Soliloqui − 独り言(?)

2007.09〜2009.05
まではこちら



04月24日(土)

 年度が替わり、職場も変わりました。環境がそれまでとはがらりと変化し、正直戸惑っています。今
度の仕事の内容は以前の経験を買われた形で、その点から言っても3月まで入っていた職場とは訳が違
います。どちらかと言えば、昨年春に前に在籍していた会社が傾くまで就いていた業務内容に近く、言
わば1年間の回り道をして元の所に戻って来たようなものです。しかしながら、以前とは自身の心の持
ちようが違います。それが先立って記した「戸惑って」という事になるのです。限度というものはあり
ますが、時には辛く厳しい環境に身を置く事も有効かも知れません。以前は真っ直ぐの方向から見えな
かった仕事が、いろいろな角度から見ることが出来るようになるからです。「ここまで」という線引き
も、以前よりは広がったように思います。いや、単に調教されてしまっただけの事なのかも知れません
が。とにかく酷かった頃のことは忘れずに、日々の仕事に真面目に取り組むようにしましょう。

 エコポイント制度基準の変更に伴う年度末の商戦に乗せられる形で、ようやく地上波デジタル放送対
応のテレビに買い換えました。買うまでは機種がどうの値段がどうのと人並みにいろいろと考えたもの
ですが、買い換えてしまえば何ということはない、ただのテレビです。せいぜいテレビの上に溜まる埃
の量が少なくなっただけの話で、番組ソフトが飛躍的に増える訳でもなく、以前に見ていたアナログテ
レビを何故わざわざ手放さなければならなかったのか、意味がよく分かりません。回収されていった旧
テレビは何一つ故障も無く、とても高品質であと十年以上も使えそうだったのですが。
 我が家では調理時などによくラジオを聴きます。ラジオという媒体は視覚を奪わない点が優れている
ので、ながら作業には持ってこいですね。先日、つれ合いが夕食の支度をしていて僕もその手伝いをし
ながらテレビの野球中継を見ていたのですが、テレビの実況や解説がいまひとつなので、テレビを消音
してAMラジオの中継を聴くという合わせ技を使ってみました。実況中継はラジオの方が断然上手く、
解説者も本当に巧くて面白い方を揃えているのです。そうして暫く観ていたのですが、途中でどうもお
かしな事に気付き始めたのです。ラジオの音声に比べてテレビの動きが物凄く遅いのです。一瞬だとか
コンマ何秒とかの次元ではありません。2、3秒ぐらい遅れているのです。テレビで投手が振りかぶっ
た時には、既にラジオではセンター前ヒットを報じているぐらいの差です。ラジオとテレビの合わせ技
野球観戦は今始めたことではありません。以前から行っていました。しかしアナログテレビではこのよ
うな異常を感じたことはありませんでした。試しにアナログ放送に切替えてみると、遅れは無くはない
のですがこちらはコンマ数秒の世界です。えー、と思わず自宅で騒いでしまいました。これってディグ
レードじゃない。政府主導の事業なのに莫大な費用を投じていながら映像配信速度が落ちているってど
ういう事なのでしょう。

 と、ちょっと印象に残った出来事だったので書き付けてしまいましたが、これは結構よく知られてい
る事なのでしょうか。だとすれば世相に疎いひとが何か驚いてるよ、と笑い飛ばして貰えば良いのです
が。「地デジコールセンター」に尋ねてみたなら、納得のいく答えを頂けるのでしょうか。今日はもう
この先使う予定のないVHSビデオデッキをハードオフに持って行って引き取って貰いました。代金と
して30円貰いました。あまり使わなかったので、ヘッドはとてもきれいな状態だったのではないかと思
います。普通に動いていたテレビを処分しビデオを処分し、何だか自分が何をしているのかよく分から
なくなってきました。



03月02日(火)

 バンクーバーの冬季五輪が終わりました。事前にはそれ程興味があった訳でもないのに、いざ始まる
とやはり五輪の情報には目を向けてしまうもの。一つの道を極め鍛え上げた競技者の晴れ舞台というの
は輝かしいものです。勝負にこだわるのは大切なことなれど、それはあくまでも闘いに臨む当の競技者
が自らに課すこと。観せて頂いている立場としては、どの選手にも同じく賞賛を贈ることが正しい在り
方でしょう。たまたま時間が合ってテレビで観ることの出来た、鈴木明子さんの素晴らしい演技が、今
回目にした多くの映像の中で最も印象に残ったものです。先々、祭典の記憶として思い出すこととなる
のでしょう。

