NASDA最後のロケット
種子島に情報収集衛星を積んだH-IIA6号機打ち上げを見に行く(1)
漂流旅記

・「ふじ計画」発動(2003.09.24 16:56 東京駅 雨)

9月24日の夕方、わたしは重い荷物を担ぎ東京駅10番線ホームにいた。これから「ふじ計画」を発動し、大分行き寝台特急富士号に乗車するのである。
すでに、ビールとおつまみも調達済みである。あとは個室寝台でゆっくりと酒を呑めばよい。列車が入線するとともに車内になだれこみ、8号車10番の個室に店を広げ始める。

今日のつまみは、駅前のデパ地下で調達した焼き鳥である。それをビールで流しこむ。ん〜、幸せ、幸せ。
列車発車と同じに呑み始め、横浜につく頃には缶ビール3本と焼き鳥12本が消費される。そしてそのまま寝台に倒れこみ眠りに落ちる…。
 

・延期、そしてまた延期
今回の旅の目的は、種子島に行きH-IIA6号機の打ち上げを見てくるというものである。
すでにわたしは2年前の8月、同じく種子島までH-IIA1号機の打ち上げを見に行ったことがあり、H-IIAの打ち上げを見に行くのはこれで2回目となる。
前回の1号機は試験機ということもあり、積まれていたのは性能確認用ペイロードのVEP-2という、いわば「単なるおもり」であったが、その後H-IIAは合計2回の試験機打ち上げを経て、すでに実際の衛星打ち上げの実用段階に入っている。そして今回の6号機に積まれているのは「情報収集衛星」である。

わたしがわざわざこの「情報収集衛星」打ち上げを見に行くという背景には、日本がいわゆるスパイ衛星を保有することについての是非や、ひいてはわが国の安全保障、そして東アジアの平和と安定という問題に対して日本国民の一人として、正面から取り組むため、などといったことは全く無い。ただ単にこの時期の打ち上げであれば会社の休みがとれるかな〜、などというお気楽な理由によるものであった。

当初この打ち上げは9月10日に予定されており、わたしの休暇もそれにあわせて申請してあった。しかし、8月には入り、固体ロケットブースターに不具合が見つかったとのことで、打ち上げは9月22日に延期された。わたしも一度申請してあった休暇届を上司を拝み倒して変更してもらう。
ところが、打ち上げ4日前の19日になって、今度は第1段エンジンのLE7Aのバルブに不具合が見つかったとのことで打ち上げは再度延期になってしまった。
そして、東京を出る9月24日現在、打ち上げ日がいつになるのかについての正式な発表はなされていない。

 

・情報収集衛星打ち上げの情報を収集する
22日の打ち上げが中止という情報が19日に入り、早速新たな打ち上げ日の情報収集を開始するが、積荷が積荷だけあって、NASDA(宇宙開発事業団)の公式サイトなどにもほとんど情報が無い。前回の5号機も「情報収集衛星」の打ち上げであったが、そのときもNASDAのサイトはほぼ沈黙を守り、情報は出てこなかった。
今回も「延期になった」という事実は発表になっても、新たな打ち上げ日については「月内」という目標は示されていたが、具体的な日付の情報は無かった。

この時点で、いままでの経験から、打ち上げ日を予想してみると、まず大前提として、種子島の漁協との漁業補償が9/30までということで、10/1以降の打ち上げはありえない。ということから、予備日が設定できず一発勝負となる9/30の打ち上げもありえない。
また、同じく推進剤注入後に不具合があった場合の余裕を考えると9/29もありえない。
ということで、延期可能な最終の打ち上げ日は9/28。
もひとつ余裕を見て、NASDAとしては9/27より前に設定したいはず。
一方、不具合部分がLE7Aのバルブということで、どの部分かはわからないけど、交換自体はそれほどでもないはず。しかし、19日の段階で「月内には打ち上げ」と発表したところからすると、どう考えても22日には終わらないくらい、その後のチェック手順が厳しそうな部分に違いない。ということは、9/23とか9/24もありえない。
以上の考察により、今回の打ち上げは9/25〜27と見たのであった。
一方、わたしの休暇は最大限引き伸ばしても28日が限度である。これ以上は仕事の都合もあり休むことは出来ない。

かくして、打ち上げ日は未定ながらも、いったん予約した航空券やら宿泊やらレンタカーやらの予約をその辺を目処にとり直し、ひきつづき打ち上げ日の情報を集めていった。
そして、21日には未確認情報ながら「打ち上げは27日」という情報が入ってきた。その後、いくつかの情報源から「どうやら27日らしい」といううわさが入り始め、「27日説」が濃厚となるも、NASDAからは発表が無い。
いろんなコネを通じてそのウラを取るべく走り回ったが、最終的には24日午前にNASDA経由内閣調査室の情報として27日12:00打ち上げの公式情報が取れたのであった。
しかし、電話口で「内調(内閣調査室)に確認しますので…」といわれた日にゃ、ぶったまげたねぇ。まさかわたしに内閣調査室なんてものが関わってくることになろうとは露ほども考えていなかったんで。
まぁ、今回の積荷の荷主は内閣調査室だそうなんで当然といえば当然なんだが。

打ち上げ日が固まったところで早速種子島に渡る手配にかかる。もちろん事前にヤマを張っておいたこともあり、それほど苦労も無く準備は進む。27日の打ち上げであれば25日中に種子島に入れば十分間に合う。
あとはいつどのような手段で種子島に向かうかだけである。飛行機であれば25日朝に東京を出れば、その日の午後には種子島につくが、すでに23日から会社は休みに入っており、 せっかくなので24日の夜行列車で鹿児島に向かい、25日夕方の飛行機で種子島に入ることとした。寝台特急富士を使うので、これを「ふじ計画」と命名することとする。

一般的には閑散期ということもあり、24日の大分行き寝台特急富士号の個室や25日の鹿児島-種子島便のチケットは難なく取ることができた。

そして、24日午後、デジタルビデオカメラやらデジタルカメラやらとともに期待と不安をいっぱいに積めこんで、東京駅へ向かったのであった。
 

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2003.09.25 (c)おりじゃ