JAXA最初の大型ロケット
種子島にH-IIA7号機打ち上げを見に行く(1)
漂流旅記

・再び 種子島(2005.02.25 13:00 種子島空港 晴れ)

2月25日。1年3ヶ月ぶりに種子島空港に降り立つ。
久しぶりの種子島は、2003年11月とさほど変わらずわれわれを迎えてくれた。
今回の目的は、明日26日打ち上げ予定のH-IIAロケット7号機の 取材 見物である。
 


・ 2003年11月29日
2003年11月29日、H-IIA6号機の打ち上げが行われた。
当初9月10日に予定されていた打ち上げはその後二転三転し、11月29日に決まったのであった。9月の種子島訪問についてはNASDA最後の ロケットに記したとおりである。
そこでわたしは、「きっと、また、わたしはここに来るだろう」と記した。そしてその言葉どおり、延期された打ち上げにも駆けつけたのである。
2003年11月29日午後1時33分、H-IIA6号機は曇天の種子島を離床した。
わたしは約3km離れた畑の中からそれを見ていた。


午前中から小雨がぱらつく中、情報収集衛星を積んだH-IIA6号機は、13時33分、予定通りに点火された。轟音を上げつつ上昇し、 そしてすぐに低い雲の中に隠れてしまった。
それでも雲の中から力強い噴射音が響き、そして遠のいていった。
同じ場所で見ていた数人の方々からぱらぱらと拍手が上がり、わたしも「無事上がったな」と考えていた。

しかし、ほどなく撤収作業中のわたしに、プレスセンターで取材中の松浦氏(註1)から 電話が入る。
「破壊指令が出て、ロケットは破壊された!」
「……は?!」

…先ほどの順調な打ち上げとのあまりの落差に言葉を失う。
「それは本当ですか!?」
「いや、今、プレスセンターも混乱していて…」
…呆然とした。

その後、JAXAか ら公式発表があり、補助ロケットSRB-Aの分離失敗により、予定の起動から外れ、打ち上げ後10分53秒に破壊指令コマンドが送信され、H- IIA6号機は破壊された。
9月の打ち上げの際には延期になったこともあり、たっぷりとその機体を見ることができたあの6号機が、いまは情報収集衛星とともに太平洋の海中で残骸に なっているという。
あんまりといえばあんまりの結果であった。

(註1)松浦氏
宇宙開発系ノンフィクションライターの松浦晋也氏。ウェブサイトはこちら。

その後のH-IIA6号機の原因調査究明およびJAXAを取り巻く動きなどは、前述の松浦氏の執筆された著書「国産ロケットはなぜ墜ち るのか」に詳しく記 されているので、ここでは割愛するが、要するにH-IIAの補助ロケットSRB-Aが異常燃焼により、ノズルに穴があき、その近くをとおっていた切り離し のための配線を焼き切り、正常な分離が行われなかった、ということが直接の原因であり、補助ロケットSRB-Aの燃えカスという「重り」が予定の高度・速 度に到達することを阻み、結果として軌道を外れ、破壊指令に至ったのである。

わたしも失意のもと、種子島を後にし、いつもならアップする旅行記すら更新せずしまいであった。

・H- IIA7号機に向けて
その後、宇宙開発機構JAXAは原因究明から補助ロ ケットSRB-Aの改良などの作業をすすめていたが、2005年2月、いよいよ6号機の教訓を生かしたH-IIA7号機が打ち上げられることに なった。
今度の積荷は運輸多目的衛星新1号(MTSAT-1R)。「ひまわり」の後継となる気象観測とと航空管制機能を併せ持った大型静止衛星である。この運輸多 目的衛星新1号(MTSAT-1R)もいろいろと多難を乗り越えここまでたどり着いたミッション(註2)で あり、今回はロケット、そして衛星ともに再起を賭けた打ち上げとなる。

註2 多難を乗り越え…
もともとはH-II8号機で運輸多目的衛星1号(MTSAT-1)を打ち上げたのだが、ご存知のとおり、H-II8号機は1段のロケットエンジンLE-7 のターポポンプ不具合のため、予定の推力が得られず、軌道を外れ、これまた破壊指令が出され破壊された。
急遽、代替の衛星、運輸多目的衛星1 号(MTSAT-1R) をアメリカの衛星メーカーに発注したのだが、なんとその会社が途中で潰れ、衛星の納入が大幅に遅れ、そうこうするうちにH-IIA6号機が打ち上げに失敗 し、打ち上げ予定さえも延期になってしまった。
おりしも当時日本上空をカバーしていた気象衛星ひまわり5号が寿命に達しており、もともとぎりぎりのところでの打ち上げだったのだが、その間に「ひまわ り」は寿命を終えしまった。今の日本の気象予報は、アメリカの予備の気象衛星を貸してもらい、そのデータを使って行っているのである。


2004年12月に宇宙開発機構JAXAより「2月下旬に打ち上げ」という発表があった。
飛行機の予約状況やいわさきホテル(註3)の予約状況から2月23〜25日くらいが怪しいとにらんだわたしはその時点でと りあえず種子島行きの飛行機の予約だけ入れておく。
そのとき休みが取れるかどうかはわからないが、飛行機さえ確保しておけば、あとはなんとかなるものである。

註3 いわさきホテル
鹿児島県では知らない人はいないいわさきグループが経営するホテル。
種子島随一の高級ホテルでなおかつ種子島宇宙センターからも至近なため、打ち上げ時には打ち上げ関係のお偉いさん方が泊まるらしい。
打ち上げ日時発表前にJAXAのほうで宿や航空機を必要分押さえてしまうらしいので、このような予約状況から打ち上げ日時をある程度予測することは可能。


その後、2月24日17時9分という打ち上げ日時が発表になった。予定通りである。
が、しかし2月24日は木曜日。しかも打ち上げ時刻の関係からその日のうちに来たくすることは不可能。前日に入るとなると水曜から金曜日まで3日間仕事を 休まねばならない。
30代も後半に入ったしがないサラリーマンにとっては無謀ともいえる計画であるし、なんでそこまで、という思いもないこともなかった。
だがしかし。
H-IIA1号機の打ち上げをこの目で見、そしてH-IIA6号機の延期と結果的に失敗となった打ち上げを見てきたわたしとしては、ぜひとも今回の打ち上 げは生で見てみたい、という思いがあったのも事実である。
2月には入り、なんとかむりやり休みを作るべく必死で働いたのであった。

・また 延期

そうこうするうちに2月も下旬に入った。なんとか上司もうまく丸め込み、仕事にも支障が出ないよう対策を講じ、宿を押さえ、レンタカー も押さえ、あとは出発日を待つだけという状況になった。
が、明日に控えた2月22日昼、 するしかないという状況にしてあったわたしに突然の知らせが入った。
「26日以降に延期!」
また例により松浦氏からの情報である。
なんでも種子島地方の天候が思わしくなく、天候待ちのため26日以降に延期となったのである。

26日「以降」というのがくせものである。
26日であれば、金曜1日休めば週末を利用して最小限の休みで済む。
しかし、27日だと月曜日に休まねばならない。月曜の午前中、東京でどうしてもはずせない会議があり、休むわけには行かなかったのだ。
松浦氏に聞いてみると
「『26日以降』って行った場合は、これまではだいたい27日になる例が多いようだよ」
…ああっ。
そのとき発表されていた種子島地方の週間天気予報でも、26日も27日もどちらも天候は悪くないようだが、 なるべく26日になってほしいっ!

…祈りが通じたのか、24日の会議で「26日午後5時9分打ち上げが決まった。
ふぅ。


つづく

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2004.02.25 (c)おりじゃ