 昨年より続いた仕事の契約期限が、遂に残り一月を切りました。これまでの経験が何も生かせぬ、稼
動が非常に高いわりには作業の無駄が多過ぎる、結局最後まで職場の文化に馴染めず、等々とにかく口
を開けば愚痴しか出ないような仕事でしたが「このご時世に仕事があるだけ」という問答無用の呪文の
もとに耐え続けた半年あまりでした。既にシステムリリース済みということもあってか、既定で休日返
上のこれまでの状況が一転、作業が殆どなくなってしまいました。今月末までの僕は、まさにただの無
用なコスト。だから言わんこっちゃない。残りの日々、せめて何かのお役に立てますように。

 ブックオフの百均棚で見つけた、最相葉月氏著の「絶対音感」を読了。大分前のベストセラーの書な
ので今更この本についての感想などを書き付けるのも恥ずかしいのですが。一般の読者にも分かり易く
著されたこの本、それでも扱う内容が音楽の専門的な分野に及ばざるを得ないため、難しい箇所が幾つ
もあります。しかし、僕は自分が寧ろ「専門」の側に含まれる人間なのだと、実に久方振りに実感しま
した。勿論、専業の音楽家の域には到底及びはしません。それでも、音感も十分な知識も無い徒手空拳
の身で編曲に取り組んだ若い頃の日々を思い出しましたし、絶対音感が平均律に基づくという興味深い
点もまた、かつて自然倍音主体の移調楽器の奏者だった自分の身と照らし合わせる事が出来ました。
 ああ、そうだったな。僕は決定的に音楽と演奏の才能は無かった、けれども何も持たないながらも自
分なりにもがき苦しみ勉強して精進していたな、と、平たく言えばそういった事を思い出した訳です。

 多少暖かい日もちらほら。清酒のお燗は終わりにしてバーボンを買ってきました。どうした訳か久し
振りのウィスキーがとても美味しい。おやおや、と気分が良くなって、ふと本棚に置いてある昔の雑誌
を開きました。二十年も前のブルータス、洋酒の特集ページ。ああそうだ、忘れていたなあ。そこには
多種多様な洋酒の数々が紹介されています。洟垂らしていた頃の僕のバイブルでした。並行輸入のお店
を巡っては珍しいお酒を買い込んで試していたものでした。思えばここ数年は決まったものしか飲んで
いなかった、と実感。ここでもまた昔の感覚を少しばかり思い出しました。

 環境が変わるというのは結構大切なこと。仕事の節目を迎えるにあたり、他の部分での気持ちの刷新
も行われているのでしょう。ようやく僕にとっての年明けが来ているのかもしれません。今年の夏は是
非、フェルネ・ブランカを飲もう。



01月18日(月)

 慌ただしく日を過ごしているうちに、気が付けば歳を越していました。昨年は知人が二人、著作を出
版しました。各々、想いと情熱が結実した素晴らしき功績。襟をただして拝読せねば、と思います。そ
れと共にどうしようもなく焦る気持ちが湧き立つのは如何ともし難い。ああ書かねば、書かねば、と悩
んではみるものの、頭を冷やしてよく考えて見れば、訴えかけたい何かの姿が一向に明確にならないの
です。30歳ぐらいを境に僕の意識は長い長い隧道の中。未だ見えない道筋を探して日々を送ります。
若い頃よりも今の方がずっとずっと苦しい。でもいつでも「今」というのはそういうものなのでしょう
か。

「ウィズアウト・ア・ソング ライブ・イン・ヨーロッパ」フレディ・ハバード
 一時期の過度な熱狂時期を過ぎて、少し醒めた頭でジャズ盤に対峙するようになりました。好きだと
思い込んでいたものに実は微かな飽きを感じ、少しひねた目で見ていた盤が実は部屋で流す回数が増え
ていた、というように。その中でフレディ・ハバードについてちょっとだけ省みてみます。と言っても
人に語って聞かせるほどのものを持ち合わせている訳ではないのです。
 まずは「ハブ・キャップ」、聴く頻度が非常に高い盤です。ハバード氏若かりし時期の正統バップで
すが、完成度が決して高いとは言えません。粗削り。ボーナストラックの別テイクなどは完全に演奏が
崩壊していてびっくりします。それでも度々聴いてしまうのは、音楽する姿勢がとても肌に合うからな
のだと思います。ここではまだハバード氏単体に目を遣っている訳ではありません。熟練工、若手入り
交じった混合体としての楽隊に魅力を覚えているのです。
 次いで「アウト・トゥ・ランチ」「トゥルー・ブルー」「スピーク・ノー・イーブル」「処女航海」
いずれもリーダーではなくサイドマンですが、どういう訳か脇役としてのハバード氏は独特の魅力を発
するのです。氏の優れどころは何と言ってもセンス(感性)だと僕はにらんでいます。強烈な個性をぶ
つけるのではなく、アンサンブルの意図を正確に読み取った上でそれに則りながら最適な旋律を送り出
すセンスの良さです。ショーターならショーター、ドルフィーならドルフィーの音楽を正しく伝えなが
ら、その世界でハバード氏の音を高らかに響かせている、そんな印象です。
 そしてこのライブ盤に至ります。昨年の7月ぐらいだったか、ジャズ盤購入の打ち止め近辺に入手し
ました。ハブ・キャップよりはずっと洗練されている、鋭く才気の豊かなラッパの演奏です。氏の奏で
る即興部はいわゆる天才が放つような「それにとどめをさす決定版」ではないように思いますが、粋者
あるいは洒落者と言っても良いかも知れない、独特のアドリブ・パッセージはこの盤で十分に楽しめま
す。なにげに聴く頻度の高い盤となっています。

