世紀を越えて 20世紀最後の、そして21世紀最初の旅〜その2〜 漂流旅記


 
・2000年12月31日
朝までゆっくりと眠り、ひきつづき準備作業を行う。
まずはカーナビのTVアンテナの取り付け。
ディフェンダーに搭載したカーナビは、ついこの間までジムニーで使っていたもので、TVチューナーも付属しており、TVが見れる。しかしわざわざ運転中にまでTVを見たいとは思わなかったので、アンテナはつけないでいた。
しかし今回の旅の目的は「雪を見に行く」ことである。天気予報をしっかりチェックしなければならない。ラジオの情報でもいいが、こういう情報は多いに越したことは無い。ちょっとカッコ悪いけど。

そして次にとりつけるのは、外気温計である。いわゆるカー用品屋で売っているような温度計だが、外気温用のセンサーつきのやつを用意した。これを付ける効果は「お〜、今、外はこんなに寒いのか〜」と思えることである。それ以外には余り無い。しかしこういう小道具が旅を盛り上げるのである。
ちなみにこれまでわたしが自動車旅で経験した最も低い気温は、3年前の2月、ジムニ−SJ10で釧路郊外を走行中に記録した−26度である。今回はこの記録が破れるであろうか。

ほかにも寝袋、毛布などを積みこみ出発の準備をする。

15時、いよいよオクタマ基地を出発。買い漏らしたものを道中で揃えつつ、一路高速道路の入り口へ向かう。
 

・東北自動車道
18時9分、東北自動車道浦和料金所を通過。
対向車線は暴走族取締りの警察車両がきらびやかに回転灯を回している。
下り車線は全くがらがら。馴らし運転中のため100km/hで巡航しているディフェンダーを、他の車がどんどん追い越していく。

6時33分には利根川をわたる。関東平野ともしばしのお別れである。

ラジオで気象情報を確認する。
低気圧が発達し、今夜遅くから明日にかけて北日本は大荒れの天気になり、日本海側を中心に大雪になるとのこと。いやぁ、ついてるなぁ。運転しながら自分の日頃の行いの良さに驚きの声を上げる。

それにしても車が少ない。宇都宮を過ぎる辺りからは、前後に車が見えなくなることもしばしば。
まぁ、大晦日はおうちでゆっくりしていて、こんな酔狂なことはやらないのが普通の日本人であるからあたりまえといえばあたりまえかもしれないが。
燃料計の針が心細くなってきたので、20時ころ那須高原SAに入る。


那須高原SAにて

ここまでの走行距離266.2km
 


 
・山形へ
村田ジャンクションから山形道へ入る。もちろん雪を求めてである。
道の両脇にちらほらと積雪が見えてきた。しかし残念ながら降雪は無い。そのまま山形へ入り、23時過ぎ、山形北ICで高速を降りる。ここからは奥羽本線沿いに北上だ。

国道13号沿いのスタンドで給油。車に餌を与えたところで自分の空腹にも気がつく。と、行く手に見慣れた看板が。今世紀最後の食事をここでとるとしよう。そう吉野家だ。20世紀最後の食事ということで、牛鮭定食卵付き、しかもつゆだく
…遠くで除夜の鐘が聞こえる。わたしの20世紀はこうして暮れていく。

 

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漂流旅記
2000.12.31 (c)おりじゃ