけている。
昨日のトラブルの状況を整理すると、
  • 苫小牧からの約200kmは問題無く走行できた。
  • 気温が下がりきったときにエンジンの調子が落ちた。
  • トラブル発生時、水温計には目立った変化は無かった。
  • トラブル発生時、オイルの警告灯もついていなかったし、その直後エンジンオイルをチェックしたが問題無かった。
  • エンストの後、しばらくすると再始動できるがまたすぐに止まってしまった。
  • 朝を迎えた今、アイドリングは順調である
これらからトラブルシューティングを行っていくと、
まず、3番目と4番目から問題は冷却系や駆動系などではなく、点火系または燃料系であると見ていい。
ここで、わたしが着目したのは2番目の「気温が下がりきったときにエンジンの調子が落ちた。」である。
気温の低下が原因となるトラブルには2つほど心当たりがある。

まず一つ目は「アイシング」である。
聞きなれない言葉だが、キャブレターでガソリンを気化するときに、あまりに気温が低いと、ガソリンが気化できないどころか凍ってしまい、エンジン内で発火・燃焼できない、というものである。燃料をどんどん気化するその気化熱でキャブレター本体もどんどん冷やされていった上に、外気温の低下により、燃料タンクのガソリンも冷やされ、最後には吸気温が‐20度という悪循環によりガソリンを気化できなくなってしまったのではないだろうか。しばらくするとエンジンの廃熱でキャブレターが暖められ、再び気化できるようになるが、走り始めるとまた先ほどの過程を繰り返すという…。

もちろん去年の冬もこの車で北海道に来ており、そのときは何の問題も無かったのだが、今回、ひとつ違っているのは、昨年は陸路燃料補給をしながら北へ向かったが、今、燃料タンクに入っているのは茨城で入れたガソリンなのである
本州の軽油を北海道に持ってくると凍ることがあるというのは聞いたことがあるが、もしかしたら寒冷地のガソリンにも不凍成分を混ぜてあるかもしれない。

ただ、ディフェンダーのキャブレターはV型エンジンのバンク部分にあり、エンジンの熱をよく浴びるところにあるだけに、一抹の疑問も無いこともないが。

もうひとつは、燃料に水が混入しているという可能性である。
出発2週間前、ガソリン携行缶の中に入っていたガソリンを給油したのだが、どのくらい古いガソリンかまったく考えることなく給油してしまった。あとで考えてみれば、もう3〜4年も携行缶の中に入っていたガソリンであったのだが、お恥ずかしい話だが、そのときはすっかり忘れていたのである。パッキンもずいぶん怪しくなっており、おそらく相当の部分が気化してしまい、かわりに内部結露が溜まってだいぶ水が混入していたであろう。

給油した直後からエンジンの調子が悪くなったのだが、なんとこのディフェンダーには燃料のドレン(排水)プラグが無く、仕方なく、水抜き剤をぶち込んでおいたのだ。ほどなくエンジンの調子も戻り、そんなことはすっかり忘れていたのである。
今回、燃料タンクの底のほうに残っていた水が、周囲の気温低下とともに凍って氷となり、タンクの燃料吸い込み部分に吸い上げられてひっかかってしまい、結果として燃料供給を阻害してしまっている可能性がある。エンストとともに燃料の吸い込みも止まるので、氷は再び沈むが、再度エンジンを始動すると吸い上げられ、燃料供給を阻害するという…。

このどちらもが昨日の状況も、また現在エンジンが動いていることも説明がつく。
なんとなく原因らしき事がわかってほっとする。
念のためパーキングを出て朝日が輝く浦幌市街を走らせてみる。…問題無し。結局、これといって何かをしたわけではないが、気温の上昇とともにとりあえずの問題は解決しつつあるようだ。早急に根本的解決(燃料の給油、水抜き剤の投入)をしなければならない。さすがに元日の朝ということもあり、浦幌市街には開いてるガソリンスタンドは見当たらない。しかたがないので、先を急ぐことにしよう。

途中、せっかくなので浜辺に出て太陽を拝む。
ちぇっ、昇る瞬間見逃したぜ!


昇りきってしまった太陽を太平洋越しに見る。
・雄別炭坑
その後、釧路手前の大楽毛(おたのしけ)というところで元日朝から営業しているまじめなガソリンスタンドを発見、給油および水抜き剤の投入を行う。