 素人ジャズ修行も、あまり無理せずこんな感じでゆっくりと。書き物も、何とか年間一本以上を目標
にコツコツと。喚かず騒がずまず一歩一歩淡々と。とりあえずはこれが今年の指針のようです。



12月06日(日)

 大変残念なことに、現在の職場の契約が来春3月末まで延びてしまいました。この不況下、本来なら
ば喜ぶべきことなのでしょうが、うーん。一体この人材の何が必要なのか。と言うか、実際何もしてい
ないのだけどなあ。パンの為に働く事を決心した身としては稼働のきつい仕事は有難くないのですが、
腹を据えないといけないようです。まずは三ヶ月定期券を買うことから。

 さて今日は、車のお話。熱心な車好きという訳ではないですが、一応は自家用車を持っています。結
構長く乗り継いできましたが、エコカー減税と補助金という優遇措置があるということもあり、買い替
えることとなりました。その、手放す方の車の話。スズキ・エスクードのことです。
 モデルとしては2代目で、初めての4ドアとして登場しました。形は初代と殆ど同じです。「ノマド
(遊牧民)」というモデル名が付いていました。中古車で購入した時点で5年過ぎ、その後11年間乗
りましたので、都合16年の稼働でした。小型の四輪駆動車という今ではさほど注目されていない分野
の車で、当時の競合車種としてはトヨタ・RAV4や三菱・パジェロイオなどが思い出されます。

 きっかけは、当時乗っていたセダンが完全に動かなくなり廃車となったことです。学生時代の先輩か
ら譲り受けた、昭和生まれの年代物でした。単身赴任中だった親父が家に帰って来ていた時に、一緒に
近所の中古車屋を見て回りました。初めは普通にセダンタイプの車を選ぶつもりでしたが、何軒目かに
立寄ったスズキの中古車屋に置いてあったエスクードに目が止まりました。当時の職場には何故か四駆
に乗る人が多く、話がいろいろと耳に入っていたからかも知れません。結局、その後数軒の店を回った
後、エスクードを購入することに決めました。これが始まりです。
 よもや自分が四駆という選択をするとは思ってもいませんでした。バブルも過ぎてもう下火になって
はいましたが、当時はどうもでかい四駆車は遊び人系のクルマ、という偏見があったからです。(その
昔、大宮駅の周囲にはよく大型四駆に乗った丘サーファーの方が群れていらっしゃったものです)しか
し、エスクードは小さかったのです。小回りも利き、街の車としては最適の大きさでした。そして、カ
ンガルーバーもスキーキャリアも大きいライトも付けない状態のエスクードは、失礼ながら、大変“地
味”だったのです。それが僕の凡人としての嗜好のハードルを押し下げたのかもしれません。ちなみに、
現在のモデルのエスクードは大きくなり、どちらかと言うと大型四駆(SUVとか言うのですか?)の
区分けに入ってしまいました。

 地味で小さなエスクードでしたが、その本当の姿を知ったのは購入してからしばらくのことでした。
前述した職場の四駆保有の皆で、バーベキューがてらオフロード・コースに行こうという事になったの
です。あまりに凄まじいオフロード・コースの現地を初めて見た時、僕は愕然としました。こんな所を
車が走れる訳がない、と思いました。中古とは言え、買ったばかりの車がボコボコになってしまう、と
憂鬱にもなりました。しかし、それは単なる杞憂に過ぎなかった、と今なら分かるのです。それ程まで
に、四輪駆動に入れた時のエスクードは凄かったのです。(普段は二駆です)壁のような傾斜を駆け登
り、悪路を跳ね回りました。山野を駆け回るエスクードはとても嬉しそうにさえ見えました。多分、最
初に乗っていた時の僕は、ガンキャノンに初めて乗った時のカイ・シデンのような状態だったと思いま
す。この経験が、僕にとっての良い“重し”になりました。
 その後何度か同じメンバーでコースに行く事がありました。チェロキー、ランクル、パジェロ、サー
フ、並み居る有名車の中でもエスクードは決してひけをとってはいませんでした。寧ろ、本当の悪路の
環境下では、どれ程パワーがあろうとも小型車の方が圧倒的有利なのです。大型車が溝にはまり岩場に
挟まって悪戦苦闘している横を、ジムニー保有の先輩とエスクードの僕はすいすいと抜けて行く、とい
う具合でした。エスクードが何かの国際レースで優勝をした優秀な車である、と教えられたのもその頃
の仲間の方からです。僕のエスクードも「良い車だね」とよく褒められました。お世辞でも、大変嬉し
かったものです。

 オフロード遊びは最初の1、2年だけで、残念ながらその後は四駆に入れる機会もなくなりました。
しかしながら、その経験はずっと重しになって僕の心に大切に残り続けました。エスクードという車の
勝負どころがどこであるかを知っていること、その本当の力を知っていることが大事だったのです。だ
から普段の乗用ではいつでも余裕を持つことが出来ました。高速道路では決して無理はしません。僕自
身が運転下手ということもありますが、そこはやはりエスクードの舞台ではないからです。そこそこの
スピードが出ることは分かってましたが、あくまで安全運転。高速道路はハイグレードセダンやスポー
ツカーに譲ります。でも山では絶対に負けません。舗装の道でもです。平地でやたらに煽ってきたハイ
グレードの大型車を箱根強羅の急勾配で一気に突き放したのは実に痛快でした。僕も結構性格悪いので
す。
 それほど乗り回した訳ではありません。北は福島、西は西伊豆が最遠方です。でも今までの暮らしの
個々の場面に一緒にいた車でした。結婚式場にも乗って行きました。倒れた家族を病院に連れて行く時
は必死に飛ばしました。よく祖母と母を乗せて和食ファミレスに食事に行きました。一度、山道で不覚
にもフェード状態に陥り、大変恐ろしい目に遇いましたが、寸でのところでエスクードのブレーキは耐
えきってくれました。今でも僕は、エスクードという車だから助かったのだと思っています。結果とし
てこの11年間は無事故無違反で終わりました。運転下手の僕が出来ることではありません。優秀な車
が守ってくれたのです。

 僕は決して良いオーナーではなかったと思います。武骨が身上のオフロードカーだということをよい
ことに、ほとんど手入れらしい手入れもしていませんでした。なので、最後には所々塗装の剥げた、ま
ことに可哀想な姿になってしまいました。この点だけは本当に申し訳なく思っています。その他電装系
の劣化は顕著で、晩年は細かな点でちょこちょこと不便がありました。しかしながら、走行能力では最
後まで衰えというものを見せませんでした。前に乗っていたセダンは完全に動かなくなりましたし、僕
が幼い頃に実家で乗っていた車も同様の最期でしたので、この車は品質が極めて高かったということで
しょう。走るという一点において、エスクードは最後までその力を保ち続けたのです。
 繰り返しますが、車好きではありません。それでも、愛着のある車を手離すに際してこれだけ長い文
を書き連ねることが出来るのです。拾い集めた記憶の断片は、何でもない場面ばかり。でも、今になっ
てそれがとても大切なものだと分かるのです。人に近い道具たちは魂をもつのかも知れません。
 善き器はその造り主をうつす。エスクードに導かれたのか、次に選んだ車もスズキです。信用とはこ
ういうことなのだな、と思います。残念ながら次に選んだのはエスクードではありません。現行のエス
クードは全く別の車です。悪い車だとは思いません。選ぶ人の期待を裏切らない、良い車だと思います。
でも、腕白坊主ジムニーの、地味ながらも頼りがいのある良き兄貴分だったエスクードはそこにはいま
せん。だから現モデルは選びませんでした。正直、僕のような旧オーナーは少なくはないのでは、と思
います。

 言葉は尽きたと思います。既に駐車場にはエスクードの姿はありません。エコカー補助金支給の条件
は廃車と完全な解体との事です。きれいごとは言いません。少しでも買い替えが安くなるからと、まだ
十分に走ることの出来るエスクードを手離してしまったのです。彼が解体される様を想像するのはとて
も辛いことです。冗談交じりによく嫁と話したものです。海外旅行なんかに行ったら、もしかしてどこ
かの国で見覚えのある車を見つけてしまうんじゃないか、と。それはただの感傷に過ぎないのですが。
あるいは、たとえ形はなくなっても彼という存在はあり続けるのではないか。スーパーシルフィード・
雪風ではないけれども、朽ち衰えたボディから解き放たれた彼の魂は、大好きな野山をもっと自由に駆
け巡るのではないか、と。もちろんこれもただの感傷。でも、その有り様を想像すると、少しだけ嬉し
く、そしてとても寂しくなるのです。

 さようなら、エスクード。
 運転の下手な僕をずっと助けてくれてありがとう。
 僕の寿命の続く間は、君のことを何度も思い出すでしょう。



10月24日(土)

 すっかりと間があいてしまいました。只々意味もなく長い稼働に心底うんざりしながら日々を過ごし
ています。人間は適応の動物ですが、ことこの職場環境については全く馴れるという事がありません。
一日も早く抜け出したいところです。