さてさて、本来であれば、もっと先に進んでいるはずであったが、エンジントラブルのためちょっと手間取ってしまった。今回ちょっと訳があって、毎日正午には面白いところにいようと決めてあるのだが、この辺で面白そうなところということで、雄別に向かうことにする。
雄別という場所はいまでこそ地図にすら載らないような地名だが、実はかつて炭坑があり、数千人の人々が住む大きな街があり、釧路駅からは石炭輸送用の鉄道が延びていた。しかし、炭坑が閉山になると同時に人々はいなくなり、いまでは廃墟が残るのみである。
国道240号から阿寒町で道道に入り、雄別を目指す。雄別に近づくとかつての鉄道の鉄橋などが見えてくる。そして鉄道の終点であった雄別駅跡の広場から道道を離れ小道に入る。おそらく狩猟をやる人がいるのだろう、踏み固められたわだちが残る。
約5分ほど進むと、一面にブルーのタイルが張られた鉄筋2階建ての廃墟が見えてくる。かつての病院跡である。
ここ雄別は前述のような状況から、廃墟マニア、廃線マニア、産業遺跡マニアなどの人々が集まる場所といわれているが、実はこの病院の廃墟は有名な心霊スポットであるらしく、心霊マニアもここに集まるのだそうである。
しかし、わたしの目的地はそんな薄気味悪いところではない。この廃墟の後ろの山腹に、かつての炭坑の坑口があるのである。病院脇に車を止め、スノーシュー(洋風かんじき)を履き、なるべく病院のほうは見ないようにして、坑口方向に向かう。だって、病院の窓から誰か覗いてるのが見えちゃったら怖いじゃないですかっ!

 
 

車を止めた場所から坑口跡までは約50mほど。そこをざくざく歩いていく。最後の土手を登るのに少々苦労をしたが、何とかたどりつくことができた。
坑口には「洞通別雄」の文字が彫られている。うっすらと三菱マークも読める(雄別炭坑は三菱財閥系)。坑口そのものはすでにコンクリートで閉鎖されて久しいが、下の排水溝からは湯気の上がる温水がとうとうと流れ出ている。どんなものが含まれているかわからないので、さすがに手をつける気にはならなかったが。
正午を待って証拠写真を撮り、車に戻る。なんの証拠写真かって? それはひみつだ。
・川湯温泉
その後、国道274号などを経由して川湯温泉に向かう。川湯温泉の駅前にある「つつじの湯」という公衆浴場に向かうためである。ここは100%の天然温泉の公衆浴場で、昨晩からいろいろ苦労をしたこともあり、ここですっぱり汗を流そうというのである。

川湯温泉駅にたどりつき、つつじの湯に向かう。
…本日休業。
お正月三が日は休業らしい。がっくり。

気を取り直して、川湯温泉駅の駅舎に併設されている喫茶店「オーチャードグラス」に向かう。ここでちょっと遅めの昼食と摩周湖コーヒーを飲もうと思う。
駅舎に入ると……、本日休業。
明日からだそうだ。がっくし。

しかたがないので摩周湖第一展望台に向かい、自分でコーヒーを淹れる。昼食代わりにはなぜか営業してたレストハウスのとうきびとジャガイモを食べる。ま、これもまた腹も膨れたし、うまかったからいいか。


車内喫茶システム

・ガソリン!
時間は午後4時。さて、そろそろガソリンの心配をしなければならない。
国道から摩周湖の展望台に向かう道道に入るときに、交差点のガソリンスタンドがやっていたので、そこで給油することにしよう。
展望台からその交差点に戻ってくると、…あれ?閉まってる。
さらに近所の弟子屈市街地をガソリンスタンドを求め、うろうろする。…みんな閉まってる。
すでに残りの航続距離は150kmほど(予備タンク含まず)である。この先、知床半島方面に向かおうと思っていたのだが、どこかで給油しなければまずい。
しかたがないので、経路上の次の大きな町である中標津を目指す。

摩周湖のふもと弟子屈から中標津までは約40kmほどである。中標津は空港もある比較的大きな街である。午後5時前には中標津の市街地に入る。
…ところが。やってない、どこも。
パチンコ屋のネオンはきらびやかに輝いているくせに、営業しているガソリンスタンドが1軒もないのである。

まずい。

なんか、去年も似たようなことしてたような気がするが、今回もガソリンスタンドを求めてうろうろすることになってしまった。ここで給油できなければ、知床半島に行ってしまったら身動きが取れなくなる。この先中標津よりも大きな町は無く、時間もどんどん遅くなっていくし、明日の朝まで給油できる可能性はまったくない。知床半島の羅臼という町の奥にある「熊の湯」という無料露天風呂で汗を流そうかと思ったのだが。

しかたなく、予定を変更し、まったく逆方向の釧路に向かうこととする。
午後7時前、釧路に到着。あっさりと給油完了。あ〜あ。

 

・シロンドー温泉
明日はいよいよ今回の目的でもある「神の子池」に向かうつもりでいるので、もう、いまから知床に向かうことは止め、代わりに神の子池へ向かう道道の近くにある養老牛温泉「からまつの湯」に向かい、仮眠をとることに決めた。
国道391号を北上し、養老牛温泉に向かっていると、標茶の手前で看板が目に入った。
「シロンドー温泉」「日帰り入浴歓迎」
しかも明かりがついている。

気がつくと、わたしはだれもいないシロンドー温泉の湯船で「くわ〜」と喜びの声を上げていた。
シロンドー温泉の日帰り入浴は午後8時までの受付で、わたしはたまたま午後7時50分ころに入ったのであるが、他に入浴客はおらず、広い湯船を独占することができた。これで500円は安い。
わたしはすっかりいい気持ちになって、そのままシロンドー温泉の真向かいにあるパーキングに車を入れ、仮眠を取ることにしたのだった。
 

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漂流旅記
2002.1.3 (c)おりじゃ