 実は今年のジャズ盤購入が7月を最後に途絶えてしまいました。仕事に時間をとられるようになった
こと、ゴルフデビューにちょっと出費がかさんだこと、等々いろいろと理由はありますが、それと共に
自分の感性の容量が逼迫していたこともあるのだろうと思います。元々底なしに広く深いジャズの世界
のこと、どれ程貪欲であっても一気に全てを飲み込もうとするのは不可能です。ジャズを聴こうと決心
してから今まで、購入盤は40枚を超えていますが、これ以上増えたら自分の中で消化しきれないので
は、という不安感はありました。きっと「その時」が来たのだろうと思います。余程聴きたいものは別
として、今ある盤をよりしっかりと聴き込むことへ方針を変更したいと思います。

 それとは別に、今年も行ってきました横浜ジャズプロムナード。晴れてよかった。今回は山下公園で
開催のワールドフェスタという世界各国の料理を楽しめるお祭りで腹ごしらえをしてからの参戦。こち
らの方ももう長く続いている有名な催事とのことです。今回は連れと二人でパエリヤ、イカ墨パスタ、
ケバブ、ネパールの豆料理などを頂きました。他にも興味を引くお料理が山のように。次回も必ず行こ
う。

・渋谷毅オーケストラ
 関内ホールにて。序としては上々。大編成の面白さを堪能しました。以前から聴きたいと思っていた
 峰厚介氏のプレイも観られて満足。すごく味わい深いツインドラムス。何故か会場を出た所で派手な
 装いの鈴木勲さんとすれ違ってびっくり。

・大隅寿男トリオ
 今回聴いた中では随一の腕利きプレイヤー揃いだったと感じました。大隅氏のプレイがあまりにも豪
 放。キム・ハクエイ氏も前から聴きたいと思っていましたが、実物はすごくイケメンさん。しかし精
 密機械のような鋭いピアノなのです。開港記念館にて。ここ、良いホールだなあ。

・THE包丁MENS
 街角ライブで見た強烈な格好のバンド。キャラバンはなかなか良かったですよ。

ここで夕食は安記の中華粥を初めて頂きました。大変美味しい。栄楽園なくなっちゃったのですね。と
ても残念。

・椎名豊リーダーカルテット
 Five stars recordsの4階にて。本当に普通のマンションの一室なので驚きました。
 谷口英治氏(cl)と川村竜氏(b)がどのような化学変化を起こすのかが楽しみで、今回の目玉に
 していました。とても素晴らしい出来栄え。待ちのお客さんが一杯で、急遽入れ替えになって追い出
 されてしまいました。残念。

・川上さとみトリオ
 そして思わぬ残り時間を使い果たそうとすぐ近くのダウンビートに足を運び、出くわしたのが川上さ
 とみトリオ。お久し振り。大隅寿男さんの豪胆で陽性の叩きとは全く対極に位置する、緻密且つ怜悧
 な田鹿氏のドラムは健在。締め括りとしては最適のプレイを聴かせて頂きました。

一日歩き通しで帰りはお疲れ。でもとても充実した疲れでした。



09月19日(土)

 実に久し振りに土曜が休みとなりました。当たり前になっていた週休二日の有難みを、ひしと感じて
います。二日間休みがあれば生活の雑務もゆっくりと処理出来ますし、何よりも気持ちの休養の度合い
が全然違うのです。職場では相変わらずくさっていますが、大人げない自分をそうそうは抑圧せず、所
詮こういう器の小さい男だから、と開き直って日々の労務に耐えています。

 余裕のあるときに時々野球の田口壮選手のサイトを見ているという話は、以前に日記に記したことも
あります。ついこの間、マイナー3Aのシーズンが終了して早いオフに入られたとの記事を目にしまし
た。アイオワ・カブスでシーズンを終えた田口選手。残念なシーズンとなりましたが来年は活躍できま
すようにと、ファンの端くれとしてささやかに祈ったばかりでした。それが、今日久々にサイトを覗い
てみると、驚きのお報せが。残りの試合予定が二週間というこの時期に、田口選手のメジャー昇格が突
然決まったのです。怪我による選手の離脱で困窮したシカゴ・カブスの、緊急の処置によるものだそう
です。多くの試練と受難にまみえる人ですが、やはり野球の神様に愛されている選手なのでしょう。短
いシーズンですが、是非ともメジャーリーガー田口選手の勇姿を見たいと思います。

 先月末のゴルフ・コースデビュー。自分で想像していたよりも遥かにましな出来で、胸を撫で下ろし
ました。経験者の友人達に色々と助けてもらい、幾つもお目こぼしを貰いながらの、スコア155、ロ
ストボール3個という結果。決して褒められたものではないということは重々承知ですが、何よりも自
分自身が心から楽しく一日を過ごすことが出来た、ということが一番の収穫でした。ずぶの素人の僕を
終日フォローしてくれた友人達と、地元の練習場であまりに悲惨なスイングを繰り返す様を見かねて特
訓をしてくれた見ず知らずの紳士の方に、心から感謝致します。
 次回に向けて、少しはましに立ち回れるように練習を積もうと思います。



08月23日(日)

 土曜も出勤の職場に入ってしまった為、生活の流れの「あそび」がなくなって汲々としています。週
休二日が一般的になったのはそれ程古い時代の話ではないとは言え、自分が働き出した時には既に土曜
は休日の印象しかなかった訳ですから、どうしても負荷を感じてしまいます。しかも仕事の内容が全く
得るところの無いつまらないもの、という事で日々鬱々としています。それはそれ、と割り切ることの
出来る方がとても羨ましい。思い悩みがちな自分自身の性格がますます嫌になります。もういい歳なの
ですが何とも情けのないことです。一応は三ヶ月の短期業務、下手に延長されることなくさっさと終了
出来ますように。後ろ向きだなあ。

「ヒットパレード」akiko
 初対面シリーズの第6弾。僕にしては実にイレギュラーな購入盤です。暫く前にレコード屋のジャズ
のコーナーに行くと、必ず一番目に付く棚に「What’s jazz」の二枚のCDが置かれていた
ものでした。ジャズを聴き始めてちょっとは経ちますが未だ僕は歌手の方はあまり聴きませんので、そ
ういう点でもその時は該当の2枚の盤を購入対象としては見ていませんでした。それに加え、何となく
ジャケットが見てくれ重視のような印象でしたので、正直鼻白んでいたのです。きれいな娘だからいち
押し売りって訳?どこぞの「アーティスト様」じゃあるまいし、やだねえ、というように。
 勿論、これは大変失礼な偏見に過ぎず、僕という人間がいかにひとの外面にばかりとらわれる浅はか
な輩であるか、という事に尽きます。まずは聴くこと、それが大切なのですから。
 最近の僕にとっては珍しく、本作はラジオをきっかけとした購入となりました。何気なく聴いていた
FMでアルバム収録の「You really got me」が流れ、一気に掴まれてしまったので
す。音楽作りの感覚がいいし、これはしっかり唄うひとかも知れない、と思った訳です。実際に購入し
て聴いてみて、その印象は一層に強まりました。完全に前言撤回となりました。しかしながら、元来ホ
ワイト・ロックには興味のなかった僕が、この歳で聴き始めたジャズの世界で名前だけは知っていた歌
手の、ジャズではなくブリティッシュ・ロックのカバーアルバムに興味を持ったという、何とも倒錯し
たことになったものです。
 尚、副題で「a Tribute to LONDON NITE」と記されています。こんな世界
もあったのですね。僕は若い頃に小ハコ系のライブに入れ込むのがせいぜいでしたが、もっとしっかり
と遊んでおけば良い引き出しを持つことが出来たのになあ、と残念に思ったりしました。



08月11日(火)

 学生時代の友人達とゴルフのコースに出ることになりました。もちろん初挑戦。数年前に、これも誘
われてショートコースをまことに悲惨なスコアで回ったのが2回ほど、という身の上としては、大変な
挑戦となってしまいます。ボールをまともに打てるかどうかも怪しく、何とかクラブを投げ飛ばさない
程度の自信しかありません。心得のある人にいろいろと聞いたり本を読んだりと詰め込み勉強もしてい
ますが、三十半ば過ぎは何にしても物覚えが悪いのです。週末が来る度に練習場に向かうのですが、一
向に自分の中に何かを得られる気がせず、毎回失意のもとに退出して来ます。ただ最近少しだけ分かっ
たのは、僕のような次元の人間は自分が打つよりも寧ろ他の方が打つ様を見ている方が得られるものが
多い、ということ。と言っても、あまりジロジロと見ているのも失礼なので、出来るだけ放心している
かのような表情を装うようにしています。この話の顛末はまたいずれ。

「モンクス・ミュージック」セロニアス・モンク
 こちらは2枚目購入の第6弾。1枚目は、この一連のジャズ志向の発端となった、僕にとっては記念
の盤である「ブリリアント・コーナーズ」。今になって思うのですが、モダンジャズを真面目に聴こう
として初めて接したミュージシャンが、実は奇才とも言うべき特異な存在だったようです。ジャズ関連
の書籍を幾つか斜読みすれば、モンクというピアノ奏者の特別さについての記述は山ほど見付かるので
しょうが、自分で聴いてみればそれは大変よく分かるものです。
 並んだ5曲が緊密な構成を作り上げていたブリリアントと比べると、本作はまるで物語間の結びつき
が疎らな短編小説群のように思えます。一曲一曲は独立している。しかし、要となるのはやはりモンク
の特異さという点にあるように感じます。ひとことで言えば「何か変だ」ということです。これは悪い
ということではなく、バップやそれ以降の新主流派等々のどの音楽とも違う、この奏者だけの音楽であ
るということです。モダンジャズはどんどん変容し、次々に新たな形を生み出していくのですが、その
草創期に既にこうした唯にして一である存在があるというのはとても興味深いことです。
 本作は大所帯の7重奏団。そのせいもあって聴いている間はそれ程ピアノ個体の音はあまり意識しま
せんでした。ただ、ブレイキーのドラムだけはそこだけ切り抜いたように耳に飛び込んできます。彼も
またオンリー・ワンの奏者ということでしょう。



07月26日(日)

 横浜市の端っこに位置する我が家の近辺は本日快晴です。雲一つなく、ちょっと強めだけども気持ち
の良い風も吹いて、まことに爽快です。ここから車でちょっと走れば、湘南の海岸まではわりとすぐに
着きます。この時期に車で行くお間抜けさんはいませんが。海水浴には絶好の日和、今日の片瀬浜の人
出はさぞかしすごいことだろうと想像します。若干の空間的余裕を求める方には、隣の腰越浜をお薦め
します。立地はそう変わりませんし、夕暮れは寧ろこちらの方が映えます。
 あまり口には出さないのですが、ずっと気になっていたので書きつけておきます。近頃、天気予報が
かなり当たらないと感じませんか?今日だってこの地方は終日曇り空の予報になっています。何処に雲
が?もう春先ぐらいから嫁と二人で毎日そんなことをぼやいていたような気がします。元々自然現象は
人知の預かり知らぬ領域ですし、僕たち庶民には分からないような科学技術の最先端の現場では日々格
闘を演じているのかも知れません。でも「予報」と銘打ってるのならば、それなりの結果が欲しいもの
です。これはただの庶民的なぼやき。

「オフランプ」パット・メセニー
 こちらは初対面シリーズの第5弾。5月は期せずしてギタリスト月間となりました。と言いつつも、
下に記したウェス・モンゴメリーとは全く別の世界。名前だけは知っていた奏者ですが、実際に聴くの
はこれが初めてとなります。ECM盤を購入するのは本作で2枚目で、前に入手したのはチック・コリ
アのカモメのレコード。やはり音楽のカラーが近いように感じます。雰囲気がとても似ている。これは
バップだのモードだののジャズとは、とても離れたところにあります。それでもカモメにはもっとジャ
ズ寄りの感触がありました。本作は僕らがわりと聴きなれたフュージョンやクロスオーバー系の世界に
近いもののように思えます。ジャズに向かう時の、酔いつつ怜悧に眼を凝らすような心構えは要らず、
自由に浮遊・浮揚する音楽に乗る、漂うという接し方が良いのでしょう。各楽曲を聴く時の、理屈も何
も要らない心地良さ、という点では本盤が最も優れているように思います。



07月20日(月)

 初夏に入ろうかというある日に、近しい身内が亡くなりました。病と闘い続け、遂に力が尽きる日が
来たのです。最期がせめて安らかであったことを祈るばかりです。一冊の著作が後に残されました。僕
の書き物志向の一部は、このひとから譲り受けたものです。またいつか、お会いしましょう。

 先日は久し振りに学生時代の友人達に会いました。昔と変わらぬ付き合いが出来る仲間がいるという
事は、とても喜ばしいことです。その一方で、皆同じ時間だけ歳をとっている。それぞれがそれぞれに
個々の営みの荷物を背負っているのは確か。でも以前に逢った時よりもそれを背負うことに気負いがな
く、互いにまるくなって少しだけ大人になったのでしょう。良いお酒が呑めました。次の機会を愉しみ
に。

「スモーキン・アット・ザ・ハーフノート」ウェス・モンゴメリー
 先々月に購入した、2枚目シリーズの第五弾。一枚目は、随分と前に入手した「フルハウス」。今回
のサイドメンバーもこの一枚目の構成と全く同じで、それが購入の決め手となりました。ケリー、チェ
ンバース、コブの三人。僕の中のネーミングは「枯葉」トリオです。フルハウスの時と同様、ここに客
演としてウェス・モンゴメリーが加わるという形ですが、まるで最初からのバンドメンバーのように4
人の相性がとても良いのです。
 フルハウスの陽性の音楽に比べて、本作はとても繊細で美しい演奏世界を見せています。洋盤でライ
ナーノートも何も付いていないので詳しくは分かりませんが、恐らくはハーフノートでのライブ録音版
でしょうか。ギターの音は理屈抜きでとても心地良いものだ、と教えてくれるのがウェスの演奏です。
何者かがオレオレの強引さを決して持ち込まない、自分を知り尽くした個々のプレイヤーが必要な演奏
を過不足無く適所に提供している。そのような印象をこの4名のアンサンブルからは受けます。だから
何度聴いても飽きない、良い演奏なのだと思います。

 一日曇天の予報でしたが、陽が姿を見せました。陽光が照りつけるととても暑いですが、まだ湿気が
それ程無く、風がよく通る日です。爽快な夏の風が吹き付け、いろいろなことがあった今年の七月が、
まもなく過ぎ去っていきます。



06月27日(月)

 自社への通勤を始めて二週間。暫く忘れていた感覚を取り戻しつつあります。電車の中ではひたすら
読書にいそしみ、昼食時は可能な限り気持ちのリフレッシュ。以前に開拓した呑み屋にもう行けないの
は惜しいですが、新たな街で新たな憩いの場を探すのも悪くはありません。しかしながら、地下鉄東西
線の駅の不便さにはほとほと閉口。何故にあれほど出入口が狭いのでしょうか。

「チェット・ベイカー・シングス」チェット・ベイカー
 前知識で得ていた評判がかなり良くなく、正直かなりの偏見を抱いていました。それはいずれも演奏
のことではないのですが。やれ、契約した会社の倉庫からレコードを大量にかっぱらって売り飛ばした
だの、寄る人触る人悉く不幸にするだの、痴情のもつれで暴行を受けて歯を抜かれただの、と。しかし
ながら、人間性と演奏の力とはまた別のこと。特にトランペット奏者に注視して聴きたいと思っている
身にとって、この著名人は避けては通れません。
 この盤はとても繊細で美しい作品です。しかし、トランペットのリーダーアルバムではないと思いま
す。ボーカル及びトランペットですが、ルイ・アームストロングとも別物です。少なくともこの盤では
奏者としてのチェット・ベイカーは判断できないと思いました。
 完成度がとても高い作品です。欠片の一つもなく全14曲のスタンダードナンバーが緊密にまとまっ
ています。なるほど、とても聴き心地の良いメロウボイスです。この歌声を主体にしてトランペットは
従としたという事です。門外漢から見ると恥ずかしいぐらいの「イイ男売り」ですが、この盤について
は然るべしと思います。カインド・オブ・ブルーに続く、うちの奥さんの昼寝の良いお供となっていま
す。



06月11日(木)

 無事に今月初めより会社員となりましたが、すぐに就ける現場が無く翌日から自宅待機を命じられま
した。そのまま2週が過ぎさすがにそれはまずいとの判断が出たのか、次週からは一応事務所詰めとな
ります。通勤に耐えられる身体に戻さなければ。

 久し振りに書き物をアップします。独りの時間を長くとれる機会に恵まれたから、ということもあり
ますが、身体のあちこちから書き物への意欲が湧いてきたという実感もありました。以前のように頭で
いろいろと考えない方が良いようです。書きたい時に書けばいいや、ぐらいの気持ちで。

 今回は長い物語の序章です。題材はヒロイック・ファンタジー。前々から頭の中で思い描いてはいま
した。元々の始まりは小、中学生の頃にまで遡ります。同じ年代の人たちには分かる方がいると思いま
すが、僕らが子供の頃に西洋の幻想世界を題材にしたゲームブックが流行ったことがありました。そう
です、現代教養文庫のアレです。ここから源流へと昇り、やがてロール・プレイング・ゲームという大
本へ至ることとなります。
 今ではRPGと言うと殆どコンピュータゲームを指しますが、それは本当の意味のRPGとは言えま
せん。最もその名が指す本質を持つのは、テーブル・トーク・ゲームです。僕が関わったのはダンジョ
ンズ・アンド・ドラゴンズ、「D&D」と称される、その世界では最も有名なゲーム・ルールでした。
丁度「ロードス島戦記」などが現在進行形で雑誌に掲載されていた頃です。友人同士の拙い遊びではあ
りましたが、それなりに愉しんでいたと思います。
 シナリオを準備してゲームの進行をまとめるゲームマスターの役割が、よく僕に回りました。自分の
世界を創り、皆に語って聞かせるという行為が性に合っていたのでしょう。この時に考えていた世界設
定がマジンシアという架空の国家で、幼いながらもいろいろなものを読み漁ったりして勉強しながら、
懸命に世界を創っていました。やがて少年期の友人達とは別れ、RPGも遠い思い出の中の事となりま
したが、頭のどこか片隅ではあの作りかけだった世界の事が気になっていたのかも知れません。

 ファンタジーの良い書き手は星の数ほど沢山います。さて、僕はどんな切り口で自分の世界を描いて
いけばよいでしょう。それを模索しながらの取り敢えずの序章です。まずは、一つ書き物を全う出来た
ことで良しとしたいと思います。次に何を書けるかは分かりません。また暫く先になるかも。それはさ
ておき、「陽光の旅人」を書き進める為には、実家に置いてきた「D&D」のルールブックを持って来
なければなりません。捨てられてないだろうか…。

 気が付けば日記ファイルもかなりの大きさになっていたので、久し振りに分割します。HPのメンテ
も久々のこと。しくじってないかと不安がいっぱいです。



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Written by "Kame".